そば屋は話す場にあらず、すすり音を立てる場である

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地元のそば屋、くはらへ

先日、妻とともに、地元のそば屋、くはらを訪れました。

最近はそば屋の話題ばっかりだなと、うんざりされていると思われますが、当の本人は今は全開でそばモードに入ってしまっているので、自然とブログにもその気分が反映されてきます。

そば嫌い、そばアレルギーの方には大変申し訳ないですが。

ということで、そば。

最近のブームは、地元ではここ、くはら、クリニック近くでは滝乃家と、私にとっての二大そば屋が私の外食生活のほぼ一部となりつつあります。

どちらがおいしいかは優劣つけがたく、一口すするごとに、「おお、うまい」の目が見開かれる感じがするのです。

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回転数でこなすが常道

さて、きょうはそば自体の話ではなく、店の空間がテーマです。

当たり前のことですが、飲食店には限られたスペースというものがあります。

だだっ広いところもあれば、狭いところ、ぎゅうぎゅう詰めというところからさまざまです。

基本的にそば屋というものは、空間的には広々したイメージがありません。

この日のくはらもそうですし、この前の伊勢丹内おらが信州もそうでした。

とりわけ、おらが信州はテーブルとテーブルの間があまりに狭く、人一人が横向きになっても通れないくらいなので、出入りの際、店員さんがわざわざ半分くらい引き出さないとできないくらいでした。

行列ができる店とはいえ、これはちょっとやりすぎだと感じましたね。

このように基本的に隣と隣のテーブルが近いパターンが多いです。

これはやはり回転数をあげて、数でこなすのがそば屋の常道というところからきているのかもしれません。

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隣の話が丸聞こえ

その意味においては、そば屋は人とじっくり話し込むというお店ではないと思われます。

くはらでは隣に6人掛けの団体が酒を飲みながら、話をしていたましたが、店自体が狭いことと、テーブルの間も狭いことから、すべての話題が丸聞こえです。

ということは、私たちの声も聞こえるということですから、自然、押し黙って、スマホを見るしかないことになります。

しまいには、妻とラインで会話をする始末。

そば屋はそばを純粋に味わいに来るところだという認識を訪れるたびに感じるのです。

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そばのそばはそばのそば

この日は天丼とせいろを注文しました。

お腹がかなり空いていたということもありますが、やっとお腹の調子もよくなり、減った体重を取り戻そうという気持ちもありました。

せいろを食べる場合、どうしても、すすり音が出ます。

妻に、「わざと立ててるの?」と難詰されましたが、決してわざとではありません。

おいしく食べようとすると、どうしても音を立ててしまうんです。

あの落語で演じられるすすりは決して誇張でも、うそでもないと思います。

それで一つ悟りました。

そば屋は話し声を立てるところにあらず、すすり音を立てる場であると。

何の得にも損にもならない悟りではありますが。

あれ、ここでもう一つの悟りが落ちてきました。

そばのそばは傍(そば)のそば。

人と人がすぐ傍(そば)で食べるからそば。

いや、これは単なるこじつけです。

失礼しました。

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くはらの入り口。粋なのれんがそば屋らしい。それからさりげない打ち水も
くはらの入り口。粋なのれんがそば屋らしい。それからさりげない打ち水も

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珍しい人との遭遇4題。個性ととるべきか、マナー違反ととるべきか

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新宿御苑の門前で

きょうはクリニックに来る道すがら、珍しい人たちに出会うことができました。

珍しいと言っても、知り合いというわけではなく、たまたま見かけた人々の行動が珍しいという意味においてですが。

珍しい人その一。

新宿御苑の千駄ヶ谷門前を歩いていると、御苑を出たと思しき5、6人の団体が横断歩道前で渡ろうかと固まっていました。

渡るのかなと思いきや止まっています。

その理由はその数秒後すぐ分かりました。

私の背後からクルマの音が近づいて来たのに気がついたからです。

かなりのスピードだったので、横断歩道を止まらず通り抜けるかと思うと、横断歩道を1メートル過ぎたところで急停車し、道路脇で止まりました。

何があったんだろうと観察していると、若い男性がスマホを片手に出てきて、ビルに入っていきました。

どうせ止まるなら、横断歩道の前に止まればいいじゃんと多くの人が思ったことでしょう。

クルマにはベビーチェアが乗せられていました。

ちなみに団体さんは異国語を交わしていましたので、話の内容はわかりませんでした。

*

そば屋に鳴り響く鼻すすり

珍しい人そのニ。

いつものそば屋に入りました。

私の後から、若い男女が入店してきましてね、ティッシュくださいと店員さんに要望。

数秒後、店中に鳴り響く鼻すすり音が数回。

カレー丼を食べていた私もさすがにその強烈なサウンドに視線を送らざるを得ません。

思わず、その鼻すすり男性と目が合います。

きょとんとした顔でした。

二回目、少しはボリュームを落とすかと期待したのですが、期待倒れでした。

そば屋に響くそばすすりはむしろ風流ですが、鼻のそれはいただけません。

ありえません。

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脚組みそばすすり

珍しい人その三。

私より10分ほど遅れて入店したダンディな男性で、私より10ほど年かさでしょうか。

おしゃれで、つま先までビシッと決まった紳士です。

ところが、カウンターに腰掛けるや、脚を組んでかなりそっくり返っています。

手もポケットイン。

ダンディな格好といえば言えなくもないですが、そば屋ではちょっと?

注文をする際も同じ格好でした。

まさか、食べる時は脚を降ろすよなと観察していると、なんと、そのスタイルのままそばをすすり始めました。

初めて見ましたね、脚を組んでそばをすする人は。

いかにも体勢的にきつそうですが、脚を降ろそうとしません。

本人にとっては、これが究極のダンディズムなのかもしれませんが。

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すれ違いさま、深々とお辞儀

珍しい人その四。

そば屋を出て、新宿御苑に向かう際のこと。

歩道は片側しかないため、歩行者はそこをシェアして歩くわけですが、女性が前から歩いてくるので、私はなるべく空間を作って差し上げようと、ガードレール側、左端ぎりぎりをやや窮屈そうにすれ違おうとすると、女性は私に深々と頭を下げたのでした。

私としては、そこまでのことをしていないと思いながら、珍しく律儀な人だと思い、会釈をしました。

と、その瞬間、気付いたことがあります。

女性が頭を下げたのは、植込みから垂れ下がった枝をよけるためでした。

珍しいと思ったのは間違いでしたが、珍しい私の勘違いでした。

かくいう自分も他人から見れば、十分、珍しいと思われて、ブログに書かれているのかもしれません。

書かれているなら、それを読んでみたいものです。

ただ、一から三のように、間違いなく珍しいと思われる人たちの多くが「ちょっとそれってどうよ」という行動だったりするわけですが、それを個性ととるか、マナー違反ととるかは、また感じ方で分かれるところなんでしょうね。

ちなみに私はマナー違反と認定いたします。

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運転は人格を表すを確信させてくれたO社とK社の明確な違い

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同時刻に見かける2台のトラック

朝7時半ごろ、職場の近くで決まって見かける2台のトラックがあります。

まず1台が私を抜いていき、次の1台はすれ違うのです。

両方とも産業廃棄物の運搬車と共通しているものの、対照的に違う点があるのですが、それは運転の仕方です。

K社の車両はものすごいスピードと騒音で私の脇を抜き去っていきます。

怖いし、ちょっとムッときますね。

一方のO社のそれは、極めてゆるやかに静かに過ぎていきます。

どちらの印象がいいかと言えばもちろん後者のO社であって、実名を出したいくらいですが、まあ控えておきましょう。

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あいさつで想像は的中

運転は人格を表すということはよく言われることですが、実際、K社、O社の運転手のそれぞれの性格がその運転から手に取るように想像できてしまうところが面白いですね。

ところが、先日、車の中の人を知る機会に恵まれたのです。

というのは、たまたま1本早い電車に乗れてしまったことで、いつもと違うタイミングで職場に着くと、何と我が社の前にO社の車両が停まっていました。

「ああ、O社にはウチもお世話になっていたんだ」と脇を通ろうとすると、運転手さんが袋を両手に下げてクルマの後方に運ぼうとしていました。

私は積極的挨拶派の信条から、「おはようございます」と会釈すると、ほぼ同じトーンで「おはようございます」と返してくれたのです。

私の想像は的中でした。

運転が優しい人は人柄もいいの法則にまた一つの実証を得た気がします。

ちなみに残念ながらK社については中の人に会う機会がないので実証はできていませんが。

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泥水を歩行者に浴びせかける非人道

クルマは鉄の塊ですから、一つ間違えば殺人の道具にもなるものです。

実際、不用意な運転によって、貴い命が奪われたことは枚挙にいとまがありません。

命を奪わないまでも、雨で水たまりができていて、スピードを出せば、水が跳ね上がるのを知ってか知らずか、歩行者に浴びせかけて平気な運転手もいます。

正直、人格を疑います。

人道的に間違っているともいえるでしょう。

これらはすべて、人の立場に立って物事を考えることができない人格の欠如に起因すると思われます。

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「激突」が象徴するクルマという人格

クルマによる殺人で思い出す映画があります。

スティーブン・スピルバーグの出世作「激突」です。

ハイウェイで何気なく抜かした巨大タンクローリーが、執拗に後を追い、しまいには殺されかけるという恐ろしい映画です。

タンクローリーの運転手は最後まで顔を現さず、毛むくじゃらな太い腕を数度見せるだけ。

この演出がより恐怖を増す効果を挙げています。

ラストは…ネタバレになるのでやめておきますが、スピルバーグらしい見事な締め方には感動させられます。

スピルバーグ作品で、最も好きな作品です。

運転そのものが自分の人格の表現なのだと言い聞かせてハンドルを握っていこうと思います。

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