ビートルズという永遠の謎にはまり力をもらった中高時代

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工場の御曹司に導かれ

NHKの朝の連ドラ「ひよっこ」が折り返しを過ぎたそうです。

その登場人物中で、今、最も話題になっているのが、ザ・ビートルズです。

私が改めて言うまでもなく、空前絶後の大人気を博したロックスターですが、私もそれなりにはまった時期があるので、その思い出を語らせてもらおうと思います。

私が初めてビートルズの存在を知ったのは1966年か67年ごろだったので、ちょうど初来日のころと、とりあえずリアルタイムの時期ではありました。

知った理由は、母が働いていた町工場の御曹司がビートルズの熱烈なファンだったからです。

この工場と経営者の自宅が隣接していたため、御曹司が叩くドラムの音と、工場の機械音が入り混じって常に聞こえていたことを記憶しています。

ある日、興味津々の幼い私が御曹司の部屋をのぞくと、ドラムのスティックで私を手招きしました。

上がりこんだ私に、「叩いてみるか?」と御曹司。

「うん」と私は丸椅子に座り、重いスティックを握らされ、数回、ドラムやスネアを叩きました。

ろくな音はしなかったでしょうが、それが私の初楽器体験だったことはよく覚えています。

後で知ったことですが、ちなみに御曹司がドラムを叩きながら叫んでいた曲は「レディーマドンナ」でした。

学校の昼食時のBGMに

時は10年ほど飛びます。

本格的にビートルズに熱を上げる時がやってきました。

確か中学2年生の時ですが、クラスに熱狂的なビートルズファンがおり、昼食の時間になると、おもむろにカセットデッキを教卓の上に設置、音楽をかけるのです。

それがビートルズの楽曲でした。

その独断を文句を言うどころか、クラスのほとんどが楽しんでいるようでもありました。

今なら、PTAからクレームがつきそうな光景ですが、当時はこれが許された牧歌的な空気が教室にはあったように思います。

これがビートルズとの10年ぶりの再会の機会でした。

胸がヒリヒリやけどする

以来、少ない小遣いの中からやり繰りしてはビートルズのレコードを買い集めることに熱中し、後期アルバムはすべて、前期も8割方買いそろえました。

最初に買ったアルバムは忘れもしません、「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」でした。

それまではかぐや姫や尾崎紀世彦、三善英史など、主に日本の歌謡を中心に聴いてきた私にとって、まさに度肝を抜かれるような楽曲と構成に、何か胸がヒリヒリやけどするような感じさえ覚えたものです。

今でもこのあるアルバムは最初に買った記念すべき作品ということもあり、思い入れが強いです。

とりわけ、あのきらびやかでいて、退廃的な雰囲気を発する異様な力に完全に憑りつかれて。

私が後期作品の方をより多く聴きたいと思うのも、このアルバムがきっかけであることもおそらく影響していると思われます。

ジョージの影響でインドに傾倒

中学3年の高校受験では、私の唯一の友はビートルズであり、勉強の厳しさに心折れそうになる私をどれだけ支えてくれたことでしょう。

今でも楽曲に触れるたびに、あのころの、まさに青春が蘇るのです。

高校に入って、ディープパープルやレッドツェッペリンなども聴きましたが、ビートルズ以上の思い入れたロックバンドは現れませんでした。

ちなみにメンバーの中で最も好きだったのは、ジョージ・ハリソンです。

ジョンとポールの陰になりながらもいぶし銀の魅力で存在感を放ったジョージが大好きでした。

もちろん、楽曲も。

「タックスマン」が大のお気に入りです。

その後、インドに傾倒していったのも、ジョージの影響があるかもしれません。

ビートルズという全くもって不思議な存在は私にとってもだれにとっても永遠の謎のような気がします。

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