黒澤映画「羅生門」に見る人間描写の凄さとこまやかさ

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■芥川龍之介「藪の中」が原作

黒澤明監督作品「羅生門」をアマゾンプライムで見ました。

初めてです。

先入観では、芥川龍之介の「羅生門」を映像化したものと長年、思い込んでいたのですが、実はそうではなく、メーンとなる話は同じ芥川の「藪の中」だったとは。

まず、そのことに不意打ちを食らったような思いで、見進めました。

三船敏郎と京マチ子が抱き合うシーンが有名で、私も目にしてきたのですが、「羅生門」にそんななまめかしい箇所があったかなと不思議に思ってはいたのですが、その謎を積極的に解こうとは思ってこなかったわけで。

とうとう、その謎が解けることになりました。

■三者三様の証言で謎が深まる

あらすじはこういうものです。

雨の降りしきる羅生門の杣売りと旅法師が放心状態にいるところに下人がやってきて、二人の経験談を聞くことに。

それは盗賊が道行く夫婦を襲い、女をてごめにするばかりか、夫も殺してしまったという凄惨な事件の目撃者が二人なのですが、その内容が一筋縄ではない、複雑怪奇なものだったと。

つまり、加害者である盗賊と、被害者である夫婦の証言がどれも辻褄が合わない。

誰の証言が本当で嘘か全くわからない藪の中状態になってしまうというもの。

それぞれがそれぞれの都合のいい証言をするので、話を聞くごとに謎が深まるという構図なのです。

■試写を見た社長が憤慨

私も見ていて、証言者が交代(死人である夫は巫女が代弁)するたびに、何々とグイグイと引き込まれた次第で。

1950年の制作と、私が生まれる10年以上も前の作品であるにもかかわらず、この引き込まれ感には、心底驚かされました。

さすが、黒澤明監督だと、また三船敏郎、京マチ子の名演技だと感服です。

当初、試写を見た大映の社長は「こんな映画、訳分からん」と憤慨し、途中で席を立ってしまったとのこと。

ヴェネツィア国際映画祭で上映され、金獅子賞を受賞すると、社長の評価も一変し、両手を挙げて喜んだとか(大映社長のエピソードはウィキペディアより)。

■裏や汚い部分にフォーカス

人間の心理やひだをこまやかに描いた作品がかつてありました。

もちろん、現代にあっても皆無ではないですが、エンターテイメントに寄っているのが今の実情だと思います。

いや、当時においても社長の反応がそうだったように、大半がエンターテイメント性を求められていたのでしょう。

日本映画の原点ともいうべき、「羅生門」を初めて見たことで、やはり自分はこういう人間の心理描写であったり、裏や汚い部分にフォーカスを当てる作品が好きなのだと、改めて実感できたような気がします。

それにしても、京マチ子の見事な艶技には参りました。

全ての役者を調べたわけではないですが、現在も存命しているのは京さんだけのようです。

やはり、女性は強しを二重の意味で思い知ることとなった映画「羅生門」だったように思いました。
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