地域の食卓を支える鮮魚店の末永い存続を願うばかり

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締めの透析は41回目

きょうは大みそかだが、人工透析がある日。

本来なら30日のリズムだが、さまざまな家の都合をかんがみて、移動してもらった。

9月29日の初回以来、41回目の透析となる。

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産地直送をうたう鮮魚店

透析を移動してもらった理由は、年末の買い出しを30日にしたかったため。

ここ数年、我が家では、30日に手巻き寿司、31日に年越しそばを食べるというのが習慣となりつつある。

その手巻き寿司のタネを買いに行くお店は産地直送をうたう鮮魚店で、地域の食卓の台所を潤わしてくれているありがたい存在だ。

この鮮魚店、私が今住む地に引っ越した直後からあった記憶があるので、20年ほど営んできていると思うが、私がここに通い始めたのは、ほんの数年前から。

それまでは、常にクルマが混んでいて、駐車場が停められず、ストレスばかりを感じる店などと、片づけていた節がある。

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後輩の一言がきっかけ

それが急に、しかも足繁く通うようになったのには理由がある。

一つは、職場の後輩からのこんな言葉。

「え、あの店に行ってないんですか? 近くなのにもったいない。私なんか1時間以上クルマを飛ばして行っているっていうのに」

私は「ほー、そんなにいいんだ」とまず認識。

もう一つは、アクセスの手段をクルマから歩きに変えたこと。

クルマは長蛇の列に耐えられない状況は変わっていないが、歩いてみるとほんの20分ほどで店に着いてしまうということを発見。

運動にもなり、一石二鳥だということで、以来、妻とともにウォーキングがてら、鮮魚店に向かうことになった。

とてつもない行列のクルマを尻目に悠々と歩いて入店できるという優越感というか、お得感はなかなかのもの。

2時間待ち、3時間待ちなどといったディズニーランドのアトラクションにVIP待遇で別口から入場する感覚に似ている。

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自らを奮い立たせ

前置きが長くなったが、この鮮魚店のどこがいいのか。

とにかく新鮮、その一言に尽きる。

都内では築地市場やアメ横などでなければ入手できないであろう鮮魚がむぞうさに並べられ、職人がその場であっという間にさばいていく。

これで新鮮でないわけがない。

そんな鮮魚が、今住む場所で手に入るのだから、消費者が放っておくわけもなく、30日、31日とあれば、店内は戦場そのもので、客の殺気立ち方もボルテージも恐ろしいほどだ。

かくいう私も普段は、絶対にしないようなかごを武器とする熾烈な接触戦に参戦する。

この時ばかりは自らに「きょうばかりはいつもの自分じゃだめなんだ、いけ!」と気合いを入れる。

実際、きょうの争奪戦でも、サーモン、まぐろ赤身、カンパチ、真鯛、平目、うに、鰈えんがわ、酢だこ、松前数の子とかごに詰め込むことに成功した。

この2日間は朝3時から開店するらしいが、開店前から長蛇のクルマと客の列ができるのだそう。

私たちは朝の9時ごろだからかなりゆっくり組だが、それでも品薄になることはない。

この鮮魚店はチェーンで展開していて、近隣の何店舗かで売り上げを競っているらしく、以前、テレビ番組がリポートしているのを見たこともある。

テレビのネタになるというのもうなずけるところだ。

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1万円の戦利品

この日の戦利品、締めて1万円弱。

決して高い買い物ではない。

この店のことを改めて教えてくれた職場の後輩に感謝することしきりだ。

ちなみにこの後輩、去年に私の家に近くに引っ越してきた。

鮮魚店目的というわけではなく、お子さんの学校の関係らしいが、店に近くなったことをことのほか喜んでいる。

そうだろうと思う。

年末には年末にふさわしい料理を食べて、一年の来し方を思いつつ、団欒したいというのは人情。

そんな節に手巻きを頬張る喜びを実感させてくれるお店の存在は本当にありがたい。

世の中、急速な人口減少による地域の衰退がほうぼうで叫ばれ、憂慮されているが、こうした店は民間であるゆえ、もうけがなければ撤退するほかないのだろうが、どうか末永く存続してもらいたいと願うばかり。

ああ、それにしてもおいしい手巻きだった。

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戦利品の写真を撮り忘れたので、去年のものをあげる。それにしても壮観
戦利品の写真を撮り忘れたので、去年のものをあげる。それにしても壮観

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見事な「はい論破」を心地よく繰り出す説明員に魅せられて

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ガスファンヒーターから異臭

きのうは12年間も冬の間お世話になってきたガスファンヒーターから異臭がし出したので、慌てて使用をストップ、家電量販店に暖房器具を買いに走った。

この量販店はこの地に引っ越して以来、白物家電系のほとんどをそろえてきた店で、今回も通販などの選択肢を全く考えることなく、足を向けた。

確かに通販の最安価格のショップで買った方がいくぶんか安いに違いないが、妻の変わらぬ方針は、故障時の対応で、持ち込みがすぐにできる近隣の店の安心感を求めたいということらしい。

私としてもこの理屈がわからないでもないので、取り立てて反対することなく、妻の方針に従ってきている。

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ダイキン製パネルヒーターを購入

で、何を買ったのか。

結論から言うと、ダイキンのセラムヒートという商品名を持つ遠赤外線パネルヒーター約33000円也。

思いきり商品名を出してしまったが、ステルスマーケティングやアフィリエイトの類ではないことはお断りしておく。

これまでもいくつかの商品名について、具体的な名前を挙げてきたが、これは純粋に自分が「いい!」と感じたモノについてだけ述べていて、該当メーカーとは何ら癒着や関係性はない。

ブログに一切の広告を入れたくないという趣旨から、有料サーバー+Wordpressによるブログ運営をしていることからもご理解いただけるだろう。

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モノよりヒトに負う選択

前置きが長くなってしまったが、要はダイキンのヒーターを買ったわけだが、なぜこれを選んだかには理由がある。

それはそうだろう。

それはモノよりも、ヒトに負う理由がある。

この量販店には、ダイキン派遣の説明員さんがおり、実は私はその方の隠れファンなのだ。

「メーカーとの関係性は一切ないと大上段に断言しておきながら、しっかりメーカーと癒着してるじゃん!」との声が聞こえなくもないが、その真実は決して揺らぐことはない。

私はダイキンの説明員の単純なファンであって、そこから何ら利益供与は得ていないから。

いや、利益供与があるとすれば、その人に会い話をすることで、何ともいえない心持ちにさせられること自体、利益といえば、利益か。

心の利益。

この販売員さん、名前をNさんという。

今回、初めて名刺をもらったので、名前を知ることができた。

Nさんは歳格好から察するに60歳を少し超えた男性で、白髪の短髪、額から後頭部にかけて大きく後退しているのが特徴で、そう、だれに似ているのかといえば、鈴木宗雄さんか。

Nさんが登場する前は、量販店のスタッフが対応していたのだが、こちらの問いにいかにもぶっきらぼうで、「いや、わかんないですね~」「それは使ってみないことには~」などと、当てにならない回答ゆえ、迷いがより深まったいたところに、視界の一番端に、背筋を伸ばし、両手を前に直立する人影が入る。

しかも、視界の片隅にいながら、その人は微笑んでいるであろうことさえ、一瞬にして感じさせるものがあった。

説明がNさんに代わってからは早かった。

Nさんに代わった時点で、私としてはダイキンを買うと心に決めていた。

*

マジックか催眠術か洗脳か

Nさんのどこが魅力的なのか。

まずはその笑顔。

営業スマイルといえば、それまでであり、その通りなのだが、Nさんの笑みには人を幸福にさせる力が備わっている。

第二に、その説明力。

ダイキンのどこが優れているのかについて挙げる論点が実に明確。

他社との比較も決して悪口に聞こえず、事実による差異を浮き彫りにする。

はやりの言葉でいえば、「はい、論破!」。

見事というほかない。

もちろん、メーカー派遣の説明員とあれば、自社のよさを前面に押し出すのは当然すぎるわけだけど、その色メガネをがっちりかけて説明を聞いたとしても、ダイキンがいかに素晴らしいかが、伝わってきてしまう。

伝わってきてしまうという表現がおそらく適切だろう。

これが実に心地よい。

このNさんに初めて会ったのは数年前、空気清浄器を見に量販店を訪れた時のこと。

当初はプラズマクラスター系の製品を目指していたが、Nさんにつかまり、一瞬にして「はい、論破」されたことで、店を出て気付いた時には、ダイキン製の空気清浄器を抱えて、店の外に出ていたという次第。

まるでマジックか催眠術か、洗脳に遭ったような気分。

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三方よしを地でいくを実感

今回はヒーターのみの購入だったが、エアコンも10年目とあって買い替えが検討されていたので、ついでにNさんにエアコンについても聞いてみた。

10年前に買った某社のエアコンは、「10年間掃除いらず」という謳い文句に乗せられて購入したものだが、Nさんはこれについても、ばっさりと論破。

詳しくは述べないが、目からうろことはまさにこのことで、近いうちのダイキン製エアコンの購入はほぼ既定路線となった。

と、ここまで書いて、結果、ダイキン絶賛文に終始してしまったが、つまりは何を言いたいかというと、いい製品を作る会社には自然、いい人が集まっていくという法則を改めて実感したということ。

それがすなわち、消費者にとっても、いい結果をもたらすわけで、このことを売り手よし、買い手よし、世間よしの「三方よし」を指すのだろうと感じた一日だった。

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Nさんのマジックに魅せられて購入したダイキン製セラムヒート。使用感は催眠術が解けてもいい感じ
Nさんのマジックに魅せられて購入したダイキン製セラムヒート。使用感は催眠術が解けてもいい感じ

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ひっくり返って起きてみたらすっかり人が変わってしまったという1年

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仕事納めの訓示で

きょうは職場の仕事納め。

朝9時から全員が集められ、社長、会長らの年末の訓示があった。

申し訳ないが、心に響く言葉は特に見当たらなかった。

このほか、10年、30年の勤続表彰も行われた。

私は昨年で30年の表彰を受ける身だったが、その場にはいることはできず、病院に入院中だった。

年末に前庭神経炎という目がぐるぐる回りひっくり返ってしまった。

数分経っても起き上がれない私を見て、妻は救急車呼び、結果2週間ほどの入院を余儀なくされたのだった。

目が回ってひっくり返った瞬間は、「これは脳溢血に違いない」と自覚し、重篤な状態になることを半ば覚悟したが、救急隊員に搬送される間も意識はしっかりしており、周囲で交わされる会話の内容も理解できた時点で、重篤な脳障害ではないことを確信できた。

ただ、人生初の救急車搬送という経験だっただけに、やはりそれなりのインパクトがあったのも事実。

結局、病院での年越しは避けることができ、昨年12月29日に退院し、自宅で新年を迎えることができた。

よかったと思う。

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体調不良に悩まされた日々

あの、目まいとひっくり返りは一体なんだったのか。

あれから1年が経って、ようやくその意味がわかるようになった。

というのは、ひっくり返り以来、人が変わったように朝の目覚めがよくなり、職場に定刻より1時間半も前に到着し、余裕の出勤ができるようになったのだ。

11年前に大病してからというもの、職場復帰には2年がかかり、さらにフルで出勤することはなかなかかなわずにいた。

体がどうしてもだるく、早い時間に起きられない。

無理に起きたとしても、一日、体調不良が続く。

それでも無理をして出勤を続ければ、入院に至るほど重篤化するというパターンを何度となく繰り返してきた。

そう、障害手帳をもらう以前の方が、よっぽど障害者らしい生活だったともいえる。

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あまりに突然の覚醒

それが、である。

今年の年初から、覚醒したように文字通り早朝に目が覚めるようになった。

要因は不明だが、あえてこじつけるなら、心当たりとしては、昨年末の前庭神経炎によるひっくり返りがなせる業としかいいようがない。

もちろん、それ相応の努力というか、工夫はあった。

就寝時間を2時間前倒しして、夜21時には、完璧に床に入ってしまうこと。

ただそれだけ。

それからというものの、5時起き、6時半に家を出て、7時半に出社、17時の定時に帰るという黄金のパターンを確立することができている。

1時間半、早く出社することで、時間外勤務にもなり、一挙両得。

それまでは残業など全くできなかった状態が、奇しくも可能になり、手取りも若干ではあるが増えた。

ありがたい。

ありがたいことづくめだ。

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「人生はあざなえる縄」を実感

そして何より、早朝出勤のリズムが出来上がったことで、人工透析に通う体制が整ったということが大きい。

もし仮に去年までのように、毎日のように時差出勤、もしくは午前半休の状態が続いていようものなら、加えての人工透析による時間拘束とあって、会社としても、認めることはなかっただろう。

いろいろな意味で、昨年末のひっくり返りおよび救急車騒ぎは、今年における変革のための導入だったのであり、それはすなわち、透析生活に入るための必然の門でもあったといえる。

不思議だ、どう考えても不思議だ。

「人生はあざなえる縄のごとし」などということわざが残っている意味を実感したこの1年だったように思う。

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昨年、30年勤続表彰で会社からもらった鞄。好みが全く違うので一度も使っていない。銭でくれた方がよっぽどありがたかった
昨年、30年勤続表彰で会社からもらった鞄。好みが全く違うので一度も使っていない。銭でくれた方がよっぽどありがたかった

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