「日常」カテゴリーアーカイブ

家事無精の娘と一日お留守番

きょうは6回目の透析でクリニックへ来ている。

祝日の透析は初なので、どうかと思ったが、やはり、時間の変更をしている人が若干おられるようで、いつもよりはベッドの空きも散見せられ、ややのんびりムードという気がする。

透析自体は順調で、その間、「災害あんしんシート」の作成などに時間を費やしている。

パソコンの持ち込み可で、電源も自由に使っていいということもあり、自宅とほぼ変わらない環境でさまざまな作業ができるところがありがたい。

ところで、きのうは妻が友人のフラダンス発表会にお呼ばれし、ほぼ丸一日、家を空けていたので、仕事が休みの娘と二人、留守番をした。

私は在宅での仕事があったので、作業の合間、一緒に食事をしたのだけれど、昼、夕食ともに、私が調理台に立った。

とは言っても、昼はつけ麺、夜は出来合いの冷凍餃子を焼くだけと、いずれも、料理と呼べる代物ではなかったにせよ、自分で作ったものを食べるのはやはりとてもおいしく感じるものだ。

娘に作ってもらおうかと、お願いしてみたところ、「面倒くさい」と軽く拒否。

どうも料理には全く関心がないようだ。

さて、「じゃあ、お風呂入ろうか」と言っても、「うん」と返事をするばかりで、ソファから動こうともせず。

自分はシャントの傷の糸がまだ取れておらず、できれば水仕事は避けたいところなのだけれど、強制するほどのものでもないと、風呂掃除に動いた。

さらに、食器の洗い物については、聞くこともせず、昼夕ともに自ら行った。

これは決して、愚痴を言いたいのではなく、むしろ自分は家事をすること自体は嫌いではないので、やりたい人間がやればいいという考え方を示すにすぎない。

家事にはいかにも消極的な娘だけれど、自分が病気になってから、一度も不安定な状態になることがなく、変わらず朗らかに接してくれていることが何よりもありがたい。

趣味は娘はアイドル、自分は芸術とかなりかけ離れてはいるが、オタク気質が似ているせいか、とにかく話していて、楽しい。

こんなことを書くと親ばかそのものだけれど、やはり、自分にとってはかけがえのない大切な一人娘であるゆえ、仲良くいられることに感謝の思いでいっぱいだ。

きのうは外食はできなかったが、たんぱく制限も解かれたこともあり、今度、近くの居酒屋に誘ってみようかなと思う。

家事の依頼は断られても、デノミの誘いは断ることはないはず。

以前、娘と行った居酒屋。料理がおいしく、日本酒の種類も豊富なので気に入っている
以前、娘と行った居酒屋。料理がおいしく、日本酒の種類も豊富なので気に入っている

病気話に花が咲いた20年ぶりの再会

先日、学生時代の後輩が訪ねてきてくれて、久しぶりの旧交を温めることができた。

彼は在外勤務が長く、半年に一度の定期健診のために帰国したので、会いにきたとのこと。

そう長くはない滞在期間にもかかわらず、押して会いに来てくれたことをうれしく思う。

約20年ぶりとなる再会の対話は、尽きることなく続いた。

話の内容はというと、お互いの病気の話5割、昔話4割、その他1割と、やはり50過ぎの中年同士の会話にみられる典型的な病気話が大半を占めた形だった。

彼も実は20年以上にわたって、持病を抱えながら、異国の厳しい環境に耐えてきたことを思うにつけ、その精神力の強さには感嘆せざるをえなかった。

それでも彼は、「いや、根が楽観主義なんですよ」と笑う姿に、うそは感じられなかった。

大したものだ。

お互いに同じくらいの年頃の子どももいて、そうあっさりと死ぬわけにもいかないよね、と笑い合った。

不思議なもので、若いころに濃い付き合いのあった人間と会い、話をするだけで、当時の感覚が心身によみがえるような気がし、細胞のわずかでも、若返ったかなと思われる。

もちろん、単なる思い込みなのだろうが、そうであったとしても、やはり心の解放につながっていることは確かなのだろう。

二人して注文したのは、アイスコーヒーだったが、彼は糖分を気にしてシロップを少な目に。

私は水分を気にして、半分は残してと、お茶の飲み方にも病気の影がつきまとうというところが、面白がってはいけないが、面白い。

そういえば、この店のアイスコーヒーの特徴は、氷までコーヒーを凍らせたものになっていること。

水から作った氷では、最後の方は薄まってしまうが、ここのコーヒーは最後までしっかりと味が変わらない。

こだわりを感じるし、実際の料金もそれなりに反映されている。

この日の陽気は、さながらハワイにいるかのような涼しげでさわやかな風が終始、テラス席に吹きわたっていた。

20年ぶりの再会を祝福してくれるかのように。

彼のもてる楽観主義が、陽気までをも穏やかにしれくれたような気がした。

お茶を飲んだ時のテラス席からの庭の写真を撮り忘れたので、代わりとして、新宿御苑の庭園
お茶を飲んだ時のテラス席からの庭の写真を撮り忘れたので、代わりとして、新宿御苑の庭園

申請手続きの中で起きたプチ奇跡

人工透析を始めて1週間が経つ。

入院中に2回、クリニックで3回と計5回の透析を経験して思うところは、ともあれ、無事にできていることにほっとしているということに尽きる。

末期の状態にあった時は、あまりのむくみのひどさに、一刻も早く透析を開始してもらって、楽になりたいという半面、未知の世界であるがゆえの不安も大きかったので。

医療行為としての透析がうまくスタートできたことで、次に課題になるのが、身体障碍者になることに伴う各種手続きをどう進めていくか。

もともと細かい事務的な処理が苦手な私は、この分野については一貫して妻に任せきりになってきたが、今回も全くその延長線上で、頑張ってもらっている。

身体障碍者1級手帳取得、障害年金受給の申請等々…きょうは役所へ、きょうは医療機関へ、きょうは年金事務所へと、忙しそうに飛び回ってくれている。

自分の場合、苦手ということもあるが、仕事もあり、そして週3回の透析も始まりと、各種手続きに割く時間は実際のところ、皆無と言っていい。

そう思うにつけ、妻が元気でいてくれることをありがたく思うとともに、そうした協力者もしくは援助者がいない人はさぞかし大変だろうなと思わざるをえない。

役所のすることだから、基本的には申請主義にならざるをえないという事情はよく理解できる。

でも、「申請できないなら、不利な条件で生きるしかないんですよ」という姿勢も垣間見える。

福祉の制度自体は、その手引きの厚さを見ただけでも、かなり充実していることがわかり、ひと昔前の弱者軽視の福祉とは隔世の感があるとは思うが、もう少し簡素、簡便な福祉の受給の在り方はないものかと思った次第。

ところで、この一連の手続きの流れで、一つのプチ奇跡に遭遇する場面があった。

というのは、書類に新たな三文判が必要ということになり、近くのスーパーへ買いに行った時のこと。

印鑑の陳列ケースで探したところ、私の苗字が既に売れてしまったのか、空きになっている。

「ほかを探すしかないか」と、ふとケースの上を見ると、紙箱に十数本の印鑑が入れられている。

おそらく、補充分かと思われる。

輪ゴムで束ねらた2束の苗字を見たが、当然ながら見あたらない。

1000本ほどある本体に比べ、予備は十数本、確率的にあるわけないと、束を置いた。

ところが、束になっておらず、箱の下に寝そべっていた2本までは私は確認しなかったのだが、その2本を妻が手に取ってみると…。

「あった!」

「えっ!」

最後の1本で、見つかった。

ちょっとしたことだけれど、すごい奇跡だと思わざるをえなかった。

こんな偶然もあるんだなと。

しかも、通常450円のところが100円也と。

どこまでついているんだろう。

このツキついでに、各種申請手続きもスムーズにいってもらいたいものだ。

市役所で渡された障碍者のしおり。かなり分厚くて読み込むのが大変そう
市役所で渡された障碍者のしおり。かなり分厚くて読み込むのが大変そう