4.転院 アーカイブ

T病院でセカンドオピニオン

2005年9月29日(木)晴れ

闘病生活46日目。
自宅療養36日目。

<9月29日の採血結果>
白血球:1,220(標準:3,300~9,000)前回比 -690
ヘモグロビン:7.9(標準:13.5~17.5)前回比 -0.3
血小板:21,000(標準:140,000~340,000)前回比 -8,000

7時起床。

T病院へ。

T病院は地下鉄駅の地上に出て、目の前に正門。構内を歩き、1号館に入る。1号館は大学の昔の建物らしい、荘重な趣。入って右手に初診の受付。書類をいくつか書き、新しい病院棟へ。病院棟は、去年できたばかりということで、まさに真新しいという印象。

5番の診察室で待つ。中年の看護師さんに声をかけられ、体重、血圧、心拍数、体温を測る。体温、36.8度。

また5番の前で待つ。声がかかる。中に入ると、T先生の方から、「Tです、よろしくお願いします」とあいさつ。
T先生から、(K医療センターの)H先生の紹介状に関する話がある。

まだ、この話の途中の段階で、妻が一気に臍帯血移植を強く希望する旨を話す。T先生にはその意図がしっかりと伝わったようだ。それ以降は、転院を前提とした話を進めていただいた。

採血、心電図、レントゲンの検査を行う。

もう一度、T先生のところに戻る。触診をしていただく、それから、K医療センターのH先生に電話をしていただき、話してもらう。ここでは特に転院の話は当然なし。

採血の結果については、白血球が1200、ヘモグロビンが7.9、血小板が2.1という数値に。特に血小板の落ち込みが激しい。

妻から再度、強く希望する意志表明をすると、MRIやシンチの検査などの日程調整をT先生がしていただく。検査を10月4-7日辺りで集中的にすることになりそうだ。

結論としては、T先生に手紙を書いていただき、その手紙を妻にH先生のところにもっていってもらうことになった。妻には苦労がかけるが、どうか頼む。

診察が終わったのは、1時10分。10時半からスタートしたので、ほぼ3時間近く見ていただいたことになる。申し訳ないし、本当にありがたいと思った。

帰りがけ、食堂で食事をする。定食がなんと380円と安い。学食並み。会社の食堂より安い。

ということで、総じて、T病院は素晴らしい病院であると認識できた。なんとしても、この病院で見ていってもらいたいとの気持ちが強くなった。

家に戻ってから、この病院を紹介していただいたAさん、AさんにつないでもらったIちゃんにきょうの件を報告させてもらった。

T病院への転院が決まる

2005年9月30日(金)晴れ

闘病生活47日目。
自宅療養37日目。

9時起床。

さすがに朝はぐったりで起きられず。

10時から、妻にH先生に会いに行ってもらっている。

妻から電話。H先生にはしっかりと伝えたとのこと。T病院で診てもらうことについても了解していただいた。ただ、完全に移るということではなく、両方にかかっていればいいのでは、との勧めもあったとのこと。また、いつでもいいですから、いらっしゃいとも言ってくださったそうだ。ありがたいことだ。本当にH先生といい、T先生といい、お医者さんには恵まれていると実感する。

職場の同期、IさんにTEL。お礼を言わせてもらう。今回の流れは、なんとしても、Iさんがキーマンになってもらったことだ。本当にありがたい。
Iさんより、Tさんを通じて大学関係からの問い合わせがいくつか入っているとのこと。これについても妻と相談の上、進めることにしたい。

♪モーツァルト『ドン・ジョバンニ』。

しかも大音量で。懐かしい。やっぱりいい。しばらくいい音質で聴けてこなかっただけに感動する。この音楽をもっと聴き続けたい。モーツァルトの音楽を聴くと、心底そう思う。

妻が帰ってくるまでの間だけでも、この至福のひと時を味わうことにしよう。

妻が帰って、妻からH先生、T先生と連携をとってもらい、T病院には、10月3日から入院させてもらうことになった。

いよいよである。告知から1か月半、いよいよスタートラインに立つことになるわけだ。

T病院に入院~その1

2005年10月3日(月)晴れ

闘病生活50日目。
入院1日目。

7時15分起床。

義姉さんにつきそってもらい、妻と3人でT病院へ。先週と同じ電車、ルートで向かう。やはりほぼ同じ時刻9時40分ごろにT病院到着。入院手続きをしてから4階へ。
当初、2人部屋に通される。お隣はTさんという年配の方。ここになるんだと思っていると、すぐに看護師さんから、今、一人部屋を用意していますので、という話。そうなんだと思いつつ、待つ。担当の看護師さんはSさん。

検温:37.1度

食事をする。シチューがメイン。漬物、アスパラガスのサラダ、梨のデザート。お箸、お茶もついている。この辺り、自前でそろえなければならなかったK医療センターとは違っている。完食。

妻たちが食堂に食事に行っている間、ベッドで待っているとT先生が見えられる。簡単にあいさつ。

そうこうして待っている間にSさんが来られ、移動する部屋の準備ができましたとのこと。Sさんに手伝ってもらい、移動する。
419号室。二つベッドがあるが、一人部屋として利用させてもらえるようだ。ありがたい。

担当のN先生が見えられる。女性の先生。簡単なあいさつに続いて、採血をしてもらう。

ほどなくして、妻たちが戻ってきた。売店でボディソープなどいろいろなものを買ってきてくれた。

しばらくして、またN先生。妻たちにあいさつし、触診。念入りに診ていただく。

またほどなくして、同じく担当のY先生があいさつに見えられる。それが何と、K医療センターのH先生と親戚関係にあたるとのこと。自分が一言、先生には大変よくしていただきました、と話したのに続いて、その話があった。Y先生「いやー、困った医者でした、なんて言われちゃったらどうしようか、って思ってたんですけどね」と軽い冗談を。

Y先生から、ご質問は、とあったので、妻の方から、種々質問を。一通り答えていただき、帰り際、「よく病気のことは勉強されているようで」と笑っていた。確かにそうかも。

15時ごろ、T先生が見えられ、妻たちにあいさつ。

15時半ごろ、皮膚科のS先生が見えられる。乾癬の状態を診ていただく。状態はかなりいいとの判断。ステロイドではない、お薬を出しましょうということであった。

16時過ぎ、妻たち帰る。

T病院に入院~その2

17時前、N先生が、来られ、アレルギー反応の注射を2本。少し痛みますよ、ということではあったが、マルクの痛みに比べれば……。

17時過ぎ、N先生、先ほどの注射の結果を見に来られる。特にかゆみがなければOKとのこと。
明日のマルクが大体何時ぐらいになるか聞いてみると、あすの朝、教授回診が午前中あるとのこと。でも上の階から回ってくるので、時間的にはそんなに早くないだろうと。シャワーは、10時即で浴びてしまえば大丈夫そうだ。
だから、恐らく、マルクは午後2時とかそれくらいになるのでは、とのお話しだった。了解。

ということで、現在に至る。

ようやく、ほっと一息つける状態になった。

体重を計る。
61.95キロ。
高止まりを維持。

あすは恐怖のマルク。あさってからは、かなり忙しい検査イベントが入るとのこと、頑張らなくては。

夕食は18時。さて、それまで、どうしているかな。やりたいことがあまりにもありすぎて。

Y先生が採血結果をもってきてくれた。

<10月3日の採血結果>
白血球:1,460(標準:3,300~9,000)前回比 +240
ヘモグロビン:7.8(標準:13.5~17.5)前回比 -0.1
血小板:21,000(標準:140,000~340,000)前回比 +8,000
好中球:360
末梢血内芽球:0.5%

血小板がやや持ち直した。
今回初めて、好中球の数について教えてもらう。500以下だと感染症にかかりやすい状態なのだそうだ。

メルクマニュアルによると、
「血液1マイクロリットルあたりの好中球数が1000未満になると、感染のリスクが高くなり、500未満になると、感染のリスクは大幅に上昇します。生体防御のかなめとなる好中球がなくなると、感染に対する制御がきかなくなり、感染による死亡のリスクが生じます」ということだ。
こういう説明を読むと、さすがに、ぞぉーといった気分になる。今の自分が何でもないのが嘘のようだ。

本当に人生の勉強をさせてもらっていると、心から実感する。

18:25 夕食

米飯200
そば汁
煮魚(カレイ)
白和え
つけもの
562Kcal

18:40

ジフルカン(抗菌用の薬)
1錠。

20:00
検温:36.8度

それにしても、こんな快適な環境の入院でいいのだろうか。あまりの快適さに申し訳ない気さえする。
窓から見える夜景が美しい。とりわけ東京タワーが際立ってきれいだ。

20:40
さて、21:30の消灯時間が迫っている。きょうは大人しく早めに眠ることにしようかな。それにしても、快適空間なので、眠るのがもったいない気がして仕方ない。

21:30が過ぎ、廊下の照明が落とされた。他の部屋はどうかと覗いてみると、多くがまだ照明がついている。多少はオーバーしても大丈夫そうだ。

せっかくの貴重な時間だ。もう少し、日記に向かうことにしよう。

何度見ても東京タワーが美しい。そして、周囲の摩天楼群が美しい。病院の窓から見る、東京は本当に美しい。

お隣さん、まだ起きている。よかった。どうやら、看護師さんが見回るようなことはしていないようだ。よかった。

今は、ひたすらぼうっとしたい。ある意味、この1か月半の間、ぼうっとしてきたことは間違いないが、家にいただけに、完全なOFFの状態に至ることはできなかった。しかし、それが、今や、ましてや個室という空間を手に入れて、それができようとしている。治療が始まってからの個室では体がきついだろう。しかし、今は元気だ。その意味では、検査入院中の今がチャンスだ。

マルク――芽球24.5%

2005年10月4日(火)曇り

闘病生活51日目。
入院2日目。

5時45分起床。

枕元に設置されたエンビラ(エアクリーナー)が立てるゴォゴォという音でさすがに熟睡できず。慣れるまでは仕方がないだろう。

6:30
看護師さんが来られ、血圧等を測っていただく。

体温:35.7
血圧:64-110
脈拍:65
体重:61.15

お茶が飲みたかったので、ラウンジへお湯をもらいに行く。ラウンジには、いつもの奥の席に昨日、1時間だけ同室となったTさんが庭を眺めていらっしゃった。落ち着くのだろう、きっと。悪いので声をかけずにおいた。

身の回りを若干整理し、読書。

7:30
朝食。
クロワッサン1
ロールパン1
スペインオムレツ
はちみつ
ケチャップ
フルーツ缶(パイナップル、さくらんぼ)
牛乳
635kcal

初めてのパン食。朝、パン食に慣れてきているだけに、ありがたい。いただきます。

今回も完食。きのう、看護師さんに、食べられるのであればできるだけ食べた方がいいというアドバイスを受けて。そう、そういえば、きのうの夜の担当についた看護師さん、Sさんといったかな。その話の流れで、通勤で自転車に乗っていたということを話したら、驚いていた。

食後の薬。
きのうと同じジフルカン1錠。

8:30
看護師のIさん、Nさん、お掃除に来られる。
かなり入念にやっていただいた。ありがたい。

10:30
シンチの注射。2階で。あっという間に終了。K医療センターの時より注射の量が少なかった。

11:15
教授回診。
T教授を筆頭に、N先生、Y先生が来られる。
T先生に触診をしていただく。

11:30
実家にTEL。公衆電話から電話したのだが、お金がジャラジャラ落ちていく。600円くらい使ったか。
おふくろさんは、当然ながら、まだまだ不安が解消されていないようだ。当然といえば当然だが。あまり心配させてもいけないが、もっとゆったりと構えてほしいものだ。そのことは、今度病院に来てもらった時にじっくりと話すことにしよう。

12:00
栄養士さんが、献立の選択オーダーとアンケートをもってきてくれた。これはありがたい。チョイスできるとは。

12:05
食事。
きょうはあじの干物がメイン。
米飯
石狩汁
大根柚子風味
笹がきごぼう炒め
578kcal

ということで、ひと段落。
恩師にお手紙を書こうと思ったが、マルクも控えているので、無理だ。マルクを終えてから、頑張ろうと思う。

13:40
レントゲン撮影に呼ばれる。
これは予期せぬ出来事。
副鼻腔の撮影。顔を4方向から。

さて、14:00からマルクだ。気合を入れて臨もう。

14:05
妻が来るのと鉢合わせする形でマルクが始まる。N先生が実行。Y先生がアドバイス。K医療センターの時に比べると、痛みは半減のように感じる。慣れてきたせいか。でも安心感は全然違う。Y先生から「脂肪髄」「固まってるなぁ」といった感想が漏れる。でも、「大丈夫だ」との言葉を聞き、ほっとする。針を刺しなおし、生検という骨を取る作業を続けて。これはあまり痛みを感じなかった。
30分かからず終了。Y先生に、シャーレに入った髄と骨を見せてもらう。

14:30
待っていた妻登場。Y先生は、妻にも髄などを見せてくれたらしい。いい先生だ。ほんとに。
一時間ほど安静にしている。

16:00
妻、帰る。

18:00
食事。
食事をしていると、Y先生が見えられ、マルクの結果を伝えにきてくれた。芽球の割合は24.5%。8月23日時点とあまり変わらず。骨髄の細胞の数は減少していると。大きな違いではないが、進行していることは間違いないとの話だった。

芽球24.5%の2年生存率は約20%。(※)

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※国立がんセンターHPより

芽球の多い不応性貧血(RAEB)、あるいは骨髄中の芽球が20~30%の不応性貧血(RAEBt)は予後不良であり、2年生存率は約20%、5年生存率は約10%以下です。骨髄異形成症候群から白血(病)化した場合は、骨髄異形成症候群の時期を経ないで発症した急性骨髄性白血病(de novo Acute Myeloid Leukemiaと呼ばれます)よりも、むしろ抗がん剤治療に対する治療の反応性が低く(治療抵抗性)、予後は不良といわれています。
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食後の薬。
ジフルカン1錠。

19:00ごろ
Ta(Tが頭文字の先生が多いので、以降は、Taなどと表記)先生が見えられる。
どうですか? という感じで。
芽球の増加のことなどを聞いてみた。

恩師への手紙をまとめる。

23:00
清書にかかろうとするところで、看護師のSaさんが、「そろそろ……」と声をかけられたので、休むことにする。

23:20ごろ就寝。
きょうも夜景がきれいだ。眠るのがもったいない。