クレアチニン:1.5、IgG:332

fugue (2007年4月26日 21:06) | 個別ページ
臍帯血移植1年と153日目。
入院15日目。

6時20起床。

きょうは天気がいい。6日ぶりの晴れだそうだ。

体重58.90kg。
安定している。

先週から、パンスポリンとダラシンの2種類の抗生剤を点滴で入れていて、ここのところ咳も出ず、息苦しさも感じないのは、これからの薬がしっかり効いてくれているからと思いたい。
急変がなければ、この治療がGW明けまで続けられる予定だ。

ただ、私の場合、点滴がなかなかスムーズに落ちていってくれず、”ベストポジション”といわれる腕の定位置(まっすぐに伸ばし、こぶしを上向き)にしておかなければ、ピタリと点滴が止まってしまう。
午前10時からと午後7時半からの2回、1本1時間かかるので計4時間。パソコンなど何もできずに、ひたすら腕をあおむけにしているのはなかなか厳しい。
CV(中心静脈カテーテル)を入れている時はこんなことはなかった。
あと2週間、辛抱辛抱である。

きのうから日常ブログでインド紀行を開始。25年も前の旅行記だが、これまで一度もきちんとした形でまとめたことがなかったので、自分としても楽しみだ。
これまでもインドが自分に与えてきた影響は少なからずあったと思うが、病気になった今、改めてインドを思い起こし、考え直す最高の機会なのかもしれない。

インドはいいんどぉ。

S先生、採血ならびに点滴交換。
きょうも2度失敗。そういうこともある。
あくまでS先生の名誉のために弁護しておこう。私の血管が極めてとりにくいということを。
ただ、悪いことは重なるもので、抜いた方から出血。シーツとパジャマが赤く染まった。
きょうは、ちょっと厄日か。
外出は控えておこう。

グッドタイミングで、シーツ交換。

4Fはすぐ終わるからいい。

バイトのT君からメール。インド紀行を楽しみにしているとのこと。社交辞令でもそう言ってもらえるとうれしいぞ。
よし、これで弾みがついた。

それから、ヤマちゃん(ノバトモ、right?……ウソです)からもメール。土曜日に会いにきたいと。ありがたいことだ。

Oさん、Wさんの名コンビで点滴を外しに来てくれた。
今回は結婚がテーマ。詳細は略すが、二人が来ると本当に場が盛り上がる(ちなみに今はお隣はいらっしゃらないので、迷惑はかけておりません)。面白いな、人間のキャラクターって。

15時、シャワー。
服を脱ごうと、万歩計を外すとなんと歩数は「777」。
朝の厄日の兆候はこれで吹っ飛んだ。
でも知らせだけじゃだめなんだな、これが。

さっそく、吉報が……。
お願いしていた散髪の件。
明日、してもらえることになった。
しかも今回は、旧棟の床屋さんでできるということだ。
とてもいい雰囲気をもっていることは以前から聞いていたので楽しみだ。
15時から。よしよしと。

S先生、きょうの採血とレントゲンの結果を知らせに来ていただく。

■CRP定量:0.18(0.25以下で陰性)=炎症反応。

肺炎は影が若干残るものの、ほぼ収束したと言っていいでしょう。後は胸水ですが、これはゆ着して残るようなものではなく、時間はかかるが消えていくと考えられます。

■クレアチニン:1.5(標準は0.6~1.1)=腎機能の指標となる数値。

前回より0.1ダウン。まだ高止まりはしているものの、ぎりぎりの線で踏み止まっているというところ。利尿剤を毎日飲み続けている割には、腎臓はかなり頑張ってくれていると思っていいだろう(これは私の感想)。

■IgG:332(標準は870~1700)=感染症のかかりやすさの指標となる数値。

500以下は、感染症にかかりやす状態といえます。これを上げるために、5月1、2日に免疫グロブリンの点滴をするかどうか検討しています。もし、効果が認められれば、退院後の外来で点滴をしていただくことになるかもしれません。

Aさんとの面会は果たせず

fugue (2007年4月25日 21:03) | 個別ページ
臍帯血移植1年と152日目。
入院14日目。

6時10起床。

体重58.90kg。
安定している。

きょうは一日雨らしい。しとしとと、いい感じだ。

11時半、回診。
きょうは院長だった。
いつものように黄金の聴診器がまぶしい。
入念な触診の後、もう少しですねと声をかけていただいた。

点滴を終え、午後、7FのAさんに面会へ。

7Fは無菌病棟なので、自由な出入りは禁止。必ず看護師さんに声をかけ、出入りの許可を得なければならない。
知り合いの看護師さんが出てきてくれればと願いながら、「ピンポン」。
「はい」と顔を出した看護師さんは美しくはあったが、残念ながら面識のない方であった。
「Aさんにお会いしたいんですが」
「お待ちください」
やや間を置いて、師長さんが顔を出されて、「Aさん、今、検査中なんです」と。
「わかりました」と去り際に、「師長さん、1年半も前になりますが、4Fでお世話になっていましたFです」とあいさつ。
「あ、あのFさん、お顔が……わかりませんでした」
「そうなんです、ステロイドで顔が丸くなってまして、風貌が変わってしまいました」
「でも、お元気そうでよかったです」
「ありがとうございます。では、また出直します。Aさんによろしくお伝えください」
Aさんには会えなかったが、移植前の1か月、お世話になったK師長にお会いできたのは予想外のうれしい出来事だった。

病室へ帰りがけ、芝、六本木方面が見渡せる廊下の窓から外を眺める。
東京タワー、六本木ヒルズが雨に煙ってたたずんでいる。
そして手前のS学園の校庭には目にまぶしいほどの鮮やかな緑。
そういえば、移植時の入院(10月~3月)では見たことのなかった風景だ。
美しい、あまりにも美しい……感動のあまり、しばし立ち尽くしていた。

新人看護師のWさん、明日の検査予定を持ってきてくれる。
談たまたまMRIの話になり、Wさん、経験があるらしいのだが、あの激しい騒音の中で爆睡をしたのだという。
アンビリーバボーである。
経験のある方なら分かるだろうが、MRIはマシンガンで撃たれるような爆音が耳元で30分近く続く、かなり忍耐を要する検査。
あの状況で爆睡とは、大変な神経の持ち主だ。

Wさんの美しい名前の読み方が分からなかったので聞いてみた。ポエティックでとても素敵な名前には「文学的な才能を発揮できる子に」との両親の願いがこめられているらしい。
「親の意に反して、思い切り漫画の世界に走りました」と楽しそうに笑う。

そういうものだろう。
親の思う通りにならないからいいのだし、予想外の才能の開花もあるのだから。

胸水、左右にまだ4~500mlずつ

fugue (2007年4月24日 21:01) | 個別ページ
臍帯血移植1年と151日目。
入院13日目。

6時10起床。

体重58.75kg。
安定している。

朝一のトイレ→イソジンうがい→体重測定→フォサマック服用というパターンが確立されてきている。

S先生。
排尿は一日平均すると1800mlはありますので、収支のバランスとしてはちょうどいいと思います。
利尿剤はもうしばらく続けて、胸水を完全になくすようにしましょう。

きのうネットで検索をしていたら、車椅子で1年間、インドを中心としたアジア旅行をした方の紀行本が紹介されていた。すごいことだと思った。
私は学生時代にインドへ2回訪れているが、それなりに波乱に満ち、厳しい旅だったと記憶している。ましてやバリアフリーという社会にはほど遠い向きのあるインド旅行は、過酷を極めたに違いない。

私は常々、インドへもう一度行きたいと思っていたが、身体的ハンディを抱えながら、果敢にインド旅行に挑戦した人がいることを知り、自分もいつかインドへ、という思いが高まった。
免疫力に問題を抱える自分にとってもインドは厳しい土地に違いない。下手をすれば命取りになる危険な旅行だ。しかし、そこをクリアできるほどの回復を目指す意味では恰好の目標といえるかもしれない。

そういえば、学生時代のインド旅行は、何も記録を残していない。あれだけ自分にインパクトを与えたのであるから、何も残さないのはいかにももったいない。
20年ぶりに記憶を掘り起こし、旅の思い出をブログに綴ってみようか。

妻来て、S先生にいろいろ質問。
血圧は利尿剤(ラシックス)によって下がっていると考えられる。

胸水、左右にまだ4~500mlずつある。
ゆ着してはおらず、さらっとした感じなので、次第に減っていくでしょう。

はしかなど、退院後の感染症対策についても質問。
結論としては、完全無菌の状態にするのは不可能なので、Fさん自身の免疫力をアップしていくことが肝心でしょう。

最後に懸案だった、「コウカツカン」について聞いてみた。すると、正解は「口渇感」。
なるほど、言われてみれば、納得。
狡猾感でも抗活感でもなかった……。一つ勉強になった。

久々にOさんにラウンジで会う。珍しく一人で食べられていた。私のいない間に、微妙なコミュニティのバランスが崩れてしまい、ここのところ部屋で食事をされていたのだという。
相性が合う合わないは、だれにでも、どこにでもある。そうした人を受け流していけるようになることも、一つの免疫力なのかもしれない。
でも、Oさん自体はとっても元気そうで何よりだった。あさって退院しますと笑顔で話していた。