「ノーミュージック、ノーライフ」を地でいく私の日常

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どんな曲を聴いているのだろう

朝の通勤電車に乗っている人の多くがイヤホンをしています。

かく言う私自身もしています。

いつも思うことは、「この人は一体、何を聞いているのだろうか」ということです。

時々車内で響いてくるシャカシャカの音漏れがない限り、外側からは何を聞いているのかはさっぱりわかりませんね、当たり前のことですが。

音楽なのか、英語なのか、ニュースなのか、落語なのか、それとも……。

ともあれ、何かを聞くためにイヤホンをしているのは確かでしょう。

単なる耳栓のためだけにやっている人はおそらく一人もいないとは思います。

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通勤の友、クラシック

ということで、他人がイヤホンで何を聞いているのか知りたいという欲求が同等に皆さんにもあると仮定して、私が常に外に持ち出している音楽ライブラリについてお話をしてみます。

まず、5000曲が入るICレコーダーにはすべてクラシック音楽が入っています。

主な作曲家は、モーツァルト、ベートーヴェン、シューベルト、ブルックナー、シューマン、ブルックナーなどメジャーから、ファリャ、ブロッホ、アイブスなど、ややマイナーまで、ざっと50人ほどの作品です。

これを通勤の行き帰り、ランダムで再生しています。

かつてはランダムの聴き方をせず、必ずアルバムごとというこだわりがあって聴いていたのですが、保有する曲が増えすぎて、ランダムで聴かない限り、万遍なく楽しむことができないと痛感するようになったのですね。

オペラなどは、突然、語りの部分だけが流れたりと、「これはちょっと」と思う場面はあれ、「あ、あの曲がかかってくれた」という偶然が与えるチャンスのようなものを感じるのも一つの楽しみでしょうか。

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記憶が浸み込んだ楽曲たち

もう一台のミュージックプレーヤーとして使っているiPhone7にはジャズ、ポップスなど約800曲を入れています。

iPhone7はイヤホンジャックがなくなってしまったので、こちらは家でスピーカーから流す用にしています。

お風呂、トイレ、たまに家事を手伝う時などで役立ってくれていますね。

特にiPhone7は生活防水になったので、水周りで使えるのはありがたいです。

ジャズはキース・ジャレット、バド・パウエル、レシェック・モジシェル(ポーランドのピアニスト)、ジョン・ルイス、フィニアス・ニューボーン・ジュニア、クリヤマコト、糸川玲子、阪本亜矢子、加古隆など、ほとんどピアニストで占めらています。

こう書き出してみて、改めて自分はピアノ大好き人間なんだなということを自覚します。

ジャズのピアノ以外はサックスのグローバー・ワシントン・ジュニア、ボーカルのケイコ・リー、変わり種でゲームBGMのSIMCITY3000が入っていたりします。

ポップスは高中正義、是方博邦、ラリー・カールトンのギターほか、ビートルズの後期アルバム、桑名正博、尾崎亜美、麗美などです。

サザン・オール・スターズもありますが、「ヌードマン」のみで、このアルバムが大のお気に入りです。

学生時代の甘くほろ苦い思い出を含んだ曲たちなので、聴くたびに当時を思い起こし、妙な気持ちにさせられるものです。

ほかもすべて学生時代に親しんだアーチスト、楽曲ばかりで、音楽はやはり記憶に結びつき、それを掘り起こす際に不可欠な存在なのですね。

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気が付くと人生に寄り添って

以上が私と生活をともにしてくれているマイライブラリなのですが、思うにここに至るまでの道のりを振り返ると、気が付くと寄り添ってくれている楽曲たちという気がします。

一時期、音楽を我慢して、英語のリスニングに没頭した時期などもありましたが、挫折とともに我慢しきれず音楽へ舞い戻ってきたという経緯もあります。

やはり音楽は自分にとって、エネルギーであり、生きるよすがともいえる存在なのだと思います。

「ノーミュージック、ノーライフ」

わかるなぁという、見事な標語だと思いますね。

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珍しい人との遭遇4題。個性ととるべきか、マナー違反ととるべきか

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新宿御苑の門前で

きょうはクリニックに来る道すがら、珍しい人たちに出会うことができました。

珍しいと言っても、知り合いというわけではなく、たまたま見かけた人々の行動が珍しいという意味においてですが。

珍しい人その一。

新宿御苑の千駄ヶ谷門前を歩いていると、御苑を出たと思しき5、6人の団体が横断歩道前で渡ろうかと固まっていました。

渡るのかなと思いきや止まっています。

その理由はその数秒後すぐ分かりました。

私の背後からクルマの音が近づいて来たのに気がついたからです。

かなりのスピードだったので、横断歩道を止まらず通り抜けるかと思うと、横断歩道を1メートル過ぎたところで急停車し、道路脇で止まりました。

何があったんだろうと観察していると、若い男性がスマホを片手に出てきて、ビルに入っていきました。

どうせ止まるなら、横断歩道の前に止まればいいじゃんと多くの人が思ったことでしょう。

クルマにはベビーチェアが乗せられていました。

ちなみに団体さんは異国語を交わしていましたので、話の内容はわかりませんでした。

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そば屋に鳴り響く鼻すすり

珍しい人そのニ。

いつものそば屋に入りました。

私の後から、若い男女が入店してきましてね、ティッシュくださいと店員さんに要望。

数秒後、店中に鳴り響く鼻すすり音が数回。

カレー丼を食べていた私もさすがにその強烈なサウンドに視線を送らざるを得ません。

思わず、その鼻すすり男性と目が合います。

きょとんとした顔でした。

二回目、少しはボリュームを落とすかと期待したのですが、期待倒れでした。

そば屋に響くそばすすりはむしろ風流ですが、鼻のそれはいただけません。

ありえません。

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脚組みそばすすり

珍しい人その三。

私より10分ほど遅れて入店したダンディな男性で、私より10ほど年かさでしょうか。

おしゃれで、つま先までビシッと決まった紳士です。

ところが、カウンターに腰掛けるや、脚を組んでかなりそっくり返っています。

手もポケットイン。

ダンディな格好といえば言えなくもないですが、そば屋ではちょっと?

注文をする際も同じ格好でした。

まさか、食べる時は脚を降ろすよなと観察していると、なんと、そのスタイルのままそばをすすり始めました。

初めて見ましたね、脚を組んでそばをすする人は。

いかにも体勢的にきつそうですが、脚を降ろそうとしません。

本人にとっては、これが究極のダンディズムなのかもしれませんが。

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すれ違いさま、深々とお辞儀

珍しい人その四。

そば屋を出て、新宿御苑に向かう際のこと。

歩道は片側しかないため、歩行者はそこをシェアして歩くわけですが、女性が前から歩いてくるので、私はなるべく空間を作って差し上げようと、ガードレール側、左端ぎりぎりをやや窮屈そうにすれ違おうとすると、女性は私に深々と頭を下げたのでした。

私としては、そこまでのことをしていないと思いながら、珍しく律儀な人だと思い、会釈をしました。

と、その瞬間、気付いたことがあります。

女性が頭を下げたのは、植込みから垂れ下がった枝をよけるためでした。

珍しいと思ったのは間違いでしたが、珍しい私の勘違いでした。

かくいう自分も他人から見れば、十分、珍しいと思われて、ブログに書かれているのかもしれません。

書かれているなら、それを読んでみたいものです。

ただ、一から三のように、間違いなく珍しいと思われる人たちの多くが「ちょっとそれってどうよ」という行動だったりするわけですが、それを個性ととるか、マナー違反ととるかは、また感じ方で分かれるところなんでしょうね。

ちなみに私はマナー違反と認定いたします。

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「マティスとルオー展」で思う鑑賞における暗黙のルール

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汐留地区の激変に驚き

「マティスとルオー展」(パナソニック汐留ミュージアム)を見てきました。

まず、展覧会自体の感想の前に、何十年ぶりかで訪れた汐留地区の印象から。

汐留は学生時代に築地でアルバイトをしていたことから、よく訪れていた街です。

かつては高速道路の高架が空をさえぎり、唯一つ、近未来的な中銀カプセルタワービルのみが周囲の荒涼たる風景に異様にマッチしていたように記憶しています。

30年の時を経て、高層ビルの谷間を方向もおぼつかずうろつく私はまるで浦島太郎でした。

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本物に向き合う喜び

本題に入りましょう。

マティスとルオー展はパナソニック汐留ビル4Fで開催されていました。

この展覧会をぜひとも見たいと思ったのは、マティスは大好きな画家の一人であり、これまでに実物の絵を見たことがなかったため。

また、ルオーは比較的なじみの薄い画家でしたが、テレビで見た特集での印象が強く残っていたので。

展覧会の説明によると、マティスとルオーは深い親交があり、交わされた書簡にはお互いを尊敬し、励まし合う関係にあったということでした。

作品一つひとつについては、あまりに知識不足のため、詳細を何一つ語ることはできませんが、本物の作品に向き合うことで生ずる体内の、そして脳内の化学変化というべき刺激は、やはり特別なものだなと実感しました。

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10秒鑑賞の自己規制

平日とはいえ、来場者はそれなりにいて、2列3列と折り重なることはなくても、やはり、それぞれの作品のセンターポジションで鑑賞できるのは、10秒がぎりぎりのところだろうと、自己ルールを決め、その10秒で作品のすべてを感じ取ると意気込んで臨みました。

10秒で何が分かるのかという気はします。

もちろん、1分でも、いや10分でも見ていたい作品はいくつもありました。

でも、それを許さないのが、展覧会です。

もし、それをしたかったら、オークションなりで金を積んで個人所蔵するしかないでしょう。

個人所蔵できない以上、展覧会における暗黙のルールを守るべきだと思います。

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心の滋養になった展覧会

その意味で、近くで鑑賞していた人たちとは、同じ空間における作品の一時的共有者になると思います。

となると、いかに共有していくか、つまり空間をシェアし合えるかは重要です。

ただ、中にはそうした共有意識がなく、ズカズカと空間を乱していく人もいます。

そういう人に絡みかけた場合は、順路を飛ばして離れ、移動することもしばしあります。

せっかくの貴重な機会をかき乱すような人とは近くにいたくないものですからね。

展覧会そのものの感想は長くなってしまうので、また別途改めて触れることにしましょう。

体は疲れても、心にはとても滋養になった展覧会でした。

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