「その他大勢」に愛惜の眼差しを注いだ又吉直樹「火花」

日本ブログ村のランキングに参加しています。いつもバナークリックの応援をいただきありがとうございます。
にほんブログ村 病気ブログ がんへにほんブログ村 病気ブログ 人工透析へ

ワンテンポ遅い感想

遅ればせながら、又吉直樹さんの「火花」を読みました。

又吉さんは既に次作を発表しているので、ワンテンポ遅い感想になりますが、流行作はすぐ読まないが、私のなんとなくの決まりになってしまっていまして。

実はこれでも早い方で、村上春樹さんの「ノルウェイの森」に至っては、発表から20年経ってようやく読んだという始末です。

ブームに乗りたくないという天邪鬼な性格もありますが、あくまでも自分が読みたくなった時に読むのが自分なりの読書の在り方だと思っているので。

前置きが長くなりましたが、「火花」です。

自家薬篭中ともいうべき手管

最初の数行を読んだだけで、文章の巧みさが伝わってきました。

一言一言がよく練られ、考え抜かれているように思えます。

ただ思うがままに書き飛ばしたというのとは全く違う、十分に手をかけられた文だという印象を持ちながら読み進めました。

読書家を自認するのは納得で、膨大の言葉の蓄積からつむぎだされる表現は一朝一夕のものではないでしょう。

テーマは漫才師ですから、自家薬篭中ともいうべき手管でつづられる登場人物の掛け合いは、見事であり、さすがです。

これは私の憶測ですが、著者が漫才師であるがゆえに、その商売道具である掛け合いを小説の一つの柱に置くことには、本人も相当な躊躇と葛藤、呻吟があったのではないでしょうか。

ゆえに、この掛け合いの個所には、悩みに悩んだ挙句の苦悩がにじみ出ているように感じるのです。

とりわけ、漫才のための漫才ではなく、小説のための漫才という制約、限界……ここに敢えて挑んだ又吉さんの勇気をまずたたえたいと思います。

栄冠への渇望を糧に生きる

あほんだらな芸人の在り方を模索し続ける神谷、一方、自己の才能の壁を常に認識しつつ、漫才の師匠に羨望の視線を送る徳永。

売れない芸人のすべてがそうではないとしても、自身の体験から、その実態、または生態を赤裸々な筆致で表現している箇所にはやはり強く興味を引かれました。

空前のお笑いブームは、世間の景気の浮き沈みとはまるで無縁と思われるほど続いていて、毎年のようにグランプリを制しては新たなスターダムをつかみとる芸人が次々と露出される一方で、生物界の宿命よろしく、頂点を極められるほんの一握り以外の「その他大勢」は栄冠への渇望を糧に生きることを余儀なくされているわけで。

その意味で、かつて筆者自身が味わった「その他大勢」の悲哀ともがきにフォーカスを当て、そこに同情というより愛情、いやもっと言うなら、愛惜の眼差しを注ぐことに徹した思いが全編から感じとるようにできました。

安易な展開に頼らず

実は私はストーリーがもっと劇的な展開をするのではないかと予想しながら読み進めたのです。

たとえば、神谷が突然、自殺してしまうとか。

でも、最後までそのような奇を衒った(豊胸のくだりにはやや驚かされましたが)流れを作らなかったことは、むしろよかったと、最後のページを読み終えて思いました。

私がもし筆者なら、安易にドラマチックに描こうとしてしまったと思います。

最後まで、トーンを踏み外すことなく、無理にまとめようともせず、洗練された文体に心を注いだであろうこの小説が評価されたことには納得できました。

二作目は恋愛小説だそうです。

よく言われることですが、二作目で真の力量も問われますし、自己の生業を離れたテーマをいかに描くかは楽しみなところです。

ですが、おそらく次作を読むのはだいぶ先になると思います。

1年後か10年後か20年後か。

読みたくなったら、読むとします。

*

日本ブログ村のランキングに参加しています。いつもバナークリックの応援をいただきありがとうございます。
にほんブログ村 病気ブログ がんへにほんブログ村 病気ブログ 人工透析へ

妻が買って先に読んでいた「火花」単行本。ほぼ通勤の電車の中で読んだ
妻が買って先に読んでいた「火花」単行本。ほぼ通勤の電車の中で読んだ

日本ブログ村のランキングに参加しています。いつもバナークリックの応援をいただきありがとうございます。
にほんブログ村 病気ブログ がんへにほんブログ村 病気ブログ 人工透析へ