義兄弟のよそよそしさを確認できる妻の実家の新年会

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初の出稽古透析

きのうは初の出稽古透析だったが、極めてスムーズに終えることができた。

ただ、いつものようにパソコンが使えなかったため、かなり時間を持て余した感はあった。

パソコンを置くテーブルにテレビのディスプレイがどーんと据えられており、パソコンのスペースはゼロ。

この状況を確認した時点で、パソコン使用の可否を聞くことさえあきらめた。

郷に入っては郷に従え。

他流試合の鉄則でもあろう。

ともあれ無事にクリアできてよかった。

*

気まずい沈黙が支配する男席

透析を終えて、近くの妻の実家へ移動。

恒例の新年会で、妻の姉妹3世帯が集い、お姉さんが腕を振るってくださるおいしい食事を堪能できる。

ありがたいことだ。

妻の3姉妹とあって、当然ながら、男連中は血のつながらない義兄弟という立場上、やはりどうしてもよそよそしくならざるをえない。

私の妻は3姉妹の真ん中なのだが、年上ということもあり、妹の旦那と私が同じ年という事情もあり、余計ぎくしゃく感がぬぐえない。

仕方ないだろう。

上座を占める上の義兄の両脇を私、義弟と右大臣、左大臣のごとく並び、あとは女性たちが適当に座るのだが、男連中の口数の少なさ、寂しさに比べ、女性陣たちの賑やかさ、かまびすしさはまさに対照的。

男陣は話すべき話題が尽きると、黙々と箸と口を動かすほかない。

気まずい沈黙が3人を支配してやまない。

自分にとっては、毎年、かなりのレベルで修行の時間帯だと認識している。

*

沈黙をも霧消させる絶品料理

ただ、悪いことばかりでもない。

お義姉さんの料理の腕前は、絶品で、こういうのも申し訳ないが、妻とは雲泥の差。

それは妻自身も認めていて、料理で迷ったことがあると、すぐさまお義姉さんに電話で相談するところにも表れている。

ちなみに3世帯の子どもたちは上が男、うちと3番目が女という構成になっている。

昨年から3人の子どもとも社会人となり、しっかりと働いてくれていることが頼もしい。

一番上の男の子は、父親と同じ職業を目指して頑張ったのだが、残念ながらかなわず、同じ方向性ではあっても、違う職業に就いた。

下の女の子の2人は希望通りの就職を果たすことができ、毎日、充実した社会人生活を送っている模様。

よきかな、よきかな。

*

最もじじむさい自分の生き方

男親たちのうち、一番上は早期退職し、違う職業で70歳までの雇用が確保されているらしい。

一番下は、その世界では大変な出世を果たした人物で、やはり将来的な長期雇用も保証されていると聞く。

さて、自分はどうなのか。

きのうのブログにも書いた通り、あと5年後には、60歳定年でリタイアすることを目標としている。

二人に比べると、確実にじじむさい生き方ともいえるが、自分はそれでいいというか、それがいいと考えている。

その理由については既に何度も述べているので、繰り返さない。

仕事を続けた方が充実した人生を歩めると思う人はそうすべきだ。

辞めた方がいい人生を送れそうだと思えばそうすればいい。

*

父の背中を追い晴耕雨読の生活へ

ちなみに、私の父は60歳定年ですっきりと辞めた口。

隠居して以来、まさに晴耕雨読の日々を地でいく生き方を貫き、満足の人生を逝った人だった。

そうした父の生き様に対してあこがれを感じていたということも理由の一つかもしれない。

静かで無口な性格もそっくりとあれば、受け継いだそのDNAの命ずるままに、生きることは、自然の法則に則った生き様に違いない。

87歳で逝った父だが、果たして自分がそこまで生きられるかと思えば、正直自信がない。

大病をした、透析生活にもなった、とあれば、なかなか難しい。

いつまで生きられるかは別として、父のように、穏やかな老後を過ごしたいと思うことは変わらない。

あの世に逝った父と母は、どんな新年を迎えているのだろう。

お屠蘇でも交わしながら、私たち家族のことを見守ってくれているのだろうか。

父母とも下戸だったから、きっとたった一杯の屠蘇で、二人とも真っ赤になっているのだろう。

いつかは自分もあちらに逝く。

そうしたら、父母はどんな顔をして迎えてくれるのだろうか。

その時が楽しみではある。

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