「がんサバイバー」カテゴリーアーカイブ

Doblogで始まったブログのタイトルが『パトラッシュの小径』だったという衝撃

きょう土曜日は、完全休養日と決めている。

今年になって、月~金のフル出勤がようやく可能になって、その蓄積した疲れを取り戻すことができる唯一の曜日となる。

ちなみに日曜日は午前中だけだが、毎週、在宅で仕事をしているので、その意味でも、完全にフリーとなる土曜日は貴重な休息日となる。

だから、きょうも、9時に起き、お昼にブランチを食べて、すぐまた昼寝2時間。

さきほど起きて、このブログを書いているところだ。

きょうは休養日とあって、書きたいことは特にないので、日ごろつづっているブログについて振り返ってみたい。

私がブログを開始したのは、2004年6月16日なので、12年前。

当時はまだブログというものがぼちぼちとはやり始めたころで、ブログができるサイトも数えるほどだったと記憶している。

無料でできるブログの中で、私が選んだのはNTTデータが運営していたDoblogだった。

初めて投稿した時の記録が日記に残っていた。

とりあえずdoblog(ドブログ)に登録してみた。HNはfugue、タイトルは『パトラッシュの小径』。まだ書き込みはしてない。今晩からスタートしようか。でもネタは? ま、いっか。12日の宇宿ネタからでもいいしな。新着公開なしの方がいいかも。さすがに1個じゃねぇ。ま、あまり気負わずいきましょうや。

一ついいコラムを見つけた。これから初めてもいいかもね。よし、今日帰ったら、書き込んでみるとするか。

初ブログ書き込み。ぼちぼちやっていくとするか。

自分を見つめることの難しさ

以上のようなことを書いている。

HNのfugueは今に至っても変わってないが、最初のブログのタイトルが、なんと『パトラッシュの小径』としていたことはすっかり忘れていたし、ある意味、衝撃的だった。

どうして、このネーミングにしたのか、謎だ。

ということで、日記を検索して、その謎を探ってみた。

すると、ブログを始めた翌日にはこんな記述が……。

さて、きのう始めたドブログだが、さっそくタイトルを変えた。「パトラッシュの小径」はやめ、「Wild Moo Moo」確か、高中の曲にあったと思った。ちょっと拝借させていただくことにした。またいいネーミングがあったら変えればいいし。あ、「HA・RU・NA・TSU・A・KI・HU・YU」がいいということでさっそく変えた(笑)。こんなふうに柔軟に変えていくことができるのもブログのいいところかもしれない。でも、HA・RU・NA・TSU・A・KI・HU・YUはいいかもよ。日記にはぴったりだし。よし、これでいこう。→後、誤字を発見、「HA・RU・NA・TSU・A・KI・FU・YU 」に再度変更。

何と、タイトルを一日で変更したばかりか、さらに数時間、いや数分でさらに再変更をしていた事実が判明。

あまりの迷走ぶりに、思わず、自分のことながら、笑ってしまった。

そんな混沌としたスタートから12年、いくつかのブログを渡り歩きをしつつも、データを引き継ぎ、今日に至っている。

現在、投稿数962を数えるまでになった。

12年で約1000の投稿数は決して多い方ではないだろう。

意欲を失って、まるまる1年あまり投稿ゼロの年もあった。

それでも、何とか続けてくることができたのも、ブログのベースとなる日記のおかげだろう。

ブログの断続はあっても、日記だけは、1行でも書くことに執念を燃やしてきたおかげで、さい帯血移植で入院中で起き上がることすらできなかった日をのぞいて、毎日続けてこられたことは、やはり自分にとっても誇らしいことだと思っている。

日記の記述数は7600日分。

当面の目標は10000日分の達成だ。

あと2500日、約7年後だから、生きていることができていればだけれど、62歳で達成だ。

今、夏目漱石の作品の通読に挑戦し、まだ2割に満たないところ(「草枕」をもうすぐ読了)だが、漱石の作品にはさまざまな形で生死観が織り込まれているが、漱石が自身の死を思う時点での年齢は、常に現在の私よりずっと若い(漱石は49歳で没)ことを思うと、あれだけの作品を残した大作家が、自分という未熟な人間の年齢にも達せずに亡くなっている事実を思うにつけ、何ともいえない不思議な気分にならざるをえない。

文豪と平凡の代表格のような自分を比較しても、何の人生の得にならないことはわかっていても、その懸隔の大きさには、宇宙レベルを感じてしまい、むしろすがすがしい。

ということで、始めも迷走なら、いつまでもまとまりのないことしか書くことができない自分だけれど、それでいいと思っているし、だから、これからも自分らしく続けていくほかない。

Doblogは2009年5月30日(土)にサービスを終了したが、その時のお知らせ。ハードディスクのクラッシュにより、データを失ってしまったDoblogは、かなり厳しい批判にさらされた。私はクラッシュ前に生じたDoblogの不具合に愛想をつかし、FC2にデータを移行していたからよかったが、それをしていなかったユーザーはかなりの損害を被ってしまったようだ。以来、NTTに対する私の目も厳しくなった
Doblogは2009年5月30日(土)にサービスを終了したが、その時のお知らせ。ハードディスクのクラッシュにより、データを失ってしまったDoblogは、かなり厳しい批判にさらされた。私はクラッシュ前に生じたDoblogの不具合に愛想をつかし、FC2にデータを移行していたからよかったが、それをしていなかったユーザーはかなりの損害を被ってしまったようだ。以来、NTTに対する私の目も厳しくなった

私のまだら頭を見事に均一にしてくれる神の手を持つ理髪師

私の頭髪は治療の過程による抗がん剤の副作用により、まだら模様でしか生えていない。

マーブル状といえば、多少聞こえはいいかもしれないが、見た目はあまり格好よくない。

鏡で自分の後頭部を見るたびに、結構なインパクトでぎょっとしてしまうほどだ。

人からの視線を感じるたびに、「見た目は悪くなってしまったが、生き延びることができたのだから、仕方ない」と自分の言い聞かすようにしている。

ただ、そんな私の強い味方になってくれている人がいる。

近くの理髪店のマスターがその人。

マスターはまだ若い(40歳とちょっとだったか)のだが、その手さばきは見事で、私の複雑怪奇なマーブル状の毛髪をハサミ一本でほぼ均一の状態にしてくれるのだ。

まさに神業である。

ゆえに、きっちり6週おきに、このマスターの元に通うようにしている。

技のみならず、話題にも事欠かなく、カットの間、さまざまなテーマで語り合うことも楽しみの一つになっている。

古き良き床屋さん、といった趣だろうか。

先日、スーパーに買い物に行った際、向かいにある1000円カットの理髪店が目に止まり、店内をのぞいてみると、10人くらいの客がスマホを見つめ肩を丸めて待っていた。

店員は無表情、無言のまま機械的にハサミを動かしていた。

私もかつて、病気以前は、このような安くて速い理髪店に通っていた。

しかし、どうも店内の空気になじめず、行くのが嫌で嫌で仕方なく、よく伸び伸びにしたものだった。

今は、私の髪を知り尽くしたマスターの手にゆだね、あとは会話は楽しめば気持ちよく終えることができる。

この歳になって、病気になって、やっと理髪店というものが好きになったという実感がある。

白髪体質だった私は30代から白髪染めをしていて、それも憂鬱な作業の一つだった。

今は、そうした悩みからはむしろ解放され、すがすがしい気分なのだ。

その意味において、冒頭、まだら頭が恥ずかしいと書いたが、実は真意ではない。

自分だけの個性的な頭髪を手に入れることができたことに、ひそかに自負と満足さえ感じているのである。

そういう思いをさせてくれるマスターには心から感謝しているし、元気で長く仕事を続けてもらいたいと願っている。

ワットチェッカー
最近、マスターとの話題に上ったのが、消費電力量を測るワットチェッカーだった。興味をもったマスターに貸して差し上げたところ、とても喜んでくれた

保育、介護、そして病後の復職等にしかるべき手を差し伸べてこそ、希望ある社会

がんに限ったことではないが、だれも病気になりたくてなるのではなく、事故に遭いたくて遭うのではない。

当たり前のことだけれど、不幸にもそうした人生の試練に向き合わざるをえない人がどうしても出てくる。

それが世の常と言ってしまえばそれまでだけれど、私自身、がんになって、その熾烈な厳しさに身を置いた経験からすると、だれもが一律にそのリスクを抱えながら生きているということを痛感せざるをえない。

私は幸い、職場の温情により、職を失わずに済んだ。

本当にありがたいことで、日々、その恩返しのつもりで仕事をさせてもらっている。

しかし、残念ながら、すべての人が私のように救われているかというと、そうではない。

がんで転職 40%超が非正規社員に(NHK)

調査によると、4割にも上るがん患者(もしくはサバイバー)が、非正規社員になってしまっているという。

社員と非正規ではやはり待遇や給与面で格差があるのは事実。

健康な時に比べて、働きが悪くなった人間の待遇も給与が低くなって当たり前、という考え方は経済的観点からはその通りなのだろうが、心情的には、あまりにも冷たいのではないか。

確かに長時間労働に耐えられない、肉体労働に制限がある、などの病気になったり、事故に遭ってしまった人にはさまざまな配慮を必要としよう。

しかし、そこは人間同士、思いやりや役割分担等によって、カバーできることも多々あるに違いない。

事実、私は病気以降、在宅での仕事を回してもらえるようになったことで、出勤するよりむしろ効率のいい仕事ができている。

世の中のIT化によって、そうした働き方の変化は大いにあってしかるべきだろう。

もちろん、すべての職種が在宅やITによるテレワークでできるとは限らないが、工夫次第でその可能性はいくらでも広がるはず。

社会の仕組みを変えていく必要がある。

世の中は少子高齢化がますます加速する。

ただでさえ労働力人口が減る時に、病気になったり、事故に遭遇してしまった人を切り捨ててしまったら、世の中は成り立っていかない。

保育、介護、そして病後の復職等にしかるべき手を差し伸べてこそ、希望ある社会とはいえまいか。

保育士、介護士の労働環境は依然として、なかなかよくならず、離職率も高いという。

支えを必要とする人が多くなることが明確な今、その備えを社会を挙げて用意する必要がある。

その意味において、がんサバイバーとして、復職できたことの恩返しをするつもりで、たとえ病気になったとしても、笑って生きていくことができる社会の実現のために、微力ながら命を使っていこうと思う。

東大構内に設置されている「現代医学の祖」ヒポクラテス像。ヒポクラテスの誓いには「どんな家を訪れる時もそこの自由人と奴隷の相違を問わず、不正を犯すことなく、医術を行う」という一文がある(本文と写真は関係がありません)
東大構内に設置されている「現代医学の祖」ヒポクラテス像。ヒポクラテスの誓いには「どんな家を訪れる時もそこの自由人と奴隷の相違を問わず、不正を犯すことなく、医術を行う」という一文がある(本文と写真は関係がありません)