10.肺炎で再入院 アーカイブ

肺炎で再入院

2007年4月12日(木)晴れ

闘病生活607日目。
臍帯血移植1年と139日目。
再入院1日目。

8時起床。

きのうの夜から下痢が続く。

起きた感じもだるく、食欲もゼロ。

コンソメスープを妻に作ってもらい、すする。
薬を飲んでまた休む。

眠っている間、咳が出続ける。前回の入院前に似ている。嫌な予感。

2時ごろまで眠っていたが、咳がひかない。
体も熱くなってきたので、体温を測ると38.1度。

妻がTa先生に電話。
来てくださいとのことで、車で病院へ。

採血、レントゲンと検査の結果、肺の影が再び広がっているのが確認された。
CRP定量も3台に。
またもや即入院となった。

今回はどれくらいの期間になるのか、まだわからない。
とにかくしっかり治さなければ。

一つひとつ、ヤマを越していかなければ、先へは進むことができない。

心不全が息苦しさの原因か

2007年4月13日(金)晴れ

闘病生活608日目。
臍帯血移植1年と140日目。
入院2日目。

7時起床。
さすがにいつものようには起きられず。
体温37.4度。

朝食。
牛乳とゼリーのみ。

また休む。

CTと心電図に呼ばれる。

また休む。

昼食。
デザートのいちごのみ。
全く食欲がない。

職場へ再入院のことを報告。

ようやく熱が下がる。36.9度。

14時、M先生。
肺炎は像はあるものの、前回よりは小さい。今回の一番の原因は心不全によるものと考えられる。
腎臓の働きが落ちる→水分が捨てられないので、心臓に負担がかかる→心臓の周り、肺、手足にむくみが生じる。
ということで、今回の息苦しさは、心臓の働きが落ちていることからくるものだという。それは意外だった。むくみは気をつけなければならないものだとは思っていたが、そのような根幹のメカニズムまで左右するものだとは。
利尿剤を使うかどうか含めて相談をしているところだという。きょうあすに使うということはないということだが。
まずは肺炎を治し、むくみの元となっている腎臓をどうしていくか。ネオーラルをすぐに減らすというわけにもいかないので、そこは慎重に構えていきたい。

15時半。
F先生。
CTを見ました。今回の肺炎は前回とは全く違った場所にできている。
GVHDによる可能性もあるので、気管支鏡検査をすることになるかもしれません。する場合は、来週の木曜ないし金曜となります。

夕食。
体調が戻ってきたおかげで、久しぶりに食べることができた。

むくみのせいか、体調…悪

2007年4月14日(土)晴れ

闘病生活609日目。
臍帯血移植1年と141日目。
入院3日目。

きのうの晩、かなり咳き込む。

7時起床。
きょうもきのうに続いて体が重くだるい。

朝食。
牛乳とパン1個。

S先生。
ベッドの頭の方を少しあげると、心臓への負担を和らげられると思います。
むくみのことを考えると水分を摂りすぎることはよくないですかと質問。
必要な水分は1.5リットルくらい。普通にとってもらえればいいです。2~3リットルとなると摂りすぎです。機能が落ちているとはいえ腎臓は働いてくれているので、制限するまではありません。

微熱がある。
お昼まで休むことにしよう。

午後、少し体が楽になったのでPCに向かう。
前回の入院時に比べると明らかに体調がよくないので、今回は当面、面会は控えさせてもらおうと思っている。
それから、入院お知らせメールも、先日、退院報告メールを送ったばかりなので、送るのをやめておくことにする。
ということで、友人の皆さん、しばらくメールのやりとりはできないかもしれませんが、どうかご安心ください。
状況は体調のいい時にブログにて報告してまいります。

前回の入院で気になったむくみが全身に出てきている。
手の甲もむくみで腫れぼったくなっていて、手でこぶしを握れない。
食欲がないにもかかわらず体重も標準よりも5kgも増えている。
これが心臓に負担をもたらし、息苦しさをもたらしているのだという。
できれば利尿剤は使いたくない。
先生方はどのような判断を下すのだろうか。

むくみは昨年の6、7月ごろから目立つようになった。3月の退院から3か月経ち、いよいよ体力回復のリハビリを開始しようとした矢先だった。
今回もそうだ。肺炎もほぼ治り、いよいよ社会復帰へ向けたリハビリに取り組もうとしたところに、またむくみが目立ってきた。

なぜだろう。

なぜ、さて、いよいよ、というところで、むくみが立ちはだかるのか。

わからない。

わからないが、今は対処していくしかない。むくみが心不全を引き起こしているというのだから。言うまでもなく心臓は怖い。一発だからだ。

ここを乗り越えない限り、社会復帰への道は開けない。

なんとか乗り切りたい。

フリーセル、久々に。
#26915
勝利。

このように病気にも勝利したいものだ。

ジャッキー・ロビンソン・デー&有岡大貴君バースデー

2007年4月15日(日)晴れ

闘病生活610日目。
臍帯血移植1年と142日目。
入院4日目。

きのうの晩、トイレに起きた時、異常な息苦しさを感じた。
酸素吸入はまだ手放せない。

7時起床。

きょうは検査、面会等とも予定がない日。

きょう4月15日はジャッキー・ロビンソン・デーであり、娘が大好きな有岡大貴君のバースデー。

午前中はどうしても体がだるいので、ゆっくり休むことにしよう。

37.4度。微熱あり。
10時半、パンスポリン点滴。

点滴がきょうで4日目なので、差し替えのため、終了後、点滴の針を抜いてもらう。シャワーを浴びるチャンスだが、37.1度の微熱。微妙なところだ。

昼食。
相変わらず食欲が出ず。
仕方ないので、なめこ汁をご飯にかけて流し込む。

14時、新しいノートPC自宅に到着。優秀なSE(娘)がセットアップ、無線LANの接続までやってくれた。さすが任せて安心だ。

15時、体調もよくなり、熱も平熱に下がったので、シャワーを浴びる。ここ数日、体調が悪かったので、今回の入院で初。気持ちよかった。

お隣のNさん、外泊から戻られる。予想外ですと、びっくりされていた。

利尿剤(ラシックス)を服用

2007年4月16日(月)雨

闘病生活611日目。
臍帯血移植1年と143日目。
入院5日目。

きのうの晩、トイレに起きた時、異常な息苦しさを感じた。

7時起床。

S先生、採血。

9時半、S先生、動脈の採血。血液内の酸素の率を詳しく調べるとのこと。脚の付け根から。注射器が直角に立っているのには少々驚いた。動脈の場合、そのようにして採るんです、と微笑みながら先生。

昼担当、Oさん、新人のWさん。
新卒とのことで、本当に初々しい。すべてのアクションでOさんにアイコンタクトを求めながら作業するところがいい。
どうか一人前を目指して頑張っていってほしいものだ。

酸素の供給が3リットルから1リットルに減る。酸素の吸収はいい状態にあるということのようだ。

15時、レントゲンと心エコー。
心エコーの先生はいつものように物静かだった。しかし前回の先生とは違う人のようだ。それでも心エコーの先生の物静かさは変わらない。
心臓の周りの水分は変わらずたまっていますと静かに一言。

16時、F先生。
レントゲン見ました。入院時より胸水が増えています。両方に溜まっているので、肺炎によるものではなく、腎臓の機能低下によるものと思われます。肺炎はCRP定量も落ち着いてきていることから考えて、よくなりつつあるので、息苦しさはやはり心臓への負担、心不全から来るものと思われます。
従いまして、利尿剤(ラシックス)を飲んでいただくことになりました。腎臓に負担がややかかってきて、クレアチニンが一時的に上がると思われますが、そこは排尿などの状況などを詳しく見ていきながら、調整していきますので安心してください。
それから、やや飲水の量を減らしていただきます。できるだけ1リットル以内でお願いします。

これまで必死で飲んできた水の量を制限されるのは初めて。これで事態が改善されてくれればいいのだが。

続いてS先生。
心エコーの検査で心臓は問題ないということでした。心臓自体の問題ではなく、そこに負担をかけている周囲の問題であると。

やはり、腎臓が元凶ですか、と私。

腎臓の機能が落ちていることが今回のむくみや息苦しさの原因になっていることは確かです。そこで今回、利尿剤で胸水や心臓の周囲にたまった水分を排出して負担を軽くすることが最優先課題かと考えます。
腎臓が悪くなることで、透析をしなければならないといったことがありますが、透析が必要になる患者さんはクレアチニンが6~8といったレベルの数値です。
当面、治療方針としては、肺炎に対しては抗生剤点滴で改善を期待し、むくみに関しては利尿剤で様子を見ます。
今回の一連の問題が移植関連のGVHDによるものであるかどうかについて精査していくのは来週まで延期ということで、じっくりと進めさせていただくことにします。

わかりました。むくみに関しては、1年間の自宅療養での最大の悩みのタネでしたので、そこの原因を追究していただけることは、本当にありがたいです。どうかよろしくお願いします。
 
 
 

再入院をブログで知った多くの友人から、応援、激励メールをいただく。本当にありがたい。感謝、感謝である。


皆さんへ。

今回は申し訳ありません、お一人おひとりにメールの返信ができませんが、ブログに綴ったように、目下の課題を乗り越えようと必死に闘っています。

どうか安心して見守ってやっていただきたいと思います。

元気になって退院し、社会復帰を果たすことが何よりの皆さんへの最大のご恩返しだと思います。

焦りは禁物と自らに言い聞かせつつ、気力を充実させ、病に負けない精神力で乗り切っていく決意です。

きょうから新たな誓いをもって、前進していきたい。
夕食後、ラシックス(利尿剤)を服用。これを大きな改善へのきっかけにと、祈りを込めて薬を飲んだ。

続・若者の看護師さんは愉快だ

2007年4月17日(火)雨

闘病生活612日目。
臍帯血移植1年と144日目。
入院6日目。

きのう、夜9時半に眠りばなから、気分が悪くなる。
我慢して眠っていたが、0時半ごろ、トイレで吐く。若干血も混じっていた。
ナースコールで看護師さんを呼ぶ。
続いて当直の先生も来てくださり、触診。
一度吐いて収まっているようなので、様子を見ましょう。もしまた吐きたくなったらすぐ呼んでください。

この後、眠りについた後は、咳が止まらない。ゲホゲホ、ゲホゲホ、ゲホゲホと断続的に出て眠れず。

7時起床。

お隣のNさんに昨晩、嘔吐でお騒がせし、咳で安眠を妨害したことを謝る。

全然、気にすることないですよ、咳は我慢できないことはよくわかります。ここは病院なんですから、遠慮してはいけません。私も肺に病をもっているんですから、いつそうなるかわかりません。お互い様です。夜じゃなくても、いつでも眠っていられるんですしね(笑)。

ありがたい言葉をかけていただく。申し訳ないと思うととともに感謝、感謝である。

ところで、きのうの嘔吐は何だったのか。食あたりの可能性はない。ならばラシックス(利尿剤)? そういえばS先生、利尿剤は、体にぐったりきますと話していた。

ただ、利尿剤の効果はてきめんで、昨晩の3回の排尿はいずれも大量(400ml)のものだった。一晩で1200mlの水分が排出されたことになる。これで全身の余分な水分が抜けてくれればいいのだが。
朝食。
食欲なく、バナナ1本と牛乳半分。

きょうの担当看護師、新人のWさん。
私とWさんのお父さんの年が同じだそうだ。Wさんは22歳。4人キョウダイの一番上。自分もそういう年になったんだな、とつくづく実感。
お子さんは?と聞かれたので、中3の娘がいて、極めて良好な関係ですよ、と自慢しておいた。Wさんは中3のころ、激しい反抗期があったらしい。(ウチにはそれはないぞ。これまでもこれからも)

そのWさん、点滴の状態を見るためにしゃがんだところ、突然、アッと言って尻餅をついてしまった。「パンツが“パッツンパッツン”なので、どうしてもこうなってしまうんです」と苦笑い。身長が高い(170センチ強?)ので、合うサイズの制服がないらしい。加えて、「男性の前で何ですが……」と、少々ここに書くにははばかられる内容の話もさらりと言ってのけていた。これにはお目付け役の先輩看護師Oさんもやや呆れ顔だった。やはり若い看護師さんは面白い、楽しませてくれる。本人の自覚は全くないだろうが、一服の清涼飲料水のよう。若いってやっぱりいいな、改めて思う。いいぞ若者、その調子で頑張ってくれたまえ!

37.1度。
酸素濃度92%。

酸素の取り込みはまだ十分ではないようだ。

点滴を入れている間の1時間、ゆっくり休むことにしよう。

昼食。
やはり食欲がない。
体全体がだるく、起きているのがつらい。

17時。
ゆっくり眠っていたおかげで体はだいぶ楽になる。きつい時はやはり眠るに限る。

S先生。
きのうの排尿は計1800mlありました。このペースでいけば、摂取より排出が上回るので、胸水等が減っていく効果を期待できます。
肺の状態も少しずつよくなっていると思うので、その辺り、木曜日のレントゲンで確認しましょう。
酸素も明日には外していいのではないかと思っています。取り込みもだいぶよくなってきました。

事実、体もやや楽になり、咳の回数も減ってきている気がする。これが利尿剤の効果と期待したい。

夜の薬で、誤ってラシックスを飲んでしまった。
ラシックスは朝のみ1回と決められているのだが、きのうの晩に飲んだことが記憶にあり、何気なく飲んでしまったのだ。
看護師さんより、きょうはいつもより多めの水を摂るようにしてください。そうしないと脱水症状になってしまいます。
夜のトイレが大変そう~と、哀れみも。

何を、夜中のトイレくらいで負けてなるものか。

こんなことを思えるのも、気力が回復してきた証拠と思いました。

体重、一気に7キロ減

2007年4月18日(水)晴れ

闘病生活613日目。
臍帯血移植1年と145日目。
入院7日目。

6時起床。

きのうの晩、2回排尿。いずれも500ml台。

さっそく朝一番で体重を測ってみる。

59.3kg。

ほぼ標準体重に戻った。

入院する前の4月10日は66.1kg。いかに体に水分がたまっていたかが分かる。きのうの晩は咳もほとんど出なかった。今回の咳、息苦しさは、肺炎に基づくよりも、腎臓→浮腫→心臓の流れによるものということがほぼ確定したようだ。

先生方の見解を聞くまでは油断はできないが、一安心というところ。
心なしか体も軽く感じる。

S先生。
きのう排尿3000mlありました。ラシックスを多く飲んだ影響もあるでしょう。これでだいぶ体内の水分も減ってきたのではと思います。

体重が7キロも減りました、と私。

先生、こけるポーズで「7キロ!?、お~」。(先生は29歳)

先生、背中を触診し、「胸水のラインも下がってきているようですね。あしたのレントゲンではっきり分かると思います」。

朝食。
パン1枚、サラダほぼ完食。
これまで手をつけられなかったサラダがほぼ食べられたことは大きい。改善のいい兆しだと思う。

11時半。
教授回診。F先生、S先生、O先生ほか多数。

普段からよく水分を摂っていたかどうかについて質問される。

先生から腎機能を守るために多めの水分を摂るように言われていましたのでと回答。

夜中、定期的にトイレに行くということはありますか。

はい、2~3時間おきに必ず。習慣となってしまっているようです。

利尿剤で体調が改善されたという感じはありますか。

はい、とても楽になりました。

ただ、水分については結局、どれくらいとればいいのか迷いが生じている。F先生の言う通り1リットル以内を守っていればいいのか。でも、かなりの勢いで尿が排出されているので、ちょっと脱水気味のような気もするし……。
そうだ、以前のように、水分摂取量をきっちりとメモしていくことにしよう。

酸素吸入は今晩からストップされた。

Tk先生の微笑みに励まされる

2007年4月19日(木)曇り

闘病生活614日目。
臍帯血移植1年と146日目。
入院8日目。

7時起床。

外は寒いようだ。27度に保たれた病室内は外の気温の変化を感じることはほとんどない。
一日に一度、お掃除のおばさんが窓を半開きにした時のみだ。
外界から遮断された、守られた環境にいるのだということを感じる。

血圧120台。
平熱。
酸素92%。

酸素濃度が低いのはきのう、酸素をやめて眠ったからだろうか。でも特に息苦しさを感じることはない。

7時半。
朝食。
レーズンパン2個、きゅうりとかまぼこのサラダ、バナナ。
ほぼ完食。
食欲にもよるが、自分が食べられるものが出るかどうかが大きく左右するようだ。

8時。
S先生、採血。

いつも早くて、大変ですね、と私。

いえ、本当はもっと早く来たいところなんですが……今、子どもがいまして、出遅れました。

あれ、単身赴任では?

今、妻と子どもがちょうど来ているんです。

先生、針を刺すが失敗。刺し直す。
S先生に限らず、どんなベテラン医師でも1回で済むことはまれだ。それだけ血管が細く、皮膚の下に埋まった状態なのだろう。針で刺されることはもう慣れっこなので、苦痛は何ら感じることはない。

病気をする前は、腕にくっきり浮き出た血管で、健診の時も、採りやすいといつも誉められていたものだった。やはり移植によってさまざまな体の変化を来たしているようだ。

昼の担当、Kさん。
ため口、ざっくばらんな物言いが特徴。当初は他の看護師さんとあまりのノリの違いに面食らったが、彼女のキャラクターと認めることができれば、なかなか心地よい。つまりは慣れてきたということか。

10時、レントゲン。

F先生。
レントゲン見ました。胸水は減ってきてはいますが、まだ両方の胸にたまった状態です。今後も水分摂取制限と利尿剤で様子をみましょう。
両方の肺の上の方に淡い肺炎の影があります。これは移植関連のGVHDの可能性があるので、来週に気管支鏡検査を行いましょう。

14時、市議選の不在者投票。
今回は病棟で私だけとのこと。病院に手間をかけてはいけないと皆さん遠慮しているのだろうか。
意中の候補者名を書いて封筒に。もう一重の封筒に入れ、師長が立会人のサイン。
これを地元選管に送っていただくことになる。

夜、Tk先生に顔を出していただく。
なかなか来れなくてすみませんでした、といつもの優しい表情を浮かべながら。

うれしかった。

おととしから去年にかけて、移植治療で、それこそ、とことんお世話になった先生。
命の臍帯血を私の血液内に静かに挿入していただいた。
朝早くから夜遅くまでいつもそばにいて、安心感をもたらしてくれた。
宿直明けにもかかわらず、急と聞き、自宅からすぐに駆けつけ、対応をしていただいたこともあった。

この先生のおかげで、私は今、こうしていられる。
本当にありがとうございます。

再入院から現在に至るまでの状況など話すべきことはたくさんあったが、Tk先生の微笑みを見ていたら、どうでもよく感じた。

さて、もうひとふんばりだと、元気を出させていただいた。

生涯忘れられない日

2007年4月20日(金)晴れ

闘病生活615日目。
臍帯血移植1年と147日目。
入院9日目。

6時起床。

朝一の採尿を忘れてしまった。食後にがんばろう。

きのうの晩のトイレはゼロ。これは1年ぶりの快挙だ。飲水制限のおかげだろう。
体重58.75kg。安定している。
このまま胸水も減っていってほしい。

朝食。
パン1枚。サラダ少々。
いまひとつ食欲がわかないのはなぜか。
今回は外食が禁止されているのがきつい。
黙って行ってしまうか(冗談です)。

掃除のおじさんに、健康の秘訣の料理についていろいろと教えていただく。昔、服部氏のおじいさんについてコックをされていたそうだ。40年間、病気をしたこともないという。その腕は丸太のように太かった。65歳。
医食同源というが、その通りだと思う。
退院したら、料理について勉強してみたいと思った。

きのうの晩から、抗生剤が増える。ダラシンという、名前からはあまり効き目がなさそうな薬。
おかげで点滴が昼夜2時間かかるようになった。
この薬で肺の影が消えてくれることを期待したい。
 

点滴の針の交換時期となったので、看護師のOさんと新人のWさんが針を抜きに。
空気を読むと、どうやらWさん、この作業が初めてらしい。
そのことを察した私にWさん、「怖いですか」とズバリ。
「いいえ、大船に乗った気持ちですよ」と私。
さてと、作業に取り掛かるため、Wさんしゃがむと、またアッと言って尻餅をついてしまった。まだ窮屈なズボンのままらしい。
体制と気を整え直して針の周りのテープをはがしにかかる。逆毛ではがすので正直痛い。
でも肝心の針抜きは意外とスムーズだった。
止血用の絆創膏をして終了。
Wさん、「きょうのことは生涯忘れません」とお芝居風に。
私も負けじと「その気持ちを決して忘れてはいけませんよ」と感慨込めて応じた。

やはり若者の看護師さんは愉快だ。

S先生、点滴の針を刺しに来てくださる。

今はやっている、はしかについて質問。

きのうセミナーに行ってきましたが、確かに流行っているようです。ただ、Fさんの場合どうするかについては血液内科の先生方の見解もあろうかと思いますので、即答は難しいですね。

移植から約2年間は予防接種等は受けられないということをうかがっています。

ワクチンは小さな感染症を起こすようなものですので、移植直後ですとその感染症に耐え切れない恐れがあるからでしょう。

なるほど、いずれにしても私のような状態で、はしかにかかったら、重度な肺炎などになってしまうことは確かなんでしょうか。

そうです。

退院して、これから職場復帰などのことを考えるとどうしてもこうした問題に悩むことになってしまいます。

具体的な対策は血液の先生方と相談したいと思いますが、そうした外向きの気持ちが出てきているということは、よくなっている証拠ですよ。いい傾向です。

S先生、さきほどのワクチン等の質問の件で調べていただき、わざわざ知らせに来てくれた。

やはり2年間はワクチンを接種できないという決まりがあるようです。それから免疫抑制剤を服用している間もだめだと。

なるほど、やはり2年目までが肝心ということですね。それまでの職場復帰へのシナリオも自分なりに組み立ててはいるのですが。

具体的な目標が掲げられているのであれば素晴らしいことだと思います。それを実現されるように応援させていただきます。

S先生、患者のちょっとした疑問や質問に誠実に応えていこうとする姿勢が素晴らしい。
J医大を出られ、青森で地域医療に携わってきた経験と自負が患者本位という信念を築き上げたのではないかと思う。
もちろん人柄にも負うものがあるだろうが、若いにもかかわらずよくできたお医者さんと深く感心する。

つくづく思う。

T病院のお医者さん方は、本当に素晴らしい。
理想的といって決して言いすぎではないだろう。
いや、究極の理想と言っても言いすぎではないかもしれない。

右肩が張って痛くて仕方がないので、看護師さんにお願いしてシップをいただく。
TVがベッドの左側になるので、見ようと左を向くとどうしても右肩に負担がかかってしまう。
常にTVに向かって見ていればいいのだろうが、ふだんはPCに向かっていて、必要に応じてTVの方に向くので、どうしても右肩ばかりが痛くなる。

さっそく看護師さんに貼っていただく。カトレップというシップ剤。すうっとして、気持ちがいい。市販のものより、病院で出してもらうものは効きそうな気がするのは気のせいだろうか。

自宅ではめったに肩など凝らないのに、不思議なものだ。

狡猾感はありませんか

2007年4月21日(土)晴れ

闘病生活616日目。
臍帯血移植1年と148日目。
入院10日目。

6時30起床。

体重58.85kg。
だいぶむくみもひいてきているせいか、体重は安定している。
飲水制限、利尿剤の効果だろう。

息苦しさもほぼなくなり、咳もほとんど出なくなったので、きょうから少しずつ歩く距離を増やしていこうかと思う。
外出は残念ながら禁止されているので、当面、棟内の散歩に限定されてしまうが、まずは2000歩から始めるとしよう。
来週の内視鏡検査の予定もあり、退院のメドはまだ立っていないが、肺炎の改善とともに並行して少しずつ体力回復にも努めていきたい。

10時から点滴が2本続けて入るので、スムーズに終わらせるためと横になる。すると完全に眠ってしまってお昼。途中、点滴の交換もほとんど覚えていないほどぐっすり眠っていた。
頭がぼうっとする。

これが先生方がよく言う“抗活感”というものか。

当初、「コウカツカン」がありますか? と聞かれて、「コウカツカンとは何ですか?」と聞きそびれ、「狡猾漢?」などと思っていたが、いろいろ漢字を当てはめてみて、抗活感、つまりだるくはありませんか、ということだと納得した。

その意味では、きょうは典型的な抗活感の日だ。

ただ、この漢字で本当に合っているのか、S先生に聞いてみよう。

やはり腎臓は重要だ

2007年4月22日(日)晴れ

闘病生活617日目。
臍帯血移植1年と149日目。
入院11日目。

5時00起床。

朝、早く目が覚める。

BS-hiの「ピアノぴあ」という番組でシューベルトシリーズを続けて見る。やはりすごい作曲家だったのだと改めて実感。退院したら、じっくりと耳を傾けることにしよう。

担当、Nさん。
この4月からの看護師さんなので、どこから来られたのか聞いてみた。

TJ医大です。

ほう、名門から来られましたね。

腎内科にいました。

私は移植を通して今回もですが、腎臓の機能低下が常にネックとなっています。腎臓は一度悪くなると元に戻らないといいますね。

ええ、そういわれています。ですから、悪くならないように保つことが大事です。

わかりました。現状を保っていけるようにしていきたいと思います。

S先生。
日曜にもかかわらず、様子を見に来ていただいてありがたい。

何か質問は、ということなので、気になっていた野菜ジュースについて質問してみた。

生であるということがクリアできていれば、特に問題はないと思います。

飲みすぎてカリウムの摂り過ぎ等はありませんか。

注射等で血管に入れていくのとは違い、口から入るもので、カリウムの値が高くなり過ぎることはまずないでしょう。

では、普通に飲んでいく分には、特に問題ないわけですね。

はいそうです。

パリで自転車に乗る夢を見た

2007年4月23日(月)雨

闘病生活618日目。
臍帯血移植1年と150日目。
入院12日目。

6時20分起床。

体重58.8kg。
安定している。
きのうの晩もトイレはゼロ。
夜中にトイレに起きなくていいのは、本当に楽だ。

おかげで長編の夢をたっぷり見ることができた。
パリに来ているという想定なのだが、なぜか街並みは見覚えのある徳島。
「パリって、こんな感じなんだ」と納得してしまうところも夢らしい。
財布をホテルに置いたまま買い物に出て困ったり、自転車で迷子になったりとやはり夢のストーリーは破天荒だ。
それでも久々に乗った自転車は気持ちよかった。

きょうの検査予定。
・採血
・レントゲン
・胸部CT(14:00~)

昼食。
キーマカレーにナンという珍しいメニュー。
カレーの味は悪くないのだが、私の口には辛すぎた。
ここのところ、口の荒れが激しく、辛いものやしょっぱいものは厳しい。
せっかくの食欲をそそるメニューだっただけに残念だった。

15時。
F先生、S先生、CTとレントゲンの所見を説明に来てくださる。

胸水はだいぶ引きました。また、肺の両側の上部に前回見られた影はきれいになくなっていました。ですから、木曜の内視鏡は中止にします。

今回新たに入れた抗生剤が効いているとも考えられるので、現状の治療(2種類の抗生剤投与)をあと2週間続けたいと思います。

もし、それで完全に肺炎の影が消えればいいのですが、また新たな影が出てくるようなことがあれば、急きょ内視鏡を行うことになると思います。

それから、外出はOKとします。出たい時に行ってください。許可を出しますので。

クレアチニンは1.6で横ばいでした。

いい状態であり、いい方向に向かっている。しかし、いい状態であることで有頂天になってはいけない。前回のようなことを繰り返してはならないので、とにかく気づいたことはどんなに細かいことでも看護師さんや先生方に訴えていくことを自分に言い聞かせる。
今回は外出もしないつもりだ。リハビリなども特に考えずに、徹底的に病原を撲滅することに専念しようと思う。
何度も同じ過ちを繰り返すわけにはいかないのだから。

改めて気合を入れ直した。

母にTEL。
調子がいいので、声を聞かせた方がいいのではと思って。
喜んでいた。
29日に面会に来てくれるそうだ。

精神の大国・インドへ再び

2007年4月24日(火)晴れ

闘病生活619日目。
臍帯血移植1年と151日目。
入院13日目。

6時10起床。

体重58.75kg。
安定している。

朝一のトイレ→イソジンうがい→体重測定→フォサマック服用というパターンが確立されてきている。

S先生。
排尿は一日平均すると1800mlはありますので、収支のバランスとしてはちょうどいいと思います。
利尿剤はもうしばらく続けて、胸水を完全になくすようにしましょう。

きのうネットで検索をしていたら、車椅子で1年間、インドを中心としたアジア旅行をした方の紀行本が紹介されていた。すごいことだと思った。
私は学生時代にインドへ2回訪れているが、それなりに波乱に満ち、厳しい旅だったと記憶している。ましてやバリアフリーという社会にはほど遠い向きのあるインド旅行は、過酷を極めたに違いない。

私は常々、インドへもう一度行きたいと思っていたが、身体的ハンディを抱えながら、果敢にインド旅行に挑戦した人がいることを知り、自分もいつかインドへ、という思いが高まった。
免疫力に問題を抱える自分にとってもインドは厳しい土地に違いない。下手をすれば命取りになる危険な旅行だ。しかし、そこをクリアできるほどの回復を目指す意味では恰好の目標といえるかもしれない。

そういえば、学生時代のインド旅行は、何も記録を残していない。あれだけ自分にインパクトを与えたのであるから、何も残さないのはいかにももったいない。
20年ぶりに記憶を掘り起こし、旅の思い出をブログに綴ってみようか。

妻来て、S先生にいろいろ質問。
血圧は利尿剤(ラシックス)によって下がっていると考えられる。

胸水、左右にまだ4~500mlずつある。
ゆ着してはおらず、さらっとした感じなので、次第に減っていくでしょう。

はしかなど、退院後の感染症対策についても質問。
結論としては、完全無菌の状態にするのは不可能なので、Fさん自身の免疫力をアップしていくことが肝心でしょう。

最後に懸案だった、「コウカツカン」について聞いてみた。すると、正解は「口渇感」。
なるほど、言われてみれば、納得。
狡猾感でも抗活感でもなかった……。一つ勉強になった。

久々にOさんにラウンジで会う。珍しく一人で食べられていた。私のいない間に、微妙なコミュニティのバランスが崩れてしまい、ここのところ部屋で食事をされていたのだという。
相性が合う合わないは、だれにでも、どこにでもある。そうした人を受け流していけるようになることも、一つの免疫力なのかもしれない。
でも、Oさん自体はとっても元気そうで何よりだった。あさって退院しますと笑顔で話していた。

美しい、あまりに美しい

2007年4月25日(水)雨

闘病生活620日目。
臍帯血移植1年と152日目。
入院14日目。

6時10起床。

体重58.90kg。
安定している。

きょうは一日雨らしい。しとしとと、いい感じだ。

11時半、回診。
きょうは院長だった。
いつものように黄金の聴診器がまぶしい。
入念な触診の後、もう少しですねと声をかけていただいた。

点滴を終え、午後、7FのAさんに面会へ。

7Fは無菌病棟なので、自由な出入りは禁止。必ず看護師さんに声をかけ、出入りの許可を得なければならない。
知り合いの看護師さんが出てきてくれればと願いながら、「ピンポン」。
「はい」と顔を出した看護師さんは美しくはあったが、残念ながら面識のない方であった。
「Aさんにお会いしたいんですが」
「お待ちください」
やや間を置いて、師長さんが顔を出されて、「Aさん、今、検査中なんです」と。
「わかりました」と去り際に、「師長さん、1年半も前になりますが、4Fでお世話になっていましたFです」とあいさつ。
「あ、あのFさん、お顔が……わかりませんでした」
「そうなんです、ステロイドで顔が丸くなってまして、風貌が変わってしまいました」
「でも、お元気そうでよかったです」
「ありがとうございます。では、また出直します。Aさんによろしくお伝えください」
Aさんには会えなかったが、移植前の1か月、お世話になったK師長にお会いできたのは予想外のうれしい出来事だった。

病室へ帰りがけ、芝、六本木方面が見渡せる廊下の窓から外を眺める。
東京タワー、六本木ヒルズが雨に煙ってたたずんでいる。
そして手前のS学園の校庭には目にまぶしいほどの鮮やかな緑。
そういえば、移植時の入院(10月~3月)では見たことのなかった風景だ。
美しい、あまりにも美しい……感動のあまり、しばし立ち尽くしていた。

新人看護師のWさん、明日の検査予定を持ってきてくれる。
談たまたまMRIの話になり、Wさん、経験があるらしいのだが、あの激しい騒音の中で爆睡をしたのだという。
アンビリーバボーである。
経験のある方なら分かるだろうが、MRIはマシンガンで撃たれるような爆音が耳元で30分近く続く、かなり忍耐を要する検査。
あの状況で爆睡とは、大変な神経の持ち主だ。

Wさんの美しい名前の読み方が分からなかったので聞いてみた。ポエティックでとても素敵な名前には「文学的な才能を発揮できる子に」との両親の願いがこめられているらしい。
「親の意に反して、思い切り漫画の世界に走りました」と楽しそうに笑う。

そういうものだろう。
親の思う通りにならないからいいのだし、予想外の才能の開花もあるのだから。

インドはいいんどぉ

2007年4月26日(木)晴れ

闘病生活621日目。
臍帯血移植1年と153日目。
入院15日目。

6時20起床。

きょうは天気がいい。6日ぶりの晴れだそうだ。

体重58.90kg。
安定している。

先週から、パンスポリンとダラシンの2種類の抗生剤を点滴で入れていて、ここのところ咳も出ず、息苦しさも感じないのは、これからの薬がしっかり効いてくれているからと思いたい。
急変がなければ、この治療がGW明けまで続けられる予定だ。

ただ、私の場合、点滴がなかなかスムーズに落ちていってくれず、“ベストポジション”といわれる腕の定位置(まっすぐに伸ばし、こぶしを上向き)にしておかなければ、ピタリと点滴が止まってしまう。
午前10時からと午後7時半からの2回、1本1時間かかるので計4時間。パソコンなど何もできずに、ひたすら腕をあおむけにしているのはなかなか厳しい。
CV(中心静脈カテーテル)を入れている時はこんなことはなかった。
あと2週間、辛抱辛抱である。

きのうから日常ブログでインド紀行を開始。25年も前の旅行記だが、これまで一度もきちんとした形でまとめたことがなかったので、自分としても楽しみだ。
これまでもインドが自分に与えてきた影響は少なからずあったと思うが、病気になった今、改めてインドを思い起こし、考え直す最高の機会なのかもしれない。

インドはいいんどぉ。

S先生、採血ならびに点滴交換。
きょうも2度失敗。そういうこともある。
あくまでS先生の名誉のために弁護しておこう。私の血管が極めてとりにくいということを。
ただ、悪いことは重なるもので、抜いた方から出血。シーツとパジャマが赤く染まった。
きょうは、ちょっと厄日か。
外出は控えておこう。

グッドタイミングで、シーツ交換。

4Fはすぐ終わるからいい。

バイトのT君からメール。インド紀行を楽しみにしているとのこと。社交辞令でもそう言ってもらえるとうれしいぞ。
よし、これで弾みがついた。

それから、ヤマちゃん(ノバトモ、right?……ウソです)からもメール。土曜日に会いにきたいと。ありがたいことだ。

Oさん、Wさんの名コンビで点滴を外しに来てくれた。
今回は結婚がテーマ。詳細は略すが、二人が来ると本当に場が盛り上がる(ちなみに今はお隣はいらっしゃらないので、迷惑はかけておりません)。面白いな、人間のキャラクターって。

15時、シャワー。
服を脱ごうと、万歩計を外すとなんと歩数は「777」。
朝の厄日の兆候はこれで吹っ飛んだ。
でも知らせだけじゃだめなんだな、これが。

さっそく、吉報が……。
お願いしていた散髪の件。
明日、してもらえることになった。
しかも今回は、旧棟の床屋さんでできるということだ。
とてもいい雰囲気をもっていることは以前から聞いていたので楽しみだ。
15時から。よしよしと。

S先生、きょうの採血とレントゲンの結果を知らせに来ていただく。

■CRP定量:0.18(0.25以下で陰性)=炎症反応。

肺炎は影が若干残るものの、ほぼ収束したと言っていいでしょう。後は胸水ですが、これはゆ着して残るようなものではなく、時間はかかるが消えていくと考えられます。

■クレアチニン:1.5(標準は0.6~1.1)=腎機能の指標となる数値。

前回より0.1ダウン。まだ高止まりはしているものの、ぎりぎりの線で踏み止まっているというところ。利尿剤を毎日飲み続けている割には、腎臓はかなり頑張ってくれていると思っていいだろう(これは私の感想)。

■IgG:332(標準は870~1700)=感染症のかかりやすさの指標となる数値。

500以下は、感染症にかかりやす状態といえます。これを上げるために、5月1、2日に免疫グロブリンの点滴をするかどうか検討しています。もし、効果が認められれば、退院後の外来で点滴をしていただくことになるかもしれません。

心を入れ替えて治療に専念

2007年4月27日(金)晴れ

闘病生活622日目。
臍帯血移植1年と154日目。
入院16日目。

6時40起床。

きょうも天気がいい。

体重58.65kg。
安定している。

病棟の患者さんはかなり少なくなっているようだ。やはりGW中はだれも入院していたくないものだろうから。

きょうから心を入れ替えて治療に専念しようと決意する。

元気な私を取り戻します

2007年5月1日(火)雨

闘病生活626日目。
臍帯血移植1年と158日目。
入院20目。

ここ数日間、体調を崩していた。

しかし、なんとか立ち直ることができた。
課題は残されてはいるが、いつかは必ず開ける時が来ると確信している。

その時まで、何としても病気を治したい。元気になりたい。
 
 
 
先日来、面会に来ていただいた皆さんにこの場で改めて感謝を申し上げたい。

お忙しいところ、わざわざ足を運んでいただきありがとうございました。一進一退ではありますが、皆さんの真心からの祈りのおかげで、着実にいい方向に向かっています。
歩みは遅いですが、必ずや、かつてのような元気な私を取り戻しますので、どうか長い目で見守ってやっていただきたいと思います。
本当にありがとうございました。

きょうの採血結果

2007年5月1日(火)雨

闘病生活626日目。
臍帯血移植1年と158日目。
入院20目。

きょうの採血結果。

血液関係
白血球:7,340(標準5,000~8,000)
赤血球:320(標準444~560)Low
ヘモグロビン:10.2(標準14~18)Low
血小板:220,000(標準130,000~320,000)

腎臓関係
クレアチニン:1.5(標準0.6~1.1)High
β2ミクログロブリン:4.182(標準0.50~2.00)High
24時間クレアランス:29.93(標準70~130)Low

CRP定量:0.14(標準0.00~0.25)

S先生、きょうのレントゲン、採血の結果を。
肺の写真で、胸水はほとんど見えないほどに減りました。あともう少しです。

腎臓関連は、数字だけで見るとかなり厳しく感じますが、まずまずだと思っていいでしょう。

先日お話しをした免疫グロブリンの投与については、検討した結果、とりやめることにしました。副作用が認められることと、コストに見合う効果が得られる確証がないこと、補充療法という点において、将来的にどれだけ継続していくべきかが見えないことなどの理由によります。

今後、仮に重篤な感染症の状態に陥った場合は迷わずするでしょうが、現在のFさんの状態からすると、コストとリスクの両面からいって得策とは限らないという結論に至りました。

退院が見えてきた

2007年5月2日(水)晴れ

闘病生活627日目。
臍帯血移植1年と159日目。
入院21目。

体重58.0kg
微減が続いている。

11時、回診。
T教授を中心に。
連休明けの退院を考えていいでしょう。

お隣のTさんに簡単なストレッチや目の疲労回復のための運動を教えていただく。
千里の道も一歩から。
地道に実践していくことにしよう。

肺炎はほぼ収束

2007年5月3日(木)晴れ

闘病生活628日目。
臍帯血移植1年と160日目。
入院22目。

体重58.2kg。
酸素98%。

咳も全くといっていいほどに出なくなっている。
先生方のおっしゃるように、肺炎はほぼ収束したと考えていいようだ。
前回のように、これをぶりかえさせないこと、これが今回の重要な課題だ。

前回はこうしたいい状態になったことを受け、外出を重ねて、むくみを増長させてしまったという苦い経験があるだけに、今回は慎重にいこうと思う。

それにしては、5月3日にふさわしい、素晴らしい天気なだけに、外に出たい気持ちはヤマヤマなのだが。残念だが、仕方ない。今はひたすら辛抱の時だ。

生きぬいて使命を果たす

2007年5月4日(金)晴れ

闘病生活629日目。
臍帯血移植1年と161日目。
入院23目。

体重58.35kg。
安定している。

日常ブログのインド紀行(10=編集中記)インドの都市名などについて、(11)デリー空港で夜明かしをアップ。

きのうの午後は紀行文を書くのに集中した。不思議なもので、あれだけぼんやりしていた記憶も文章でたどっていくと思いのほか、蘇ってくるものだ。
昔のことを思い出すのは、脳を活性化させるし、免疫力のアップにも効果があるらしい。
ただ、私が今回、紀行文を書こうと思った最大の動機は、プロローグでも記したように、私のインド体験は、この25年間の半生を大きく決定づけた原点であることだ。だから、たかが紀行文ではあるが、私にとっては自叙伝の序章的存在と言っていいかもしれない。それだけの重みをもっている。

82年の渡印、そして91年の運命的な書物との出会い、画期的な思想による触発。これによって私の人生の方向性は決まった。

そして私は病を得た。そして乗り越えた。乗り越えつつある。

それには、妻の支えが欠かせなかった。妻の献身的な世話がなければ、私は確実に死んでいただろう。心から感謝している。そして、私のことを心から心配し、回復を祈ってくださっていただいたすべての方のおかげと感謝している。

そして、もちろん、私の命を直接的に救ってくれた赤ちゃんの臍帯血、そしてT病院の先生方、スタッフの皆さん。さらにこの臍帯血移植をスタンダードな医療に押し上げてくださったネットワークやボランティアの皆さんに改めて感謝を申し上げたい。

だからこそ、私はたくさんの方々に支えられて生きながらえたこの命を、無駄に使っていってはならないと誓う。何としても使命を果たすために生き抜いていきたいのである。

静かな一日

2007年5月5日(土)晴れ

闘病生活630日目。
臍帯血移植1年と162日目。
入院24目。

静かな一日。

お掃除のおばさんと話す。
きのう、家族で小石川公園、浜離宮庭園とドライブしてきたとのこと。東京都の施設なので、入場料はタダ。駐車場料金のみで助かったという。
息子さんはT病院の本院にかかっていて、お兄さんとの生体間肝臓移植をされたのだという。大手術だった。5年が過ぎ、無事社会復帰をされているらしいが、いまだに体がだるくなったりといったことはあるという。
皆さん、大変な思いをされて生きていることを改めて感じる。
でも、おばさんも言っていた。やはり、この病院がいいって。静かでゆったりしていて。
それは、私もつくづく思う。

きょう担当、Sさん。
ジャズをPCで聴いていたら、好きなんですかと聞かれ、私が好きなギタリスト・是方博邦の話題に。
高校時代から、30年来のファンであることを話す。
ファンレターを送って、返事をもらったことが今も忘れられない。
早く病気をよくして、ライブハウスに聴きに行きたいと思う。

体調等は、特に変化、問題等なし。

静かな一日だった。

11日の退院が確定

2007年5月7日(月)曇り

闘病生活632日目。
臍帯血移植1年と164日目。
入院26目。

採血、レントゲン、CTと検査。

結果は、オーライだった。
抗生剤の点滴は、今晩で終了。内服薬に切り替えるとのこと。
明日以降、いつでも退院OKのサインが出た。

予定では11日金曜日に退院をさせてもらう予定だ。
4月12日の入院からちょうど1か月。前回の入院から都合2か月。ようやく退院である。

普通の健康体の人なら、今回、私がかかったような肺炎の場合、入院の目安は大体2週間といわれている。最終的に4倍の時間がかかってしまった。
時間は要したが、今はしっかり治し、着実に前進することが最も重要。

あと4日、残された時間、油断することなく、完璧を期して退院に臨みたい。

S先生より、函館旅行のお土産をいただく。
優しい心をもったお医者さんであると改めて実感する。
入れ替わりに来られた師長さんにそのことを話すと、まぁ、なんて思いやりのある先生と驚かれていた。

こうしたスタッフの皆さんの心身両面にわたる最高のケアに恵まれて、ここまでこれたことに感謝したい。だからこそ、もう二度と戻ってこないように、気を引き締めていかなければ。

オーグメンチン内服開始

2007年5月8日(火)曇り

闘病生活633日目。
臍帯血移植1年と165日目。
入院27目。

7時半起床。
完全に寝坊をした。
珍しく看護師さんが起こしにこなかったようだ。

きょうから点滴はなし。内服のみ。
ところがその内服薬はオーグメンチン錠という名前なのだが、巨大な錠剤。直径1センチ、厚さ5ミリはあろう。
かつて移植前にバクタというカリニ肺炎予防の薬を飲んだことがあるが、これも大きかったが、オーグメンチンはそれをはるかにしのぐ。

とはいえ、点滴2本、2時間を昼夜計4時間に比べれば、内服の大きさなど何のそのである。

妻、来て、S先生、F先生、T先生にそれぞれ今後の方針、心構えなどについてお話しをうかがう。
むくみ対策、水分摂取の仕方、感染症対策などなど。
慎重にかつ、あまり神経質にならないようにと、アドバイス。

油断はいけないが、あまり臆病になってもいけないのは確か。
免疫力アップのための体力回復も大きな課題だ。

普通の暮らしを心がけよう

2007年5月9日(水)晴れ

闘病生活634日目。
臍帯血移植1年と166日目。
入院28目。

きょうのイベントは回診のみ。
院長による。
退院ですね、お大事にと声をかけていただいた。

午後、ベッドから降りて、椅子に座ってパソコンに向かう作業をしてみる。3時間あまりではあったが、やはり足に若干のむくみ感が出てくる。

夕方、S先生。
体位によるむくみはどうしても出てくるものです。なるべくむくまないように足を上げたりという工夫をした方がいいでしょう。
起きているというだけでも、背筋、腹筋という重要な筋肉を鍛えていることになります。これは基礎代謝をもたらす重要な運動なんです。リハビリだからと無理に鍛えようとするような必要はないでしょう。普通の暮らしをしていってください。

入院最後の夜に思うこと

2007年5月10日(木)晴れ

闘病生活635日目。
臍帯血移植1年と167日目。
入院29目。

いよいよ明日に退院が迫った。
中2日を挟んで約2か月間の入院はさすがに長かった。
しかし、今回の入院を通してわかったこともずいぶんあった。その意味では収穫多き入院だったとは思う。

7FのAさんに会いに行き、退院の報告を。
Aさん、体調があまりよくないせいもあり、いつもより元気がなく感じた。看護師さんとの意思疎通も思うようにいってないようで、苛立ちが伝わってきた。話を聞いて、私も無理もないと感じることが多々あった。
スタッフの皆さんは忙しいとは思うが、どうか患者さん一人ひとりの心に寄り添っていくようなケアをお願いしたい。とりわけ7Fには、そうしたきめ細やかさを必要とする患者さんが多いのだから。

7Fに限らず、私がこのブログで常に賞賛し続けてきた先生方、看護師さんら最高のスタッフによる最高レベルの治療とケアを誇りとすることを、これからもどうか揺るがせにしないでほしいと願う。

建設は死闘、破壊は一瞬である。どんな素晴らしい実績や伝統も、壊すことはたやすい。それだけに、このT病院の美質、美徳をどうか守っていっていただきたい。

入院最後の夜。
東向きの廊下の窓から、久しぶりに東京タワーを臨み見た。
タワーはいつもながら、堂々とそこに立っていた。
見事な夜景だ。
たった数分ではあったが、大いに癒された。

東京タワーと摩天楼のイルミネーションを見つめながら、この病院にいるすべての患者さんが、快方に向かうようにと心から祈念した。

Tk先生、明日、退院ですねと、わざわざあいさつに来てくださる。
うれしい。さすがTk先生である。

さあ、頑張ろう。今度こそ。
負けない体をつくっていく。
絶対に。今度こそ。

骨髄異形成証拠群発症~臍帯血移植~人工透析生活へ