新宿サーキットトレーニングをひそかに再開

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愚かを何度も繰り返し

だいぶ体調が戻ってきたということで、きょうから新宿サーキットトレーニング再開です。

ただ、以前のように、疲れ切るまで自分を追い込んだりするようなことはしません。

あくまで自分の体調と相談しながら、適正な負荷をかけていくことを心がけます。

それをしっかりしないと、結局のところ、体を壊して回復するまで数週間もかかるという本末転倒に陥ってしまうので。

うかつな私はそういう愚かを何度も何度も繰り返してきました。

いい加減、経験から学ばなければなりません。

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上り基調のサブナード

ということもあり、きょうのトレーニングメニューのポイントは3点。

その1。西武新宿〜JR新宿駅間、サブナード速歩き。

これはかなりいい感じの負荷がかかる運動になります。

階段3か所、緩やかな上り坂2か所と、基本的にコースが上り基調にあるからです。

以前は強力なペースメーカーを勝手に認定して、勝手に付いていくというストーカーまがいのことをしていましたが、今の時間帯は適当なペースメーカーもいないため、自分のペースを保持できます。

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無言のエレベーターより

その2。クリニック4Fへの階段上がり。

最近、クリニックが入るビルにテナントが相次いで入ったことで、エレベーターを待つ時間が確実に長くなりました。

この事情を逆手にとって、階段を利用して上がります。

実に気分がいい。

エレベーターに乗り合わせた人はたいがいムスッとしていて、あいさつはおろか会釈の一つもありません。

無関係な会社やらクリニックやらが入る雑居ビルですから当然と言えば当然のことですが、どうも気分的によくありません。

だれも使わない階段を独り占めすることは贅沢の極みであり、しかも体を鍛えてくれもする大きなメリットをももたらします。

ちなみに、クリニックが入る雑居ビルには警備員の方がおられるのですが、いつもあいさつをするようにしています。

やはりあいさつは気持ちがいいものです。

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私の太ももに力を与え

その3。マンションの階段上がり7階分。

これは正直きついです。

思い切り息があがります。

でも、上りきった先は我が家の玄関です。

この安心感が私の太ももに力を与えてくれるのです。

先日のNHK「試してガッテン」で、運動によって負荷をかけることは心臓の強化につながるという紹介もありました。

日々落ちていく一方の筋肉と体力を維持していくために、無駄かもしれない努力を続けていこうと思います。

自分はとにかくズボラな性格なので、日常の中に運動を取り入れていくしかできないので、なおさらです。

特に週末の金曜日は負荷をかけやすい最大のチャンスですからね。

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がん患者が苦闘を突き抜けて謳う第九歓喜の歌に感銘

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がん研有明病院が主催

きょうは朝から感動で胸が熱くなることがありました。

NHKのニュースで紹介されていたがん患者とその家族による第九演奏会がそれです。

がん研有明病院が主催した同会には、今まさにがんと闘っている人、また再発の不安を抱えている人が参加。

半年に及ぶ練習を経て、歓喜の歌を高らかに歌う姿に、思わず目頭が熱くなりました。

私自身、がん患者です。

一応の完治との符牒は与えられたとはいえ、100パーセント再発しない保証などなく、その意味ではサバイバーではあっても、元を付けるわけにはいきません。

その定義については先日考えた通りです。

自分のがんサバイバーの定義は完全に間違っていたと気づかされ

やはり、私自身、あまりにもつらく苦しかった、がんの治療を思い出しては、皆さんも同じ思いで闘っておられるのだと思うにつけ、決して他人事ではありませんでした。

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練習参加を目標に

参加者の声には、「練習に参加することが目標」だったり、「このために体調を整える」などがあり、第九参加がそれぞれにとって生きる希望であり、エネルギーとなっているようでした。

また、がん研病院の副院長自らも舞台に立って、患者と同じ目線に立とうと努力している姿勢も素晴らしいと感じました。

さらに、この第九の指揮をとった山田和樹さんの「合わせようとせず、自分の歌い方で歌ってください」との指示には驚かされるとともに、患者の心情に寄り添おうとする向き合い方にも感銘を受けました。

40分にも及ぶ大作である第九ですが、この日、全員が体調を崩すことなく、最後まで歌いきることができたそうです。

歌い終えた出演者の表情はまさに歓喜と達成感にあふれていました。

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2人に1人がかかる時代

がんは今や2人に1人がかかるといわれる時代です。

かつては不治の病とされていたがんも、治らないまでも、生涯にわたって付き合っていくことができるようにもなりました。

私もがんを宣告された時、「余命半年、5年生存率10%以下」という事実をつきつけられました。

が、今も生きています。

がんサバイバーとして、誇りを持って生きています。

がんになったとしても、人生の終わりではなく、むしろ第二の人生の始まりなんだととらえることができるようになっています。

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ベートーヴェンが「ブラボー」と

がん患者であり、クラシックファンということで、一気に引き込まれた朝のニュースでしたが、そうした経験や嗜好性にかかわらず、あの歓喜の歌を見て聞いて、感動した人は多いはずです。

そして何より、作曲したベートーヴェンが最も喜んでいて、「ブラボー!」の声を上げる姿が目に浮かびます。

苦悩を突き付けて、歓喜に至るという作品を貫くテーマはまさにがん患者の生き様にふさわしく、そのために書かれたのではないだろうかと思うほどです。

がんが自身の細胞である以上、それを撲滅することはできません。

だからこそ、がんを抱えながらもいかによりよく生きるかが、問われる時代になっているんだろうと思います。

そのことを改めて考えさせてくれたNHKには感謝したい思いです。

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自分のがんサバイバーの定義は完全に間違っていたと気づかされ

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誇りと傲慢が背中合わせ

旧ブログ「MDSサバイバーの自己省察」から、現在の「顛末の大略」へと改名して、ふと思うところがありました。

私は果たして、「がんサバイバー」と自認してもいいものだろうかという考えです。

どうしてそういう考えが起こったかというと、「サバイバー」という言葉の響きには、病を乗り越えて生き残ったという誇りの半面、傲慢さが含まれてはいないかというものです。

つまり誇りと傲慢は表裏一体なのではないかと。

というのは、がんが完治し、克服することができたと高らかに宣言してしまうことで、いわゆる「一抜けた状態」、つまり、がんとの闘い終了といった安易な側面をもたらしてしまわないかと思えてならないからです。

実際、日本においては「がんサバイバー」という言葉が定着していないように思うのは私だけでしょうか。

もしそれが仮に当たっているとしたら、いたずらな自己主張を嫌う日本人らしい反応なのではないかと思ったりするのです。

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がんは克服できない

「がんサバイバー」という言葉と概念がどういう形で生まれ、普及したのかは私自身よくわかっていませんが、どのように受け入れていくべきなのかについて、ネットで検索してみると、こんな記事にいき当たりました。

がんサバイバーの時代 ~「がんを克服した」はやめましょう~

ヨミウリオンライン内「ヨミドクター」の記事であり、日本医科大学武蔵小杉病院腫瘍内科教授・勝俣範之(かつまた・のりゆき)氏執筆の記事とあれば、信頼性は十分だと思っていいと思います(内容そのものということではなく、出所という意味において)。

記事を引用します。

 がんの診断を受けた人は、生涯を全うするまで、がんサバイバーであり、再発するかしないか、治ったか治らないかは関係ありません。

 これは、がんの治療後に長期生存した人だけをサバイバーとする古い考えと異なった概念です。

この時点で、私のがんサバイバーの定義は完全に間違っていたことが明らかになりました。

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がんに勝ち負けはない

そして勝俣医師はこう続けます。

やや引用が長くなりますが、重要な個所です。

 そもそも、がんに勝ち負けがあるのでしょうか。

 病気に勝ち負けがあるのでしょうか。

 がんが再発しなかった患者さんが、「勝ち」で、

 がんが再発・進行した患者さんは、「負け」なのでしょうか?

 がんが再発しても、がんとしっかり向き合って、立派に生活してらっしゃる患者さんがいます。このような患者さんも立派にがんを「克服している」と思います。

 がんが再発していないことの意味で、「がんを克服した」と言うこともおかしなことです。

目からうろこの見解です。

私の浅はかな定義は打ち砕かれるとともに、「がんサバイバー」の言葉には、一切の傲慢はなく、むしろ希望と誇りのみに満ちたものであるということが、私の中ですとんと落ちてくれました。

「がんは死ぬまで克服などできない」と聞くと、一見、ネガティブな考え方のように思えてしまいますが、真意はそうではなく、がんとは一生つきあっていくべきものなのだという肯定的にがんを受け入れていこうという心の持ちようを言うのでしょう。

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わだかまりが一気にとれ

ひとたび、がんにかかったのであれば、どんな状態にあったとしても、それはがんサバイバーなんだと。

死ぬまで。

勝俣医師の見解が絶対的に正しいという判断基準はないと思います。

ただ、私はこの考え方に納得しました。

私は胸を張って宣言しようと思います。

「私はがんサバイバーです」と。

胸にわだかまっていたつかえが一気にとれたような気がしてよかったです。

「MDSサバイバー」から「顛末」へのタイトルの移行をしなければ、このことを改めて考えてみようという気も起らなかったに違いありません。

「顛末」効果、思いのほか挙がっているようです。

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