私のまだら頭髪はGVHDが原因だったと初めて判明した皮膚科受診

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ほぼ一日を費やして

きょうはふた月に一度の東大医科研病院の受診日です。

受診のラインナップは採血・採尿、皮膚科、内科、ベナンバックス吸入と盛りだくさん。

ほぼ一日を費やしての受診となります。

今はふた月に一度のペースになりましたが、少し前までは1か月に一度でしたから、休みを取るのもだいぶ苦労しました。

その分、人工透析の週3回が入ったのですから、トータルではより大変になってはいると思いますが。

ともあれ、こうして自力で病院に通えること自体がありがたいことと感謝の思いです。

何だかすっきり

皮膚科は足の甲の炎症を診てもらいます。

原因はGVHD(移植片対宿主病)によるもので、さい帯血移植の合併症です。

これには10年近く悩まされていて、一時期は歩くことすらままならないこともありました。

それが薬を変え靴下を変え、さまざまな工夫と手当の結果、ほぼ傷は治り、炎症も収まっています。

今回は先日できてしまった魚の目(医学的には鶏眼というそう)をピンセットで丁寧に削り落としてもらいました。

ありがたいです。

皮膚科の先生に、移植患者で皮膚のGVHDで苦しんでいらっしゃる患者は私以外にもいるのでしょうか」と尋ねたところ、「いらっしゃいますよ。頭皮に出て、円型に脱毛してしまっている方ですとか」と教えてくれました。

「私のまだらの頭髪もやはりGVHDなんでしょうか」と聞くと、「たぶんそうでしょう」と。

病気から12年目にして、私のまだら頭の原因がGVHDだということが判明しました。

何だかすっきりしました。

看護師Wさんと感激の再会

きょうの医科研受診で、どうしても会っておきたい人がいました。

10年前、肺炎で2か月間、入院した際に、大変お世話になった看護師Wさんです。

Wさんはその時、看護師になって初めての病院勤務とあって、とても初々しく、また緊張もされていたようでした。

採血は私が第一号だったように記憶します。

私はその記念すべき最初の採血をしてもらったことを誇りに思っています。

私が会いたがっていると耳にしたWさんは休憩中にもかかわらず、病棟からわざわざ外来まで駆けつけてきてくださいました。

感激でした。

「去年から人工透析が始まったんです」と報告すると、シャントのある左腕をとって、「血管、頑張ってくれているんですね」と感慨深げに語ってくれました。

そう、10年前、Wさんが初めて針を刺した同じ血管は、シャントとして立派に成長して働いてくれているのです。

私も感慨を覚えました。

しっかりと握手をさせてもらい、お互いの今後の健闘をたたえ合いました。

とてもうれしい再会でした。

もはや第二の故郷

12年間通い続けている医科研病院は、私にとってはもはや第二の故郷に近い感覚の場所です。

人工透析が始まって、闘病の基盤は透析クリニックに移ってしまいましたが、私の闘病の原点は医科研に変わりありません。

命を救ってくれた恩ある病院であり、医師の方々であり、看護師や技師、清掃のスタッフの皆さんらが支えてくださったおかげで今の私があります。

きょう会ったWさんは「まだこちらの病院には来られますか」と聞かれたので、「来ます、来ます、ずっと来ます」と答えて、「Wさんはまだこちらにいる予定ですか」と聞き返すと、「はい!」と元気に返してくれました。

本当は病気を一刻でも早く治して、病院との縁を切りたいと思うものなのでしょうが、こうした人のつながりを思う時、この病院だけはできるだけ長く通い続けたいな、などとつい思ってしまうのです。

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東大医科研病院の外観。この威容を仰ぎながら、12年間通い続けている
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