<映画>「ダークナイト」

fugue (2008年8月20日 17:43) | 個別ページ
臍帯血移植1000日目。

映画「ダークナイト」鑑賞。

映画館に着くと子どもがたくさんいる。
ん? そんなにこの映画、子どもたちに受けているのだろうかと思いながら廊下を歩いていくと、子どもたちは「ポニョ」のブースに吸い込まれていった。あたりまえか。

バットマンシリーズを見るのは初めて。
実は当初は見るつもりがなかった映画なのだが、ネット上のレビューを見るとあまりに評価が高い。とりわけ、まんざら信じられないこともない筋の評が絶賛に近いので、それでは、と見にきたわけだ。

それで、評価は?
自分としては、悪い映画とは思わなかったというのが率直な感想だ。
悪と悪の敵との終わりなき戦い。
悪の敵とし、善としなかったところに、私がこの映画をすっきりと評価できない理由がある。
バットマンは、国際社会におけるアメリカの投影として描かれている。
目的をもたない悪の権化・ジョーカーは、テロリストを表し、それらを力でねじ伏せようとするバットマンはアメリカそのものだ。
ジョーカーは絶対に死なない。死んだふりをするだけで、敵が強くなればなるほど、自分の悪の力も増長していくことを知っている。
限りない暴力と暴力の連鎖。
犠牲を被るのは、民衆のみだ。

そんな袋小路のアメリカの姿をそのまま描いているという点では、よくできた作品。
ゆえに、ラストシーンで何も答えが出ないまま走り去るバットマンの後ろ姿には、空しさ以外の何も感じることはできない。

映画にそこまで求めてはいけない、という声が聞こえる。
当然だと思う。私もそう思う。
ただ、アメリカが暴力の袋小路から抜け出せていない状況を描いた映画を見て、いや~ドンパチですっきりしたぁ、とはやはり思えないのだ。

やはり、悪に立ち向かう善、本物の善が戦う映画が見たい、と思わざるをえないのだ。