この痛ましい事故をきっかけに日本の自転車走行の在り方を変えなければならない

親に9500万円賠償命令 少年が自転車で人はねた事故(朝日新聞デジタル)

ここ数日間、この自転車事故を巡る訴訟判決が頭から離れない。

子どもが乗っていた自転車が大人とぶつかった。

一見、極めて単純な事故のように思われるが、引き起こした結果はあまりにも重大だった。

この現実をどう受け止めるべきなのか。

少年も、はねられた被害者も、「運が悪かった」と片づけてしまってよいのか。

私にはそうは絶対に思えない。

ほとんどの報道機関が指摘していないが、少年が被害者の女性とぶつかってしまった最大の要因は、道路の右側走行、つまり逆走にある。

もし、少年が法に則り、左側走行をしていたならば、この事故も訴訟も起こりえなかった。

車道の逆走は、日常によく見られる傾向だ。

多くの人は、それが法を犯す悪い行為だとは思っていない。

しかし、れっきとした道路交通法違反であり、摘発されれば、赤切符を切られて、「前科」がついてしまう犯罪行為なのだ。

そうした認識を持っている人はごくわずかだ。

そうした大人の真似を少年がしてもおかしくない、というより、それが手本だと思い込んでしまうに違いない。

だから、事故の日も、少年は車道の右側をいつものように走っていた。

右側に住宅があって、人が飛び出してきたりするという想像もできなかったのだろう。

そして、この重大事故を引き起こしてしまった。

少年にとっても、その母親にとっても、そして被害者、その家族にとっても、だれもが地獄に突き落とされるような事態になるとはつゆも想像されることなく。

こうした事故を繰り返さないためにはどうすればいいのか。

大人一人ひとりがルールを守って、子どもたちのお手本になっていくしかない。

「そんなの無理だろ」という声が聞こえる。

確かに。

しかし、自転車はここを走るという表示を車道に書いてしまえばどうか。

これまで歩道、車道を無秩序に走り抜けていた自転車に、一つの秩序の流れができよう。

その流れがやがて大きくなれば、やがてそうした秩序が常識に変わっていく。

大人が手本に、などと気合いを入れることもなく、気が付けば、変わっていたという状況を招くことは間違いなかろう。

たとえば、こんなふうに。

自転車レーンの設置は遅々として進まないが、これが遅れれば遅れるほどに、自転車による痛ましい事故がこれからも起こり続けてしまうことを政治と行政に携わるものは、しかと肝に銘じるべきである。