映画音楽ナンバー1だって?

もう目にした方も多いと思うが、yahooニュースで以下の記事が発信されていた。

映画音楽ナンバー1に「虹の彼方に」(日刊スポーツ)

この記事はまずいなー。だって、米国映画協会(AFI)が選んだ米国映画100年の作品中のベスト100という企画なのに、記事では、「映画音楽ナンバー1」と全世界の映画が対象のような誤解を生じさせるからだ。AFIのサイトを見てみたら、案の定、対象はアメリカ製の映画のみ。果たしてスポーツ紙は、それでよしとする基準でもあるのだろうか。細かい話かもしれないが、大事なことなのでは、と思った次第。

さてさて、怒ってばかりでは、ただでさえ暑いのにいかん、いかん。クールダウン……ということで、せっかくだから映画音楽について一言。

僕の映画音楽ナンバー1は、なんといっても「太陽がいっぱい」。これを最初に見たのはいつごろだったかな。まだ小学生だったと思う。あのニーノ・ロータの哀調たっぷりのテーマは、少年の心に深く浸透し、ラストの衝撃とともに、しばし呆然自失の状態となったことを思い出す。「太陽~」はアラン・ドロンの主演ということもあり、ある意味“アイドル映画”的とらえ方をされかねないが、僕にとっては映画や音楽に対する興味を開眼させてくれた名作中の名作なのだ。

その後、10枚組くらいの映画音楽全集を買い込み、日々、映画音楽に耳を傾けていた時期もあった。「ベンハー」、「2001年宇宙の旅」の<ツァラストラはかく語りき>、「第3の男」、「スティング」(スティングといえば、今回のベスト100に入ってない? なんでだ??)、「大脱走」、「ラストタンゴ・イン・パリ」「美しくも短く燃え」etc……。

そういえば、最近は映画音楽のことがことさら話題に上がることも少なくなった気がする。今回の米国映画音楽ベスト100もほとんどが古い映画ばかりということからもわかるけど。

日時: 2004年06月30日 07:10 | パーマリンク

まずかった太陽のドッキリ企画

きょうの“Ya-ya-yah”(テレビ東京、12:30~)メイン企画は、先週のビビリ王企画で最弱と認定された鮎川太陽の罰ゲームでした。

きょうのブログは、この太陽の罰ゲーム(ドッキリ企画)について真面目に考えてみたいと思います。

<ドッキリ企画の主な内容>

①ドッキリ用に「萩原流行スペシャル」という偽番組を設定(もちろん、太陽だけ偽だとは知らされていない)。

②舞台共演した萩原流行をゲストに迎え、他のYa-ya-yahメンバーらとともにトークを進めていく。

③萩原は共演したメンバー一人ひとりのエピソードを語っていくが、太陽だけ、実際にはなかったエピソードを語る(太陽が緊張のあまり舞台上で失禁してしまったという話題。メンバーもさもあったかのように口裏を合わせる)。これに対して太陽は当然、???。

④明らかに不自然な進行だが、突然、志村けんをゲストに招くという展開。
しかし、実際の志村は出てこず、太陽以外(スタッフも含め)、見えない志村とのトークをしていく。
ここでも太陽を陥れるいくつかの仕掛けがある。
変だ、明らかに変だと太陽はいぶかる……。

⑤場面は変わって、休憩タイムに萩原が家から持参したという1000万円の壷をYa-ya-yahメンバーが珍しそうにいじっている。藪が自分の頭の上に壷をかぶせようとした時、手を滑らせ(あまりに不自然な動作……)、壷を壊してしまう。

⑥そのことを知った萩原は激怒。
プロデューサーに対して「だからやりたくなかったんだ」と迫真の演技。
その矛先はメンバーらにも向けられ、「だれがやったんだ」と。
太陽以外のメンバーは、「太陽です……」と。
太陽は一度は「藪……」と事実を言おうとするものの、もうほとんどそんなことどうでもいいと放心状態に。

⑦萩原は、太陽に「萩原流行スペシャル」の横幕をはがせと命ずる。
太陽は言われるがままに幕をはがすと、その下から「太陽ドッキリ企画大作戦」の横幕が。

⑧これを見た太陽は事の真相を一瞬にして理解し、号泣。
皆は太陽をなぐさめ、謝り、プロデューサーも深く陳謝ということでシャンシャン。

<感想>

今回、ビビリ王の勝者ということで、そのビビリぶりを発揮してもらおうという意図のドッキリ企画は製作側として自然な流れだと思います。
ただ、そのドッキリ企画の内容としては、これでよかったのかなぁという疑問は残ります。

まず、罰ゲームですが、今回、ビビリ王ということで、勝者を選んだわけですからまず、罰ゲームということ自体がおかしい。勝者に贈られるご褒美の角度であるべきです。

ドッキリの内容にも注文をつけたい部分がたくさんあります。
太陽を陥れるためにとられたのは、中傷、無視、仲間外れ、冤罪と、いじめの手段オンパレードといったものでした。これはどう考えても絶対にまずい。

これを見ているのは、いじめなどの問題に一番深刻にかかわっている小・中学生です。

いじめる側はテレビでやっていると自分を省みないでしょうし、いじめられる側にとっては、救いようのないものを感じてしまうでしょう。

確かに最後は「全部ウソでした。すっかり水に流しましょう」で大団円。

プロデューサー側としては、これで完結なのでしょうが、当事者やこの番組を見た人たちはそういうわけにはいきません。

番組HPで、プロデューサーは、この企画について、こうコメントしています。

プロデューサー日記より——–
そして、そのYa-Ya-yahの太陽君…。見事(!?)ビビリ王に輝いた訳ですが、その罰ゲームの様子を今週、放送します!!予告をご覧の方はお分かりの通り、太陽君最後には泣いてしまいます…。それだけ過酷な罰ゲームだった訳です…。
最後にその責任者として、うつみさんや特別にご出演いただいた萩原流行さんに「プロデューサーやりすぎだぁ~!!」と私、怒られています…。
太陽君ファンのみなさんゴメンなさい。でも、ドッキリ企画は昔から芸能界で大きくはばたいて行くための「登龍門」。決して、太陽君をいじめたかった訳ではなく、番組のため、そして太陽君のために企画したコーナーです。間違っても「カミソリ」入りの手紙とか送ってこないで下さいね(笑)
 このドッキリ企画を通して、新たに分かった太陽君のやさしい一面も見れます、楽しみにしていて下さい!!
——–

私もうつみ、萩原に同感です。

いや、やりすぎ、というより、やり方が間違っていると言った方が正確かもしれません。

仮にウソをつくにしても、もっとほっとできるような、例えば、太陽がとてもいい思いをするようなウソで固めていって、「実は全部ウソ、残念でした~」とペロっと舌を出すような内容であれば、太陽はだまされたことによって号泣するのではなく、な~んだと笑って済ますことができたでしょう。

番組の最後、うつみから、太陽のお母さんに電話をし、謝ったという話になり、お母さんより、「番組的に盛り上がればいいんじゃないですか」とのコメントがあったと紹介されていた。

う~ん、番組を配慮したら、そう言わざるをえないだろうなぁ……。

もう一つ、コメントを紹介。番組HPのBBSへの視聴者の書き込みです。

BBSより——–
太陽くん、大丈夫ですか?
ドゥ~ン☆LOVE/6月20日(日)12時57分

毎週、欠かさずに楽しく観ています☆今日の放送には、参りました。いくら先週の罰ゲ-ムのドッキリとはいえ、太陽が号泣してしまったのを観て私までもが涙しました。いくら何でも、今回の罰ゲ-ムは太陽にとってやりすぎだったと思います!!
——–

<結論>

ということで、長々と批判的な角度で書き連ねてきてしまいましたが、テレビや新聞など、いわゆるマスメディアという存在がまだまだ大きな影響力をもっている現在においては、その作り手の責任は当人たちが思っている以上に大きいのであるということを再認識してもらいたいのです。

「子ども向けの番組、エンターテインメントにそんなにめくじらを立てることはないじゃないか」との意見もあろうかと思いますが、メディアを監視していけるのは視聴者だけなのです。

視聴者が厳しい目で見続けていかなければ、メディアは必ずと言っていいほどに暴走してしまうのです。

メディアの世界に身を置く人間の一人としてブログにて意見を述べさせてもらいました。

Ya-ya-yahはいつも楽しみにしている番組です。娘との共通の話題、趣味として大切なのです。

見る人たちの日常に何かプラスをもたらしてくれるようないい番組を作るようプロデューサー諸氏の奮起を期待したいですね。
日時: 2004年06月20日 22:27 | パーマリンク

引退する漱石の千円札に思う

今年11月からお札のデザインが新しく変わるそうです。
千円札の肖像は夏目漱石から野口英世へとバトンタッチされることで、野口博士の地元は町おこしに結びつけようと盛り上がっているようですね。

 野口博士誕生月デビュー/誘客作戦に弾み/地元会津新たな企画考案も(福島民報 2004年06月16日付)

さて今回、“引退”される漱石先生の心中を忖度するとどうでしょうか。
私の想像するところでは、お札という“天下の回り物”に刷り込まれて、ぐるぐる回されるなどということなど、不快極まりないことであったに違いありません。

そんな漱石の感じ方、とらえ方を象徴するエピソードがエッセー集『硝子戸の中』に収められています。

漱石はある雑誌から顔写真を掲載させてほしい、と依頼されます。
その雑誌に、著名人がわざとらしい笑い顔で写っていることに不快な思いをしていた漱石は、一度は断ります。
しかし、度重なる求めに応じざるをえなくなり、普通の顔でいいなら、という条件で撮影に応じます。
ところが撮影の段になると、写真師が、「御約束ではございますが、少しどうか笑っていただけますまいか」と漱石に請うのです。
漱石は約束が違うと取り合わず、笑うことを拒否します。
かくして出来上がった写真を見て、漱石は驚かされます。
漱石の顔は、写真師の注文通り、笑っていたのです。
漱石は「どうしても手を入れて笑っているように拵(こしら)えたものとしか見えなかった」と唖然……。

漱石は続けて、このようにこのエピソードについて述懐します。
「私は生れてから今日(こんにち)までに、人の前で笑いたくもないのに笑って見せた経験が何度となくある。その偽(いつわ)りが今この写真師のために復讐(ふくしゅう)を受けたのかも知れない」

先日(12日)、私は雑司が谷霊園に眠る漱石先生のお墓参りに行ってきました。
初めての墓参です。
『こころ』を中学生の時に読んで以来、一度は訪れてみたいと思いつつ、長い歳月が経ってしまっていたのです。
話には聞いていましたが、漱石の墓石は巨大というほどに大きく、しかも墓碑が安楽椅子にそっくり返って座ったような形をしています。
どのような経緯でこの墓石が作られたかはわかりませんが、あの漱石が望んで作ったお墓とは、どうしても考えることはできませんでした。

 “文豪”という、漱石に必ずついて回る称号からすれば、お札の肖像も、巨大な墓石も、しごく当然のことと思われることなのでしょう。
しかし、気の毒なことに漱石は、エピソードが示すごとく、“作り笑顔”を強要してくるような世間の尺度というものを心から嫌った人でした。
ゆえに、漱石は作品の随所において、表面的つくろいや自己欺瞞を呵責ない筆致で糾弾しているのです。
漱石は生前、自己を欺いて笑って見せたことで「復讐」されたのですが、死後は写真修正とは比較にならない「復讐」を約100年の間、受け続けているのです。
千円札に刷られた漱石の、困ったような、そしてやりきれないような表情はそのことを物語っているような気がしてなりません。

漱石先生、野口さんへのバトンタッチで、ようやく安らぐことができると、どこかでほっとため息をついていることでしょう。