ガードレールはむしろ危険度を高める。ライジングボラードによる通学路の安全対策を

通学路の安全、対策済みは6割弱 文科省など調査(日本経済新聞)

通学路にガードレールはむしろ必要はない。

なぜなら、ガードレールがあることで、クルマの運転者は安心し、スピードを出す。

スピードが出ることによって、ガードレールが意味をなさない重大事故を誘発する。

ガードレールが逆に子どもたちにとって、危険性を増すことになってしまうのである。

では、どうすれば、いいのか。

ライジングボラードしかない。

この方法によってしか、通学路も、生活道路も守ることは不可能だろう。

お金はかかるが、人の命と引き換えにはならない。

事故の可能性が0.0001パーセントでもあるならば、そのリスクを避けるのが賢明な人間のいき方

妊娠中 自転車にはねられけが、300万円賠償提訴(2013年5月30日 読売新聞)

横断歩道を渡っていた妊娠中の女性が、自転車にはねられけがを負った事故の加害者に対し、300万円の損害賠償の訴えを起こしたという。

自転車にはブレーキが付いていない、いわゆるピストバイクだったらしいが、このケースにおいて、ピストであったかないかはさほど重要ではない。

問題は、横断歩道におそらく高速のスピードで突っ込んだ、暴走行為そのものにある。

自転車が交差点内の横断歩道を渡る、もしくは横切る場合は、自転車を降りて、押して歩くべきだ。

このことを実践していれば、この事故は100%起こりえなかった。

加害者である自転車の運転者には、過信があったに違いない。

自分のテクニックがあれば、自在に歩行者の間を縫って、横断歩道をすり抜けられる、と。

おそらく、これまで何百回、何千回とそういう行為を繰り返してきたに違いない。

そして、歩行者にはっとさせたり、怖いと思わせたり、不快な思いをさせ続けてきた。

ところが、運転者の読みが狂ったか、歩行者が不規則な行動をしたかで、今回の事故が起きたわけだ。

私に言わせれば、この運転者は、あまりに愚かだ。

なぜかといえば、人間は生き物であるゆえ。

「歩行者がこのスピードで移動しているから、0コンマ数秒後は、まだこの位置にいるはず、ゆえ、ぶつからずにすり抜けられる」という計算を瞬時のうちにし、行動に移しているわけだが、これが通用するのは、相手が生き物ではない場合のみ。

生物というものは、予測不可能な動きをするものだ。

こう動くであろうとの予測は100万回は正解だったとしても、次の1回も予測通りになるとは限らない。

その認識の誤りが、事故を招き、300万円という高額の訴訟を起こされることにつながったのだ。

後悔先に立たずという言葉がある通り、取り返しのつかないことをしてから、後悔しても、後の祭りなのである。

事故を招くリスクが0.0001パーセントでもあるならば、そのリスクを避ける運転のあり方をすることが、賢明な人間の生き方に違いない。

「クルマを手放したい」と痛切に思う車検の日

きょうは振替休日をとって、オートバックスへ、車検およびドライブレコーダーの装着をしてきた。

車検は税金を入れて58000円也。

かつて車検は1回で10万円以上、というイメージがあっただけに、ずいぶんと安くなったものだ。

というのも、私が乗るフィットが10年選手の割には、部品交換の必要が全くない、という優秀さに負うところが大きいわけだが。

この10年間で走行キロは3万キロあまり(闘病中はほとんど乗らなかったため)。

この使い方では悪くもなりようがないということか。

できれば、あと車検2回、6年乗ることができれば御の字だと思っている。

さて、ドライブレコーダーについては、どれほどの意味合いがあるのか、と思いつつ、購入・装着してみたのだが、さっそく、効果ありと感じることができた。

というのは、帰りがけ、幹線道路を左折する際、歩道を進行方向に走る自転車に気づいていたので、自転車との距離感を測りながら、左折し、横断歩道を横切ったところ、突然、対向して歩道を走ってくる自転車が視界に入り、私のクルマが過ぎた後、1秒もかからず、自転車が通過したのだった。

「ひやり」というほどではなかったが、自転車の存在に全く気が付かなかったことにショックを受けた。

ドライブレコーダーの記録には、自分の視界になかった場面が明確に記録されており、それはまさに私が、いわゆる認知ミスをおかした決定的な証拠になっていたのだった。

「ドライブレコーダー、23000円(取り付け工賃含む)の価値あり!」と思わずつぶやいてしまった。

歩道における自転車の逆走(つまり右側通行)が、クルマにはねられる最大の原因になっているが、まさにその状況に遭遇し、危うく事故を免れることができたという気がする。

ああ、クルマの運転は怖い。

「できれば、クルマは手放したい」と車検を通したその日に痛切に思う自分なのであった。