島崎藤村「破戒」を40年ぶりに再読。心に巣食う差別意識という澱

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電子書籍というパラダイス

島崎藤村の代表作の一つ「破戒」を読み終えました。

中学3年生以来、実に40年ぶりの再読です。

まず思うことは、作品自体の感想よりも、やはり読書はいい、素晴らしいということです。

しかも、今の時代は青空文庫という著作権切れのフリー出版物もあり、私が今回読んだ「破戒」は藤村の59作品がまとめられていながら確か数百円という低価格の電子書籍です。

その時代の著作物が好きな私にとっては、まさにパラダイスであり、感動的な事態だと思います。

もし、これが普通に紙の本で売られてるとしたら、数万円ではきかない価値があるでしょう。

改めていい時代になったということを実感します。

タブーに挑戦した藤村

「破戒」は穢多と呼ばれ、被差別部落に生まれた主人公の瀬川丑松が、親の厳しい言いつけを守って身分を隠し、小学校の教師になるのですが、ひょんなことから、次第次第にその噂が広がってしまい、追い詰めらるという葛藤を描いた小説です。

丑松はまっすぐな性格を有しているため、生徒からの人望が熱く、それを快く思わない校長や同僚の策謀にはまって身動きがとれなくなる様を見事な筆致で表現していて、飽きさせません。

明治39年の作品ですから発表から111年も経っているとは思えない臨場感はさすがです。

部落民に対する表現もかなり露骨で、100年前の日本人の差別意識はここまで徹底したものだったと思うにつけ、暗澹たる気分にもさせられました。

藤村にとっても、とてつもない覚悟をもって、このタブーに挑戦したのであろうことが行間から伝わってくるのです。

横行するいじめやパワハラ

この100年で部落問題は大きく前進して、差別意識もほとんどなくなったのではないかと思いますし思いたいです。

一方で、出自による差別はなくなるのと反比例するかのように、別の角度の差別意識が強まっているように感じるのです。

ヘイトスピーチに代表される差別的言動にとどまらず、学校や職場におけるいじめやパワハラなども、元をたどれば、この差別意識に根っこがあるのではないでしょうか。

人間は思いやりや人に対するやさしさを持つ半面、差別意識や他者への軽蔑の心をも併せ持つ複雑な生き物です。

おそらく、進化の過程で何らかの理由によって、そのような遺伝子が組み込まれてきたのでしょう。

非業の死を目の当たりにし

瀬川丑松は同族出身で部落解放運動家の猪子蓮太郎の非業の死を目の当たりにし、こそこそと隠れまわる自らの生き方を強く恥じ、父からの厳しい言いつけを破戒する決意に至ります。

生徒の前で、涙ながらに自らの出生を告白するとともに、謝罪するのです。

そして、アメリカ・テキサスの新天地に旅立つ場面で小説は幕を閉じるのですが、丑松の胸には後悔の曇りは一点もなく、むしろ差別なき社会への希望にあふれきっているようです。

先にも述べたように、時代は変わっても、基本的な人間の心根はそうそう変わるものではありません。

その意味においては、この人間社会が続く限り、理不尽な差別や心理的な圧迫を加えてくるものは後を絶たないでしょう。

そんな時、この小説を読むことによって、どんな厳しい状況に置かれたとしても、それを打開し、転換していくことができるのだということを丑松の生き様から学ぶことができるように思うのです。

中学3年生の私は、この破戒をどのような思いで読み終えたのでしょうか。

それを40年前の私に聞いてみたいです。

「え、何? ライバルとの読書競争に没頭していたから、内容は二の次だった? ふむ、まあそうだろうねぇ」

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島崎藤村全集。これが数百円というのだからありがたい限り
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