6.準無菌室 アーカイブ

準無菌室へ移動

2005年10月27日(木)雨のち晴れ

闘病生活74日目。
入院25日目。

<10月27日の採血結果>
白血球:1,390(標準:3,300~9,000)前回比 -50
ヘモグロビン:8.0(標準:13.5~17.5)前回比 +0.4
血小板:22,000(標準:140,000~340,000)前回比 -5,000
好中球:12% 166

6時40分起床。

すっきりとは起きられず。

7:30
朝食。
レーズンパン2、目玉ハムエッグ、サラダ。

お通じ快調。マグラックス様様である。

サークルのFkからメールをもらう。あっさりした内容は相変わらずか。会いたいと言ってきたが、やはり、面会は当面遠慮してもらうことにしようと思う。

9:00
妻、到着。
荷物をまとめて移動の準備をする。
移動用のワゴンを貸してくださった。

10:00
Mgさんと一緒に準無菌室へ。

看護師長さんが出迎えてくださる。

荷物を整理する。

Knさんという看護師さんが来られ、ロッカーの鍵を貸してくださる。2個。

12:00
昼食。
焼き塩シャケがメイン。

Knさんにフロアの案内をしていただく。プレイルームにはルームランナー、電子ピアノまである。

16:30
夜勤担当のTkさんがあいさつに見えられる。

17:00
N先生見えられ、脚の状態を見ていかれる。だいぶ落ち着いていると。薬はあんまり頻繁に塗らなくても大丈夫、とのことであった。
きょうの採血結果も持ってきていただいた。

血小板がやや下がったことと、好中球がかなり減少していることが気になる。前回が24.5%で、360はあっただけに、ちょっと極端な減り方だ。感染症には気をつけなければならない。やはり、傷口を作るのは厳禁。

18:00
夕食。
エビシューマイがメイン。
あと、キノコとニンニクの芽のソテー。

19:10
Tkさん、検温に来られる。
眺めの話題になり、窓から見える橋はレインボーブリッジだそうだ。この向きの夜景が一番きれいと、Tkさんも言っていた。いい部屋に入れて本当によかった。

そうそう、テレビを見ている最中にTa先生、登場。いつものようにどうですかと。ストレスはありませんかと。
好中球が減っている話をすると、気をつけることはこれ以上何もないですよと。安心することができた。さすがTa先生だ。こういうところが患者をほっとさせてくれる。

日時: 2005年10月27日 21:21 | パーマリンク | トラックバック (0)

2005年10月28日

励ましのメール、手紙に感謝

2005年10月28日(金)晴れ

闘病生活75日目。
入院26日目。

5時15分起床。

何となく目が覚めた。きのうそれだけぐっすり眠れたということだろう。空調が天井に組み込まれているので、エンビラに比べて静かすぎるくらい静かだからだ。

きょうも朝焼けがきれいだった。しかし、2、3日前のあの朝焼けにはかなわない。あの日の朝焼けは荘厳だった。ちょうど「悟り」とは何かについて、煩悶していた時だったから余計なのかもしれない。自分の命に感応して、自然も何かを気づかせてくれようとしたのかもしれない。

Mmさんから返信をいただく。素晴らしい励ましのメールであった。メールに素晴らしいも、そうでないも本来ないのではあるが、Mmさんの励ましは、無用な慰めなど一切なく、その代わり、これからの病気に臨んでいくに当たっての心構えというか、心の持ちようを、体験から語って下さっていた。ありがたいことだ。
その一つは、痛さ、苦しさも受忍限度を超すことはないということ。もう一つは社会復帰に関しては何も心配することはないということ。まさにこの2点は、自分自身、最も不安に思っていることである。早く帰れるかということより、より期待がかかった状態のプレッシャーに耐えられるのか、という不安。
うれしかった。こういったメールをもらうと本当にほっとする。

6:40
Tkさんが検温に来られる。
4階の場合は、夜勤とは別の人が必ず検温に来ていたが、7階の場合は違うようだ。夜勤明けの看護師さんが担当することになっているのか。やはりフロアによってシステムが違っているところが面白い。
あと、Tkさんに治療前の散髪について聞いてみた。治療直前でなくとも、いつでも可能ですよと。やはり理髪屋さんが来て、ランドリーのところでやってくれるらしい。金額を聞くのを忘れてしまった。
かなり髪の毛が鬱陶しい状況なので、思い切ってやってもらおうかと思っている。
ヒゲはあまり伸ばさない方がよいでしょうとのこと。

7:30
朝食。
ししゃも焼きがメイン。

ジフルカン1錠、マグラックス1錠。しっかりと飲む。

お通じ、OK。

Ydさんという看護師さんが来られて、手紙をもってきていただく。Tmさんからだった。
心温まる激励の手紙だった。また一緒にバーベキューをやりましょうと。うれしい。本当に。何としても元気にならなければ。

看護師さんには理髪のこと、聞いてみた。2500円かかるそうだ。最初は5分くらいの人が多いらしい。スキンヘッドにしたいがと言うと、血小板が少ないから傷が出来る心配があるので、無理かもという話。残念。

9:30
きょうの担当のOnさん(男性)が来られる。よろしくお願いしますとあいさつする。

9:45
ホコリを拭いていただく女性の看護助手さんにベッド周り、テーブル、ラックなどの拭き掃除をしていただく。やはり、準無菌室ではこうした丹念な作業が欠かせないようだ。
生活の場になるので、どうしても荷物が増えますからねと。
半年くらいいらっしゃる方とかもいるんですよね。どうしてもそうなりますね。いたくていらっしゃる方は一人もいないと思いますが。
皆さん、花見はここではしないようにしようとか、目標を立てていらっしゃるようですよ。でも、ここでの花見になっちゃったねと。
私も病院での退院最短記録をつくろうと思っているんです(笑)。頑張ります。

Y先生、来られる。
移植は火曜日か木曜日にすると決まっていて、移植の21日前から薬を入れていきます。最初は肺炎を防ぐ薬で、10日前くらいから点滴で入れていきます。髪の毛はそのころから抜けると思います、との話。

11:30
Onさん、検温に来られる。
男性の看護師について聞いてみると、各階に男性を配置しているとのこと。男女参画という観点らしい。
Onさんはこちらに来る前は、福祉関係の児童の重度障害の施設にいらっしゃったとのこと。もともと看護師なので、今回は勉強のために今年4月からここで働いているとのことだった。素晴らしい青年だ。頑張ってほしい。

12:00
M師長さん、来られる。ケラチナミンを持ってきてくださった。乾癬をお見せすると、私もなったことがありますと。
それで、これまでの治療の経緯について話したところ、密封療法は、この乾癬の場合はよくないとのこと。汗疹のひどい版のようなものなので、密封すると、症状を悪化させてしまう。密封に効くのは、擦過傷などについてだそうだ。なるほど。
ということで、今後ラップ療法は用いず、リンデロン&ケラチナミンという組み合わせでやっていくことになった。

12:20
昼食。
三色おぼろ丼。これも懐かしい味である。

それにしても、やはり病院にいると、特に治療のイベントなどがなかったにせよ、いろいろ特記すべきことが数多くある。

18:00
夕食。
チキンの照り焼きがメイン。

歯を磨いているとY先生来られる。指のささくれから赤くなり、水ぶくれが出来たことを報告する。抗生剤を出しましょうかとのこと。

20:30
AKさん、抗生剤を持ってきてくださる。
さっそく処方をしていただいたようだ。

ケフラールカプセル250ミリグラム
31日までの3日間。

この病棟はいい、処方や袋を置いていってくれるので、しっかりと薬の種類などを確認できるところがありがたい。

21:30
消灯。

雨に煙る東京タワー

2005年10月29日(土)雨

闘病生活76日目。
入院27日目。

6時00分起床。

きのうは0時ごろに一度目が覚めて眠れなくなったりしたが、それでも何とか必要睡眠はとれたようだ。

体重を計りに行く。一番乗りだった。

6:45
Akさん、検温。

天気悪いですね、どうしても部屋も暗くなりますね。

ええ、東京タワーも霞んでみえます。
と、Akさん、窓際に立って外を見る。

ヒルズもぼやけて見えますね。

眠たそうな目をしていたので、夜勤のことを少し聞いてみた。

仮眠とか取れるんですか。

移植直後の患者さんなどが発熱したりなどあるので、なかなか難しいですが、その時の状況次第です。

眠いでしょう。

18時間の勤務になるので、8時くらいになるとさすがにぼぉっとしてきますね。

僕もバイトで警備の仕事をしていたことありますが、徹夜はつらいですよね。当番のリズムは?

夜勤の次の日は休みになるんですが、なかなか疲れが取れないですね。リズムを戻すのが難しいです。

休みの日でも動いたりとかできないでしょう。

動いたりするとだめですね、疲れが取れないです。

本当にお疲れ様です。

7:30
朝食。Knさんが持ってきてくださる。
ホウレンソウとジャガイモと卵のグラタン風。

8:30
お通じ。いつものタイミングで出なかったので、おかしいと思ったが、やはりちょっとコロコロうんちでいつもより量が少ない。水分が回っていないということだ。水分は十分とっているから、薬のせいかもしれない。きのう飲んだ抗生剤。いろいろと副作用が出てくるものだろうから。

9:05
Mdさん(ネームプレートから判明)がベッドメーキングに来てくれる。

きょうもお天気悪いですねぇ。土日というとたいてい雨ですからね。

ほんとですね、どこにも遊びに行けなくて困っちゃいますよね。でも、さっきほんのちょっとだけ、日が差したんですよ。

あ、そうですか。

秋の長雨とはいいますけど、ほんとに長すぎますよね。

9:50
Y先生、来られる。
来週から、担当医師が変更になり、Tm先生、Tk先生が担当になりますと。月曜日にあいさつに来られると思います。

12:00
昼食。
豚のつくね焼きがメイン。

お通じを催す。なんと、下痢。なんで? 抗生剤のおかげだろうか。この病院に来て初めての下痢かも。ラキソベロン使用を除いては。

13:20
F氏、M氏面会に。身内以外で最初で最後の面会となるだろう。

交通事故に遭いリハビリ中のF氏はまだ仕事を休んでいて、来週くらいから週1程度で行くことになりそうとのこと。
危篤の状態で担ぎ込まれて、ここまで回復されたのだからすごいことだ。
来年、K病院に移り、2度目の手術をするとのこと。
いつものように、さすがに知識豊富な二人だ。あまりに見事で、舌を巻く。

18:00
夕食。
中華風肉団子がメイン。

20:00
Fj君、Sz君へメールを送る。

20:30
きょうは眠気が今から差している。久々に人と話して疲れたのかもしれない。ぐっすりと眠れそうだ。

移植日が絞られる

2005年10月30日(日)晴れ

闘病生活77日目。
入院28日目。

6時00分起床。

体重を計りに行く。一番乗りだった。

6:20
Onさん、検温。

Onさん、おいくつなんですか。

23歳です。まもなく24歳で。

そうですかぁ、うらやましいです。

fugueさんはどこのご出身なんですか。

私は東京生まれで千葉育ち、結婚して埼玉、そしてまた東京に戻ってきました。

東京に戻ってどれくらいになりますか。

8年くらいでしょうか。

Onさんはどこにお住まいですか。

僕は敷地内の寮です。

あ、そうか、この前、うかがいましたよね。

7:40
朝食。
食パン2枚にハムサラダ(マカロニ)だったので、サンドイッチにして食べる。おいしかった。

食後の薬は、ジフルカンとケフナールのみで、マグラックスを止めてみる。きのう、Mrさんがそうするようにアドバイスをしてくれたからだ。きのう下痢気味だったので、きょうの朝は抜いて、様子を見てみましょうかと。忠実に実行する。
さて、結果やいかに。

8:00過ぎ
お掃除のおばさん来られる。

何か気がついたことがあったら、おっしゃってください。

いつもありがとうございます。

いいえ、これが仕事ですから。

そういえば、きのうくらいから、唇や肌の乾燥がやや気になるようになってきた。今も唇が明らかに乾燥しているのが分かる。やはり空調のせいだろうか。4階では感じなかったことだけれど。

明日から、担当医がTm先生とTk先生に代わる。Y先生がおっしゃっていた、21日前の治療がいつから始まるのか。それはすなわち移植日が決定することを意味する。来週早々にも始まるのか。
移植日が火曜か木曜と決まっているということからすると、今のところ候補に挙がるのは、11月22日(火)24(木)29日(火)、12月1日(木)の4日間が有力な候補に挙がる。果たして、明日、その辺りを伝えてくれることになるのか。どうだろう。それとも、無菌室の空き具合の問題から、しばらく待機の状態が続くのだろうか。

9:30
お掃除終了。

9:55
Mmさん、検温。

もう慣れました?

もう我が家のような感じです。

唇が乾く感じがする時はリップクリームは塗ってもよろしいんですか。

ええ、大丈夫ですよ。

お持ちですか。

はい、持っています。

10:10
Y先生、来られる。

脚の状態がだいぶいいので、見せてみる。

だいぶいいですね。
脚も自己免疾患と呼ばれていて、皮膚の下の層の部分を抗体が攻撃して起こるものといわれているので、移植によって治るかもしれません。

ぜひ治ってもらいたいです。2年来の悩みなのものですから。

12:00
昼食。
豚肉の山椒焼きがメイン。

薬を間違って、ジフルカンを含め、3種類飲んでしまった。この場合は、夜は飲まなくてもいいのだろうか。

14:00
眠くなる。一休み。

18:00
夕食。
ますの塩焼きという予定だったが、シャケの塩焼きに変更されていた。ますが食べてみたかったが。でもシャケもおいしかったので満足。

初めての相部屋

2005年10月31日(月)曇り

闘病生活78日目。
入院29日目。

6時00分起床。

体重を計りに行く。一番乗りだった。
このフレーズは3日続いたので、きょうで終わりにする。

7:40
朝食。
厚焼き玉子がメイン。

さて、きょうはいよいよ新しい担当医師のTm先生、Tk先生が来られる日だ。さすがに緊張する。いよいよ、始まるのか。楽しみながらいこうという気持ちで臨むつもりだ。

9:00
N先生、採血に。
移植の日程が、11月中の木曜日になるようなことを聞いているとのこと。ということは、24日の線が濃厚となってきた。さて、その線で進むのだろうか。

9:15
お掃除のスタッフの方、入られる。とっても愛想のいい年配のスタッフの方と少しお話しする。何でも気がついたことがあったら、言ってくださいとのこと。了解しましたと。
ここへは4月に、入札で入ることになったそうだ。
その前は、がんセンターにいらっしゃったとのこと。
変わったところが好きで、無菌室やICUの方を担当されていたらしい。面白いおばさんだ。

9:20
M師長さん、来られる。
きょう一日だけ、相部屋をお願いしたいと。
5階のTkさんとおっしゃる方だそうだ。
この病院では初の相部屋となる。

9:45
N先生、診察に来られる。
完璧ですねと。以前は脚の付け根がちょっと腫れていましたが、その腫れも今は引いていますと。

10:20ごろ
Tkさん、来られる。
Tkさんは46歳。政府系の観光PR法人でお勤めだそうだ。
急性骨髄性白血病。
2000年の9月に勤務先のロサンゼルスで発症。現地の病院にて一度の寛快を経て、3月に帰国。T病院で弟さんからの末梢血移植をされたとのこと。7月に退院し、9月から職場復帰をされたと。
3年半、保ったが、この10月に再発がわかり、8日に入院されたのだという。

移植の経験があり、入院経験も長いということもあり、いろいろと教えてもらえそうだ。ありがたい。
さっそく、さまざまなことをうかがうことができた。

12:00
昼食。
カレー&ナンという珍しいパターン。
食事をとることができないTkさんを尻目に、昼食をいただく。

N先生とTk先生、見えられる。Tk先生にあいさつする。

13:00
妻来る。

Tm先生、見えられる。
あいさつだけといいつつ、いろいろと教えてくれた。24日を想定していることについても話してくれた。

16:30
Tk先生、見えられる。Tm先生が、奥さんが来ているからと言ってくれたらしい。
Tm先生よりさらに詳しい話をしてくれた。特に21日間の治療スケジュールの詳細について。

<24日を移植日と設定した場合>
 3日~   カリニ肺炎を防止する飲み薬開始(21日まで)
10日    合同カンファレンス
16、17日 放射線治療
18日    無菌室に入室
19日~   抗がん剤投与(22日まで)
24日    移植

M師長とFjさん、見えられる。
Fjさんは私の担当看護師となるとのこと。
これから先の長い闘い、お世話になります。どうかよろしくお願いいたします。

18:00
夕食。
ニジマスのムニエルがメイン。
昼もそうだったが、椅子を置いて、逆向きで食べる方法をとらせてもらう。食事をとれないTkさんにはなんだか申し訳ない気がした。

20:00
Tkさんの奥さん、見えられる。あいさつをする。

Ta先生、来られる。不自由はないですかと。いつも気を遣っていただいて、本当にありがたいことだ。

Tk夫妻がロッカーから戻られて、奥様と少し話をする。夜景を見られたので、本当に癒されるんですよと言うと、あんまり眺めがいいからと長居をしないように、奥様に叱られますよと。いやー、一本とられましたな。ウチの奥さんとは違う意味で、なかなかの切れ者と見た。

21:30
就寝。

宮城の赤ちゃんの臍帯血に決まる

2005年11月2日(水)晴れ

闘病生活80日目。
入院31日目。

5時40分起床。

7:30
朝食。
鮭の塩焼きがメイン。

ジフルカンの服用がこの朝で終わった。明日からバクタに変わるからかもしれない。

バクタの名称を探して検索していたら、偶然見つけたMDS闘病記を読み入ってしまった
10:20
シーツ交換。
ラウンジは行かず、部屋の中にいた。

10:35
Isさん、検温に来られる。
輸血とカテーテルについて聞いてみた。
静脈カテーテルというもので、CVと言っているらしい。IVHともいうと。Tkさんがおっしゃっていてヒックマンとは別ものらしい。
痛いんでしょうね、と聞くと、麻酔が痛いけれど、押されるとかそういう感じはあっても、痛みは感じることはありませんよ、とのこと。それはよかった。
あんまり緊張なさらず、Tk先生、お上手ですからと。
はい、信頼しております。

12:00
朝食。
ラーメン。きょうも具たくさんでおいしかった。

14:30
Isさん、検温。
看護師さんの食事のことを聞いてみた。
お弁当を持参したり、コンビニで買ったり、売店で買ったりと、人それぞれらしいが、病院でまとめて出すようなことはないということがわかった。そうだろう、24時間勤務なのだから。

17:45
Tm先生、来られる。
大事な話をいくつもしていっていたいだいた。
ランダムに記そう。

<病気について>

・fugueさんの状況を見て、移植に迷いはない。カンファレンスでもぜひさせてもらいたいと述べた。

・fugueさんの状態はハイリスク群に属する。RAEBではあるが、既に急性白血病の範疇に入っている。

・もし移植をしなかったら、血が造られなくなり、まず確実に感染症にかかる。芽球も増え、抗がん剤を入れざるをえなくなる。それでも、MDSは抗がん剤は効きにくいので効果はないだろう。来年いっぱいもつかどうか分からない。

・fugueさんの場合、MDSのタイプの中でも進行が速い。

・MDSの場合、T病院では、移植の前の抗がん剤投与はしない。入れることによって移植の際の成績は悪くなる。他の病院では、若いからといって入れてしまうことがあるが。

<移植について>

・今回の臍帯血については、4座一致。細胞の多い順でいくと東京、宮城、福岡の3つが候補となった。細胞だけで見れば東京だが、CD34、GMというコロニー、あともう一つの指標においても、宮城のものが値が高く、有利であることがわかったので、宮城と決定した。

・T病院としては、数える際に誤差が生じやすい細胞数よりも、CD34の値が高い場合に成績がよいとの結果を得ているので、こちらを重視している。

・A型の男の子の臍帯血。2004年と新しいということも有利な側面。

・宮城バンクはは新設して間もないこともあり、新しい基準で取り扱っているという安心感もある。

・これまで宮城でやった患者さんがうまくいっているという縁起のようなものもある。

・運搬については、以前は取りに行ったが、今は郵送するシステムとなっている。

・これまでの移植については、Tm先生とOi先生がほとんど手がけてきた。

・治療に当たって掲げる目標の順位としては、(1)病気を治すこと(2)社会復帰して働けるようになること(3)なるべく早く退院すること(4)苦痛の少ない治療をすること――となる。この順番をできるだけ崩さないようにしていきたい。

・骨髄バンクについては、1人のドナーの検査の結果、遺伝子レベルで2座不一致が判明し、できないことになった。→骨髄の選択肢はなくなった。

・万が一、生着不全となった場合も臍帯血でいく。その準備は考えている。

・2回目で大概は成功する。

<インフォームドコンセントについて>

・11日のカンファレンスは、一人男性が立ち会うことが望ましいが、お姉さんでもいいでしょう。

・Tm先生がなるべく出席したいが、欠席するかもしれません。

<家族のサポートについて>

・家族が動揺することで、患者も不安を覚えるもの。家族は、患者に不安を与えないようにフォローする役割になってほしい。

・家族が治療方針に不安を感じて、不信からくる質問攻めを医師にするようになると、治療に支障を来たす場合がある。信頼してほしい。

21:00
Ta先生、来られる。
お話しは大体うかがいましたねと。困ったことがあったら、いつでもスタッフ等に言ってくださいと。
いつも気を遣っていただいてありがたいことだ。

21:30
消灯。

しばらく夜景を眺めていると、ふっと彗星が見えた。久しぶりのことだ。吉兆であると思いたい。

初のバクタ服用 Dayマイナス21

2005年11月3日(木)晴れ

闘病生活81日目。
入院32日目。

6時00分起床。

7:30
朝食。
クロワッサン、ロールパン。
春雨と野菜のスープ。
ゆで卵。

8:30

♪シューマンのピアノ五重奏曲。

あの、『ファニーとアレクサンデル』で使われた曲。メーンテーマ曲といっていいかもしれない。何度聴いても、ファニーが思い浮かぶが、同時にこの曲を使ったベルイマンの音楽に対する感覚の鋭さ、豊かさには敬服せざるをえない。ベルイマンが選曲したかどうかは実際のところはわからないが、まるで、この映画のためのオリジナルで作られたとしか思えないような曲である。本当に見事だ。

きょうはちょっと体がだるい。ヘモグロビンが下がっているのか。ただ、眠いだけだろう。

10:00
少し眠くなって横になる。

10:30
Tm先生、来られる。
きのうの夜の話でどうかなと思ってきましたとのこと。
深爪は気をつけてください。ほんのちょっとしたことでも感染症になって、移植が延期ということもありますから。
面会は、制限した方がいいでしょう。外に出ることも控えるように。すべて感染症予防のため。

続いてTk先生。きょうからバクタの服用ですと。肝臓と腎臓に副作用がでる可能性があるので、あす採血して様子を見ることにします。

11:40
Y先生来られる。
乾癬については治る可能性が高いので、放射線の前に写真を撮っておきますとのこと。
骨髄バンクは、一人のドナーの方が進めていましたが、DRの遺伝子レベルで合わなかったので、とりやめとなりました。

12:00
昼食。
鳥のひき肉団子焼き
カブのカニあんかけ。

マグラックス1錠、食間。
ジフルカン2錠、食後。

13:00
妻、両親来る。
お親父さんたちは車で来た。
椅子が2個しかないので、ラウンジのプレイルームで話す。光が燦々と入り込んでいて気持ちがよかった。
いろいろと話すが、おふくろさんはやはりだいぶ耳が遠くなってしまっているようだ。補聴器は嫌なのだそうだ。気持ちはわかる。

妻、少し残って話をし、17時に帰る。

18:00
夕食。
あげシューマイと春巻きがメイン。

食後、初めてのバクタ2錠。
意外とあっさりと飲み込めた。気合が入っていたからか。かえってマグラックスの方が飲みづらいと感じるくらい。
あと、ガスター1錠を初めて飲む。

きょうは見舞いに来てくれている間くらいから段々体のだるさを感じるようになってきた。なんだろう。ヘモが減っているのか。あしたの採血でわかるであろうが。風邪か。きょうは早めに休むことにしよう。

21:30
消灯。きょうは早々に眠る。

移植前、最後のマルク Dayマイナス20

2005年11月4日(金)晴れ

闘病生活82日目。
入院33日目。

6時00分起床。

7:30
朝食。
さつまあげ。

バクタ2錠。マグラックス1錠。問題なし。

お通じ、OK。ただ、ちょっとばかり、お尻に鈍い痛みが……。気になる。

9:00
10時からマルクなので、Fjさんの勧めで、シャワーを浴びる。

9:30
Tk先生、採血。
頭のことを聞いてみたら、剃らない方がいいでしょうねと。感染症の原因になります。残念。

10:15
マルク開始。
助手はFjさん。
腸骨の左から。
今回で5回目のマルクなので、さすがにこちらも余裕がある。左を向いて、Tk先生の作業が見えるようにした。

麻酔。あっという間に骨に麻酔かけますねと進んでいく。麻酔のかかり具合の確認なし。さっさと作業が進む。

じゃあ、押される感じがしますねと。穿刺が刺さった瞬間は少し痛かった。でも間もなくそれも解消。押される感覚もほとんどなし。とにかくスピーディー。

引かれる感じがしますよ。Tk先生の動作を見ていると確かに引いている感じがする。しかし、本人は全く引かれているという感じがない。これはどうしてだ。あれ?という感じ。本当に細胞が入っているのか? 

そんな私の疑問を尻目に、それでは2回目いきますと。こちらも何の苦もなく。

はい、終わりました。

さすがTk先生ですね、と思わず言ってしまったが、これは偽りのない感想である。

1時間安静に。その間、眠る。

出血はほとんどなかったらしい。

12:00
昼食。
魚とポテトグラタン。
ロールパン。

ジフルカン2錠、マグラックス1錠。

14:00
Fjさん、検温。
クリーンルームに入室される方へというペーパーを持ってきてくれた。それによると10日前までは散髪を済ませてくださいとのこと。ということは、8日か9日か。8日はCVの挿入があるので、9日は妻が来るがいいのではないか。10日でもいいだろうし。11日のカンファまでには切っておこう。予約が入れられるかが問題ではあるが。

相変わらず景色がいい。本当に。あきれてしまうくらいだ。

隣の学校の子たちが授業でソフトボールに興じていた。ガラス越しでも、キャーキャー言っているのが聞こえてきた。いいなぁ、自分にもあんな時代があった。

N君からメールをもらう。ありがたいな、本当に。彼女のおかげで、サークルのメンバーとの交流が復活して。メールのやりとりだけではあるが。素晴らしいことである。

18:00
夕食。
白身魚のエノキホイール焼きがメイン。

バクタ2錠。
マグラックス1錠。
ガスター1錠。

19:30
Ta先生、来られる。
いつものように、困っていることはありませんかと。ありがたいことだ。

Tk先生、マルクの結果を伝えに来てくださる。10月にとった時点とほぼ横ばいとのこと。急激な増え方はしていないと。
ということは25%程度だということだ。
末梢血にはほとんど芽球が出ていないので、とてもいい状態。
移植にはいい状態で臨めそうだと話されていた。
染色体の7番目に異常が見つかったことは、以前、どなたかの先生からうかがっていたと思うが、この異常も、移植をしようという根拠の一つになるという。
これで、いよいよ心構えもしっかりとしたものとして固まってきた。

そしてこれからも Dayマイナス19

2005年11月5日(土)晴れ

闘病生活83日目。
入院34日目。

5時50分起床。

6:30
Isさん、検温。

尿の回数だけではなく、毎回の量も記録することにしたと話す。自己管理が大事ですからと。移植もいよいよ迫っていますのでね。

ええ、本当にトントン拍子で進まれているようで。

そうなんです、おかげさまで。頑張ります。

私たちも全力でサポートさせていただきます。

7:30
朝食。
ジャーマンポテト、ロールパン。

バクタ2錠、マグラックス1錠、ガスター1錠。

だいぶ慣れてきた。お水ももらったお茶をカップに移して、水を足して300ccくらいにして飲むのが、温度的にも適していて飲みやすいということがわかったので、きのうからそうしている。人間とはすごいものだ、いろいろと環境に適応していくもので。

10:30
Tk先生来られる。
乾癬の状態を写真に撮りたいと思いますとのこと。治る可能性があると。本当になんとか治ってほしいものだ。

12:00
昼食。
五目チャーハン。

きょうはどうも体がだるい感じ。
なんだろうか。

1時から2時半ころまで眠る。

18:00
夕食。
野菜の牛肉巻き。
しっかりとボリュームがあり、おいしかった。

いつものようにバクタ2錠、マグラックス1錠、ガスター1錠。

夜は、椅子を使わず、ベッドの枕の方をあげてPCに向かう方法をとることにした。なぜなら、夜景がよく見えるから。もったいな。こんなきれいな夜景がタダで見えるんだから。

きょうで日記連続記帳、2666日。節目でもなんでもないが、6が3つ並んだ。7年半。一日も休みなく日記を続けている。この病気のせいで、この記録も途切れる可能性もあった。しかし、今はその可能性を回避しつつある。
この日記の歴史は、極めて貴重な人生の記録である。やはり自分にとっての最高の作品は日記なのだろうと思う。
ワープロに始まり、さまざまなパソコンに引き継がれてきたが、連綿と継続しているのだから。自分のすべてが詰まっているといっていい。喜びも悲しみも頑張りも堕落も。常に一緒に歩んできた。

この日記を記してきた知子の情報に改めて感謝したい。

社会問題について考える Dayマイナス18

2005年11月6日(日)曇り

闘病生活84日目。
入院35日目。

<11月6日の採血結果>
白血球:1,500(標準:3,300~9,000)前回比 +110
ヘモグロビン:7.4(標準:13.5~17.5)前回比 -0.6
血小板:21,000(標準:140,000~340,000)前回比 -1,000

5時50分起床。

7:30
食パン2枚、目玉焼き、野菜ソテー。

NHK大津の記者が放火で逮捕された。24歳。まだ2年目の駆け出しである。相次ぐNHKの不祥事。NHKに限らず、マスコミ自体の信頼性が大きく揺らいでいる。どうしてこのようなことになったのだろう。考えてみる必要がある。もちろん、不祥事として表ざたになるのは、あくまで一部の突出した人間だ。9割9分の人たちは真面目に、もしくは多少の逸脱はあっても社会のルールに沿って働いていると思う。
全ての犯罪について言えることだが、結局、犯罪を犯す人間は、特殊な人間だから、なのか。それともその背後に横たわる大きな問題が根っことしてあるのだろうか。
今回の事件の記者も、放火をするくらいなら、どうして自ら辞職し、適正な仕事を見つけるという方向に頭が向かなかったのか。それが不思議でならない。不思議な行動を行うからこそ、事件にまで発展してしまうのだろうが。

きょうのニュースでほかに、クラクションを鳴らされた男が車を降りて、鳴らした男の胸を刺した。命に別状はなかったらしいが。まさに心を師とした悲しい姿であろう。自分の行動の影響評価より先に感情に支配され、視野狭窄に陥った心が暴発的行動に駆り立てる。

「キレる」という言葉が流行語のようにもてはやされている半面、「耐える」「忍ぶ」など、人間にとって極めて大切な要素がすっかり忘却されている。やはり突き詰めるに教育という問題に行き当たらざるをえないのだろうか。

9:05
Tk先生、採血に。
あとで、脚の写真をデジカメで撮らせてもらいにきます。

10:00
少し眠くなり、眠る。
ここのところよくあるパターン。

11:10
Tk先生来られ、デジカメで写真を撮ってもらう。

採血の結果は腎機能、肝機能ともに問題ないそうだ。血球三要素は上記。

11:15
Fjさん、採血に。
スケジュールとしては、10日にTBI(放射線照射)の見学、11日か14日に散髪ということになりそうだとのこと。散髪は5時からなので、カンファの後でも大丈夫だと。
12:00
昼食。
豚肉の生姜焼きがメイン。

ジフルカン2錠、マグラックス1錠。

17:00
Tk先生、輸血等に関する同意書をもってきて、説明をされる。先生によると、前処置が始まったころから血小板についてはAB型の血を入れるらしい。赤血球に関してはO型を入れると。

17:10
同意書をステーションのところへ持っていく。
すると、奥の方で、見慣れぬヒゲの若い医師がパソコンに向かっている。ん?あれがTk先生? 実際そうだった。Tk先生はヒゲを生やしておられたのだった。いつもマスクをしているので知らなかった。

18:00
夕食。
チキンソテーがメイン。

21:00
NHKスペシャルを見る。
性犯罪の再犯防止がテーマ。
きょうは社会問題について考えることが多い一日だ。

本田美奈子さんの逝去に思う Dayマイナス17

2005年11月7日(月)晴れ

闘病生活85日目。
入院36日目。

<11月7日の採血結果>
白血球:1,600(標準:3,300~9,000)前回比 +100
ヘモグロビン:7.8(標準:13.5~17.5)前回比 +0.4
血小板:22,000(標準:140,000~340,000)前回比 +1,000

5時55分起床。

6:30
Mtさん、検温。

まず、口の中の粘膜をかきとってもらう。検査のため。

ぐっすり眠れましたか。

ええ、4階の時はエンビラがありましたから、さすがに1時間おきに目が覚めてましたけど、今は巡回に来られても全く気づきませんね。

あーエンビラはかなり音しますものね。ここも結構音するとは思うんですが。

エンビラに比べたら、静かで静かで。

クリーンにつくことが多いですが、100のレベルで、さらにきれいですから、耳垢とかたまらないんですよ。

クリーンに一度入ったら、一歩も出られないんですね。

ええそうです。でも若い方は一人で自由にしていられるので、ここを出たくない。2人部屋に行きたくないという人もいますね。

7:30
朝食。
シューマイがメイン。

朝食の前に検尿を2本。
朝食後に検便を2本。

だんだん慣れてきた。

8:20
Tk先生、採血に。
連日の採血だ。きょうはちょっと量が多め。カテーテルになると採血も楽になるとのこと。さて、あすのカテーテルが楽しみだ。

輸血は3時か4時ごろになるとのこと。

Tk先生にお住まいは? と聞いてみると近くだという。近いと何かと仕事をしやすいからと。患者さんのことが何があっても駆けつけられるしと。素晴らしいことだ。T病院の先生方は本当に皆さん尊敬すべき先生ばかりであることを日々思う。

本田美奈子さんがきのう亡くなったことをネットのニュースで知った。

オフィシャルサイトに載った訃報は以下に。
—————————————-
ファンの皆様、報道者各位の方々へ

平成17年11月6日

本田美奈子.(本名:工藤美奈子)が急性骨髄白血病と宣告され、10ヵ月の闘病生活を送っていましたが、11月6日午前4時38分に永眠いたしましたことをご報告申し上げます。

平成17年1月12日に入院、3度の化学療法の治療と5月12日の造血管細胞移植(臍帯血移植)で7月30日に一時退院、7月31日に自宅で誕生日を迎え、とても幸せな日々でしたが8月24日の定期検診で骨髄移植を行い、8月31日の検査結果にて染色体に異常が発見され、9月7日に再び入院、検査結果で再発が判明、9月24日アメリカから到着した新薬の抗がん剤を投与し、結果が良好とのことで10月に2度の帰宅が出来、食欲も旺盛で本人は大変喜んでおりました。10月21日の骨髄検査で再び染色体の異常が発見され治療を開始、大変な時を過ごし、明日は治るという希望のもと勇気ある戦いをしていましたが残念なことに本日、急性骨髄白血病のため永眠いたしました。

本田美奈子.の生前、本当にいろいろなご支援ご協力をいただきましたことを深く感謝いたします。
—————————————-

自分が退院した24日に骨髄検査をして、再発が分かったという。あまりに早い再発にどうして? との疑問がぬぐえない。再発というより、合併症による容態悪化が死の引き金になったに違いない。

10:30
Fkさんから激励のメールが届く。ありがたいことだ。こうした素晴らしい友人、先輩、後輩たちのためにも、必ずよくなって、元気な姿をみんなに見せてあげたいと思う。

12:00
昼食。
クリームシチューがメイン。

12:40
Fjさん。
バクタが腎機能にやや影響を与えているとの結果が出たらしく、薬を回収される。
となると、どうするのだろうか。

13:00
Tk先生が来られて、バクタ中止についての説明。

この薬を3週間飲み続けられる人はほとんどいないんですよ。
木曜日に吸入をしていただきますが、それで大丈夫だと思いますので。心配なさらないで下さい。

わかりました。

妻からのメールによると、本田美奈子はJ医大に入院していたらしい。2003年の臍帯血移植は2。全くやっていないわけではないし、可能性はある。

今後の予定。
10日 ベナンバックス吸入
11か14日 散髪
15日 16:30 TBI見学

バクタをやめた代わりに、ベナンバックスの吸入をすることになったわけだ。何事も経験。やってみようじゃないですか。

16:20
Tk先生、点滴の用意で来られる。
左腕に針を刺す。
うまくいかなかったようで、もう一度。

Fjさんが点滴台をもってきて、ビニールパックに黄色い血小板をセット。濃縮血小板。
パイプをつないでスタート。2時間ほどかかるそうだ。

生涯初の点滴&輸血体験。

入っている。という感覚はない。かゆみが出るかもしれないといわれたが、それも感じない。

点滴のジョイント部分を見ると、血小板の粉のようなものが、雫が落ちるたびに、ふわっといった形で舞うのがよく見える。

16:55
Ysさん、明日の予定をもってきてくれる。
CVカテーテル挿入は14時とのこと。
その後、レントゲンを撮りに2Fへ。

血小板、半分くらいは入っただろうか。なかなか早いのでは。

17:30
Tm先生来られる。妻と3人で、今後のことについて話し合う。内容な前回の話とほぼ同様のもの。妻も納得していた。これで、万全の体制でいよいよ移植に入っていける。覚悟、ハラは決まった。どんといこうや、だ。

18:00
輸血終了。
最後、血が若干逆流していたが、そういうものなのだろう。

18:45
会談終了。

20:00
いつものような静けさが戻った。

Tm先生はいい。自分が重い病気にかかっていることをしっかり認識させてくれるからだ。重い病気と自分は闘うのだとの認識に立てた方が、自分としても当然ながら、力が出る。「強敵を伏して力士を知る」の御文通りである。
今、表に出ていないというだけで、自分はかなり重篤な状況なのだということをしっかりとわかっていなければいけないのだ。
きょうもTm先生は言われた。移植をしなければ、来年の春まで持たないかもしれないと。どこかで必ず感染症を起こし、熱を出す。合併症を起こす。出血する、頭に出るかもしれない。そうしたら、アウトであると。きのう亡くなった本田美奈子さんのように。

侮ってはいけないのだ。病気という悪の存在を。そのことを教えてくれたと思う。そして、悪との闘いはなまじのものではない、ということも。自分はどうしても、まだ考えが甘い。放っておけば死ぬとは夢にも思っていない。これがだめなのだ。そうじゃない。自分の命は春まで持たないが大前提で考えていかなければならない。

その意味で、きょうの本田美奈子さん逝去のショックは少なからずある。大きな衝撃を与えた。

21:00
東の方にお台場の観覧車のイルミネーションが見えた。知らなかった。Tgさんに聞くと、ディズニーランドの花火が8時40分から見えるとのこと。
東京の名所を一つに集めたような場所だ。

CV(カテーテル)挿入 Dayマイナス16

2005年11月8日(火)晴れ

闘病生活86日目。
入院37日目。

血小板:65,000(+43,000)

5時50分起床。

7:30
朝食。
ロールパン、クロワッサン。
ポテトオムレツとホウレンソウ。

9:30
教授回診。

10:30
Tm先生と話す。きのうの奥さんとの会談について。再度確認。
本田美奈子の件も聞いてみた。やはり、臍帯血のことがよくわかってないところでやってもうまくいかないんですよと。

ミニ移植は、副作用が少ないから患者さんとしては飛びつきやすい。移植関連死も少ないが、病気自体は治らないといっていい。再発してしまう。負担を軽くするというだけであって、病気を治すための治療ではない。

11:45
Tk先生、血小板が6万5千まであがったことを知らせに来てくれる。これでCV挿入、午後できますねと。

よし、いよいよだ。

12:00
M師長が来られ、きょうカウンセラーの方が来られるとのこと。クリーンルームに入ってから、時々話し相手になってくれるらしい。どういう人なんだろう、楽しみではある。

昼食。
あじのひもののひらきがメイン。

13:30
ここのところ、食事以外は、椅子を使うのをやめ、ベッドでリクライニングをすることにしている。この方が断然眺めがいいからだ。こんな眺望を前にして、それを眺めないのはもったいない。

14:00
CV挿入作業。
まず、Tk先生がエコーの機械をもってこられる。
ベッドをいつも足にしている方を頭にし、裸になって仰向けに眠る。
ちょっと左向きになって、エコーで検査。いい血管ですねと、誉められる。
Tm先生も来られて、アドバイスしながらの作業。
清潔布がかけられる。
イソジンで消毒をしてから、麻酔が入る。
麻酔は相変わらず痛いものだ。
静かに浸透していく。
肌が切られた瞬間は分からなかった。2回目の麻酔と思った時だったのか、それとも麻酔のため、既に感覚が分からなかったのか。
一息ついて、Tk先生、大事なところは終わりましたからね、次は管を入れていきますと。

どんな作業をしているのか全くもってわからないが、Tm先生とTk先生の共同作業であることはわかった。Tm先生が、はしっこの方をつかまえているからねと。
押される感じですよの言葉通り、ぐいぐい首の中にパイプがはいっていく感じがありありとわかる。
でも麻酔のおかげで痛みはない。
挿入完了。
では、あと、2か所縫って終わりですと。
麻酔を打ちますと打って、縫うを2回繰り返す。
ほどなく終了。
ほー。終わった。
無事に終わってくれた。よかった。

止血をしてもらい、少し休む。
2Fにレントゲンを撮りに行くことになっている。

10分くらい休んだところで、そろそろ行こうかなと思い、鏡で見ると、首に挿入されたパイプから、血が漏れ出し、下に伝わってシャツも赤くなってしまっている。げぇ~~~、これなに?
やばいんじゃないと思い、2回目のナースコール。
Tkさんに止血をし直してもらう。
赤く染まったシャツはもうだめだろうと、処分してもらうことにした。
しっかりと止めてもらい、2Fレントゲンへ。今度こそ。
鏡で見るとまた少し漏れている。うーん、どうしようかと思ったが、広がる気配はなかったので、ティッシュで少し拭いて2Fへ。

2Fへ。7Fフロアを出たのは、27日以来、10日以上ぶりである。

レントゲンはあっという間に終わる。

15:20
病室に戻り、カウンセリングの先生を待つ。
Okさんとおっしゃる先生と懇談開始。

・この病院がいかに優れているか
・医療の質ということについて、考えることが多い
・病院食はとてもおいしい
・経済的心配はなし
・家族の心配もなし
・カウンセリングという仕事について
・対話の重要性

等々の項目についてたっぷり1時間20分ほど話させてもらった。

16:40
終了。

16時半から会議だったそうで、割り込んでしまったのは申し訳なかった。でも久々に対話をさせてもらったという感じがする。やはり対話は芸術。その芸術がわかる人でないとその価値はわからない。でも、その普遍的価値を広げていきたい。Okさんにも申し上げたことだが。

来週また継続してお話しをさせていただくことになった。ありがたい。大変な仕事だと思う、本当に。

17:15
外が若干騒がしいので、体重を計りついで見に行った。点滴台デビューである。
スタッフステーションのところで、ん? だれ? 背の高い人と思っていたら、自分に向かって、違和感ないですかと。あ、その声はTm先生! わからなかった。マスクを取ると全くわからないものだ。ちょっと動転しながら、大丈夫ですよと。

先生、何回でもお願いします、楽しみにしてますからと、自分。

17:30
Tk先生、来られる。

どうですかと。

これで採血もカテーテルからできるようになります。
ブドウ糖の点滴については、ずっとしてもらうことになると思いますとのこと。よどんでしまうと感染源になる可能性があるので、常に新鮮な状態にしておくことが大事かと。

なるほど。

あす、CTが入るということも教えてもらった。

19:35
Tkさん(きょう初めて)、検温。

初めての入院ですか?

入院は2回目なんですが、前の病院が3日で出されてしまったので。

この病気が分かる前で?

いえ、前の病院でわかったんですが。骨髄移植しかないといわれたので、臍帯血も選択肢にしたいとこちらに来たんです。

担当の先生は?

Tk先生とTm先生です。

Tk先生は、物静かでダンディーな方ですね。

看護師さんの間で人気があるんじゃないですか?

ええ、そうですね。

Tk先生は新潟のご出身ということで、新潟には物静かな人が多いです。私の父がそうです。私は東京生まれで、血は入っているのですが、よくしゃべります(笑)。すみません
21:00
1リットルの涙、見る。ちょっとほろりと来てしまった。沢尻エリカは、確かに演技がうまいと思う。なかなかのものだ。

22:00
就寝。

突然のお見舞い Dayマイナス15

2005年11月9日(水)晴れ

闘病生活87日目。
入院38日目。

5時50分起床。

6:30
Tk先生、来られる。採血はお休みとのこと。

7:30
朝食。
きんぴらごぼうがメイン。

10:15
Akさんに点滴の蓋をしてもらい、お風呂に入る。やはり浴槽は気持ちがいいものだ。これからはこのパターンでいこう。

でも、シャワー、お風呂のたびにこのようなことをしてもらうのでは看護師さんに大変申し訳ない。1日おき、月水金のお風呂の日にして、土日はどちらかでシャワーというパターンにしようかと思う。そんなに汚れないし、いいだろう。

11:30
St先生来られる。
ゲノム解析による研究に血液を提供してほしいとのこと。
了解しました。

12:00
昼食。
カレー炊き込みご飯がメイン。

13:30
妻、来る。

14:00
FkさんとFj君がお見舞いに。突然の訪問で驚いたが、かえってこうでもしてもらえないと会えないので、よかった。
ラウンジは空いてなかったので、電話ボックス脇のテーブルで話す。Fkさんとは4、5年ぶりか。Fj君は20数年ぶり。最初、彼のことは全然わからず、ピンとこなかった。
状況などをいろいろお話しした。
どう激励したらいいのかと思うところだろうが、自分としては、とにかく顔を見せに来てくれたことがうれしい。
お見舞い金までいただいてしまった。誠に申し訳ない。元気になって、また一緒に飲みたい。

15:00
CTに呼ばれる。

CTは比較的早く終わるからいい。MRIのようにうるさくないし。スマートな感じ。

メガネのことを聞かれた。いつからですか。30年くらい前からですというと、ずっとかけてきたんですねと。それ以上のコメントはなかったが。

16:30
妻、帰る。

18:00
夕食。
ホイコーローがメイン。

19:30
夜担当のHnさん、検温に。
ブドウ糖の点滴について聞いてみた。カロリーは高くないがあるとのこと。
よく黄色い袋を提げているのは、高カロリー液で、光に当たってしまうとビタミンが変質してしまうので、かぶせているそうな。また一つ勉強になった。

さて、消灯まであと5分を切った。でもすぐには眠らなくていいよな。いつものように。30分は夜景を眺めて過ごすことにしたい。

初の吸入に辟易 Dayマイナス14

2005年11月10日(木)晴れ

闘病生活88日目。
入院39日目。

<11月10日の採血結果>
白血球:1,200 Low(標準:3,300~9,000)
ヘモグロビン:7.0 Low(標準:13.5~17.5)
血小板:40,000 Low(標準:140,000~340,000)

5時45分起床。

7:30
朝食。
レーズンパン、ハムサラダ。

お通じ。きのうの続いて、最初がやや硬い。若干、お尻に痛みが走る。嫌な予感である。
マグラックス1錠、ガスター1錠。

8:45
きょうの昼担当はFjさん。
Fjさんが入ってくると、病室がぱぁっと明るくなる感じがする。素晴らしい人だ。
Fjさんに担当に着いてもらって、本当によかった。

9:05
Tk先生、採血に来られる。
カテーテルからの初の採血。
注射器大小2本、あっという間に終わる。これは楽だ。

お互いのためにいいですよね。これが前処置が始まったら、毎日検査をするようになります。体調が微妙に変化していきますから。これはウチの病院ならではなんです。他の病院ではしたくてもできません。保険では、そこまでする必要はないということになってしまうんです。

そういった病院でお世話になれることを本当にありがたく思います。

徐々に医療における課題などが見えてきた気がする。

さて、点滴につながれたせいか、ベッドで時を過ごすことがこれから多くなってきそうである。
貴重な時間である。無駄にすることなく過ごしていきたい。

11:30
眠気が襲う。
1時間くらい休む。

12:00
昼食。
チキンソテーがメイン。

13:00
M師長、来られる。
明日、716か715かに移動をしてくださいとのこと。無菌室に入るまでの1週間。お隣はTtさんといって、同じくらいの年の方だそうだ。了解しました。

13:10
Tk先生。

血小板はまだ4万ありますが、明日くらいにはまた2万台に下がると思います。ヘモグロビンがちょっと低いですけど、仕方ないですね。
あすの引越しの件はよろしくお願いします。

13:30
シャワーを浴びる。
きょうはFjさんにフタをしてもらう。シャワー日なので、いいかと思い、Fjさんに、お手数をかけては申し訳ないので、きょうはやめようかと思うと話すと、決して遠慮しないでくださいと。体調のいい時はできるだけシャワー等を浴びて清潔な状態を保ってもらった方がいいに決まっているんですから。本当に遠慮しないでくださいよと。ありがたいことだ。

14:30
ベナンバックス吸入。

吸入自体はかなりしんどいものだった。
まず、気管支を拡張する薬(ベネトリン)を少し、ベッドについている空気吐き出し口に管をつなぎ吸入。これは5分程度で終わる。

次に、機械からの吸入となる。これがベナンバックスというもの。うーん、なんというんだろう、簡単にいえば苦味がただよう霧状の空気を思い切り深呼吸して、鼻から吐き出すことを繰り返す。まず座ってを5分間。
タイマーが鳴り、次の5分は右下横向きで。しかし、タイマーのセットをし忘れ、ちょうど時計を見ていたおかげで、ほぼ大きな差はなかったと思う。次、左向き、次仰向け。仰向けが一番きつかった。管にたまった薬がもろ口に流れ込んでくる。何度も起き上がっては、コップにつばを吐き出した。どんどんコップがつばでたまっていく。なんとか5分経過。また座った状態で5分。そして、また右下の横向きになろうかと思ったころには、薬のもわもわが機械のところでほとんど見えない状態になっていた。お、もう終わりか。ほとんどぴったり25分というところがすごい。

ちょうどいいタイミングでFjさん、来られる。
ああ、もういい感じですねぇ。機械のフタを開けてみて。あ、はい、終了ですねと。

病院に来て思うのは、
この、ほーっという瞬間が多いことだろう。
それだけきついというか、普段であればなかなか経験せず、かつ不慣れなだけに不快感を感じる内容の検査や治療の手段が多いからだ。

地球上に酸素がなくなって、この機械から出る空気を吸わないと死んでしまうという未来を想像しながら頑張りましたと、Fjさんに。
おー、すごい考えですねと。お世辞でもそう言ってくれるところがFjさんのいいところだろう。

18:00
夕食。
牛肉のポトフがメイン。

21:00
Ta先生、来られる。

本当に退屈等していませんか。

はい、大丈夫です。順応性があるのかもしれません。

何かスポーツとかされていましたか。

テニスはしていましたが、やはり性格に基づくものだと思います。

21:30
消灯。

合同カンファレンス Dayマイナス13

2005年11月11日(金)曇り

闘病生活89日目。
入院40日目。

5時45分起床。

7:30
朝食。
鮭の塩焼きがメイン。

お通じ、いい感じである。お尻の痛みもきょうはさほどなし。

朝食を終えてすぐに、引越しのための荷造りにかかる。そんなに荷物は多くない。
Akさんが移動用の台をもってきてくれたので、キャビネットから物を取り出し、置いていく。引き出しは、そのまま持っていく。
30分もかからず荷造り終了。8時半にはスタンバイができてしまった。あとは移動の声がかかるのを待つばかり。
9時ちょうどくらいに、声がかかり、移動。

716へ直行。
Ttさんにあいさつする。
以前、見かけたことのある、スキンヘッドの方だった。
41歳だそうだ。
AMLの2。N病院から、転院されてきたという。
しばし懇談、それぞれの自己紹介をする。

さて、1週間の共同生活の始まりだ。

Ttさんとしばし懇談。この病院には6月から入院。その前、N病院はいつ入院と言われたかな。忘れてしまった。入院暦の長いベテランであるから、話はとても参考になる。
移植を控えているとのことであるが、今は胆嚢に問題が生じて、伸び伸びになっているとのこと。
お住まいは病院の近くだそうだ。やはりこの病院のために引越しをされてきたのだという。自分もその身ではあるが、本当に大変な病気にかかってしまったものだと、つくづく思う。

12:00
昼食。
山菜五目御飯がメイン。
冷奴つき。

前回のTaさんに続き、Ttさんも絶食状態だという。あら、申し訳ない。またもやTtさんを尻目に食事をいただく。

そして、ようやくPCに向かえる時間がとれたというわけだ。

まもなく1時。妻と義姉さんがやってくる。

そして2時から合同カンファレンス。これはあくまで確認の会議となるので、問題ないと思われる。特に緊張して臨むものではない。

14:00
合同カンファレンス。

改めてスケジュール表が渡され、「臍帯血移植に関するご説明」という3枚つづりのペーパーをもとにTk先生が説明をされた。説明の内容はペーパー通りなので省略。

質疑応答は以下の通り。
Q.ヘモグロビンの値はどれくらいが限界となるのか。
A.8台となるようにしたい。fugueさんの場合、徐々に下がってきているので、あまり感じないかもしれないが、私の半分ということで、動悸や息切れがしてもおかしくない。それだけ心臓に負担がかかるということだ。

Q.生着の目安は。
A.好中球が500を超えたところで生着となる。白血球にして1000くらい。これに遅れて、赤血球、血小板が次第に増えてくる。

最後、Tm先生が話を。
これまでの話に準じるので省略。

最後に、どうかよろしくお願いいたしますということでカンファレンス終了。

同意書を受け取る。

その足で、クリーンルーム見学。

自分が入るのは704号室。既に空いていたので見学ができた。ガラスが2重。1枚1枚の距離がかなりある。電話が置かれ、椅子が2個。この辺りはまさによくある風景だ。
中は、面会用の窓に一番近く、ベッドがある。キャビネットは今のものから縦の収納部分がないものが2個。
トイレは、カーテンの向こうに。シャワー室はさらにその向こうで距離があるようだ。
室内からはインターフォンになっているため、ハンズフリーで話せる。
窓のブラインドはリモコン操作になっているらしい。

と、いったところか。

ここに、1か月ほど入るわけだ。そっかぁ、ここか。いよいよだな。1週間後に。

部屋に戻り、同意書に署名。

同意書を看護師さんに渡し、再びラウンジで話す。

18:00
夕食。
ハンバーグがメイン。

自転車談義に花咲く Dayマイナス12

2005年11月12日(土)雨のち晴れ

闘病生活90日目。
入院41日目。

5時45分起床。

7:30
朝食。
食パン2枚に、ミネストローネ。

外は雨。結構な降り方だ。看護師さんによると、午後にはあがって晴れるということらしいのだが。いずれにしても、自分たちには、窓の向こうの風景に過ぎず、実感を伴うことはない。

Ttさんと話をする。
Ttさんが自転車愛好家であることがわかり、話が弾んだ。なんとダホンに乗っているという。自分と同じ(ブランドはBiankiだが、ダホンのOEM)ではないか。
学生時代から、サイクリング部だったということで、最近は、彼女の影響で折り畳み自転車とのこと。
自転車に関する話でしばし懇談が続いた。
退院したら、一緒に走りましょうと。

12:00
昼食。
ギョーザがメイン。

ラウンジを覗くと、だれもいなかったので、一人で食事をした。

いつの間にか、からっと晴れ、隣接する庭園もきれいに見え、気分がよかった。
いつもいつもとはいかなくても、たまにはいい趣向かなと思った。

13:00
少し眠くなったので、ベッドを少し倒して仮眠する。

しかもやや頭が痛い。無理をせずに休むことにしようか。Ttさんも昼寝体制に入ったことだし。

18:00
夕食。再度、ラウンジでいただく。
とんかつがメイン。

20:00
部屋に戻ると、Ttさんの彼女が来られていた。

21:00
野ブタ。をプロデュース。
面白かった。火曜と土曜はドラマの日。

体調冴えず Dayマイナス11

2005年11月13日(日)晴れ

闘病生活91日目。
入院42日目。

5時55分起床。

点滴を換えてもらう。これまでブドウ糖液が2000mlだったが、500増えて2500mlになった。最終的には3000になるらしい。理由を聞いてみると、水分が少ないより多い方が腎臓が尿を作るのに負担がかからないとのこと。それは知らなかった。
最低でも2000mlの摂取はやっぱり必要なのだそうだ。点滴で2500入るから、あと口から入るのは1000くらいでいいのかもしれないが、これからはなるべく水分を多くとっていくことを心がけていくことにする。

10:00
着替えをもってきてもらうとともに、体拭きのタオルをもってきてもらった。タオル拭きは初めてだ。
背中をTaさんに拭いてもらう。
あとは全身を自分で。タオルが熱い。

さきほど、少し横になって眠ったが、やっぱりきのうの疲れが残っているのか。ヘモグロビンの減少のせいか、体調が冴えない。仕方ないだろう。余命3か月の体なのだから。

11:40
Tk先生来られる。
血小板 38,000
ヘモグロビン 7.1
7以下には下がらないできています。

あすの予定。
採血
輸血
マーキング(放射線照射の目印を体に書き込む)
レントゲン
散髪

散髪しか入ってなかったと思ったが、意外と多くのイベントがあることがわかった。

12:00
昼食。

昼食の後は、断続的に休み、2、3時間は睡眠を確保した。おかげでだいぶすっきりとした。

18:00
夕食。
焼肉丼。

20:00
NHK新日曜美術館を見る。以下、概要。

ダヴィッドとナポレオンがテーマ。

甘美優美な世界のロココ芸術から、質実剛健の古代ローマ文化に影響される。

ホラティウスとブルートゥス。

反逆罪で死刑に。

フランス革命勃発。

革命の理念に強く動かされる。

革命の一場面、テニスコートの誓いを依頼される。

1793年ルイ16世処刑。
ジャン・ポール・マラーの暗殺。
『マラーの死』を3か月で完成。
十字架から降ろされた構図で描かれている。まるで祭壇画のよう。
皮膚病を患い50歳だったが、筋肉質の青年として描かれている。
左手にでっちあげの手紙を持たせている。最後まで信じていたという高潔さを表現。

1794年、逮捕される。46歳。自画像は獄中で描かれたもの。

ナポレオンと出会う。
肖像画を描きたいと申し出る。
何と美しい顔をしているのだろう。古代の神のようだと思ったという。
ろくにポーズをとらなかったので未完に終わる。

サンヴェルナール峠を越えるボナパルト
実際にはあり得ない姿を描いた。白馬は実際、ラバだった。

フランス人としては顔が明らかに違った。古代ローマ人に似ていると。

戴冠式を制作。

たくさんのフィクションを盛り込んだ。

実際はもっと狭かった。凝縮して描く。
母親は実際には参加していなかった。
教皇ピウス7世は実際は失意にあったが、右手をあげて祝福している。

ルーブルに見られるNはナポレオンの頭文字。

ナポレオンが強く介入するようになる。
信頼を失ったナポレオン。精彩のない肖像画にもNG。
これが実際のリアルだったのだろう。

関係も冷え切っていく。

1821年、ナポレオン51歳で死去。

ダヴィッド、ロココ調の絵に戻る。

1825年ブリュッセルで死去。

生まれて初めての剃髪 Dayマイナス10

2005年11月14日(月)晴れ

闘病生活92日目。
入院43日目。

5時30分起床。

7:30
朝食。
塩鮭焼き。

10:00
Tk先生、採血。
30ccくらい採られたのに、めちゃ楽。針の傷みもないし。ほんとカテーテルは素晴らしい。

10:05
輸血が届いたので、しちゃいましょうと。B型の赤血球。初の赤血球輸血。
お腹の辺りにある、支線となっている部分にブスッと差して一気に始まった。
一つひとつが感動だ。まぁ、そのうち、慣れっこになって無感動になっていくんだろうが……。

10:20
レントゲンに呼ばれる。Ttさんも一緒に2Fに降りる。
Ttさんが最初。次が自分。終える。ところが、中から、ネックレスが写っちゃいましたと。あー、しまった。御守りが……。
御守りですか。これからたびたび撮りますので、よろしくお願いしますと技師さんに言われてしまった。誠に申し訳ない。
ということで撮り直し。ほんと、反省、反省。

12:00
昼食。
ぎんだらの煮付けがメイン。

13:00
お風呂に入る。
最近は浴槽風呂が定番となりつつある。何しろ、浴槽は気持ちいい。しかも鏡が付いている。最高である。
これからもとはいえ、あとわずかではあるが、このパターンでいってみたい。

15:30
妻到着。
いろいろと買い揃えてくれた。ありがたい。

17:00
散髪。
いよいよだ。
剃りましょうね、ということで妻が確認をとってくれたら、慣れている方だから大丈夫でしょうということでやってもらうことになった。
約45分。
見事にきれいに剃りあがった。
30年ぶりの坊主。しかも剃髪。スキンヘッド。
これで体制は整った。
さあ、ゴーという感じ。
2500円也。

記念撮影をする。

18:00
食事。
ポークの何焼? がメイン。

19:00
妻帰る。

薬が一種類増える。

ウルソが2錠。
これで、夜はオゼックス、ガスター、マグラックスとの4種類になった。

S大学のSzさんが来られて、この前、Ta先生からうかがっていた万歩計調査の説明をしていただく。
さっそく明日からだそうだ。
さて、どういうことになるのだろうか。

21:40
就寝。

剃髪の評判は上々? Dayマイナス9

2005年11月15日(火)曇り

闘病生活93日目。
入院44日目。

血小板:22,000
ヘモグロビン:8.2

5時30分起床。

6:30
起床。

7:30
朝食。
食パン。ソーセージ。野菜炒め。

8:00
万歩計装着。歩こ~、歩こう♪

8:25
おそうじのおばちゃん。
自分の顔を見るなり、あ! と。
手に頭を当て、したんですねと。
ええ、すっきりしました。
急なんでびっくりしました。
そうだろう。
この病院じゃなかったら、もっとびっくりされることだろう。

きのうはWkちゃんからメールをもらった。うれしいな。こういう励ましは。涙が出そうになる。後輩たちは、本当にみんな心やさしい、いい子たちばかりだ。本当に素晴らしい後輩を得ることができたと思っている。誇りである。

9:10
Fjさん、コロコロに。
あら、一段と男前になられましたね(ママ)と。
きょう、TBIの見学よろしくお願いします。

きょうから点滴が3000mlにアップ。おしっこが大変そうだ。

Tk先生、採血。
頭すっきりされましたね。お似合いですよ。
きょうの採血の結果によっては、延期といったこともあるかもしれません。それだけ慎重に万全の体制で臨んだ方がいいからです。何か心配を抱えた状態で入ると、そのことが移植後の悪影響を与えるかもしれないので。

9:30
しばしTtさんと懇談。最近はこのパターンが多いかも。朝方のフリートーク。午後、夕方はそれぞれの世界。いい感じじゃないかしら。そういう空気をかもし出すところが、彼が入院経験の一日の長を感じさせる。

回診がなくなったので、静かな時が流れる。

N先生、来られる。
様子を見に来られた。
剃髪してからもう既にお会いしていると思っていたら初めてだったようだ。
お似合いですね。男前でいらっしゃるから(ママ)、坊主にされてもいいですね。

12:00
昼食。
煮込みハンバーグ。

Tk先生、数値を教えにこられる。
数値は上記。
ヘモは思ったほど上がらなかったとのこと。あす、もう一度赤血球を入れますとのこと。今度はO型だそうだ。前処置が始まるので。
血小板はAB。なんとも不思議な感覚だ。

14:30
Tm先生、来られ、研究の依頼についての同意書について説明を受ける。提供するものは尿と血液で、内容としては、出血性膀胱炎についてだそうだ。この病院としては少ないのだが、臍帯血移植をして、これにかかる患者さんが少なくないらしい。それがウィルス性によるものということもあり、その究明や対処に役立てるためだという。
もちろん、喜んで参加させていただくことにした。
これでいくつめだろう。研究協力は。

15:00
マーキングに呼ばれる。2F。

2Fで肺の形をとるレントゲン撮影をしてから、胸、背中にマーキング。この目的は肺に直接放射線が照射されないように、鉛でブロックするらしいのだが、その範囲をチェックするためだという。なるほど、ようやくその意味がわかった。

終わって、BFへ。
MRIの右隣。二重、三重の重厚な扉があり、あった。これが治療室か。簡単な説明があり、好きなCDを持ち込んでもいいという話があった。パソコンの持ち込みは可能か聞いてみたら、たぶん大丈夫でしょうと。ということで、パソコンでいかせてもらうことにした。

7階への帰りがけ、予定通り、4階で下車。
スタッフステーションへ。
Asさんを見かけたので、fugueです、といい、あとで皆さんに伝えてくださいと話をしようと思ったが、Asさんが打ち合わせ中にもかかわらず、師長に声をかけてくれた。
師長は最初だれだかわからなかったようだ(当たり前)が、名前を聞き、あーあと。それで、打ち合わせ中だった、Mgさんは手を振ってくれた。Isさんも、わからなかったぁと、驚いた様子。
師長からは、クリーンルームでは歩いて、歩いてと、助言があった。大事なことだと思う。
ということで、4階の皆さんには本当にお世話になり、挨拶も早々に7階に来てしまったので、一部の人ではあるが、挨拶ができて本当によかったと思う。

18:00
夕食。
すき焼き。

最近、体重が増え気味なのは、点滴のせいもあると思いますとのこと。やっぱりそうか。それならそれで安心。
ちなみにこの輸液は、移植後もずっと入れ続けるとのことだそうだ。

放射線照射1日目 Dayマイナス8

2005年11月16日(水)晴れ

闘病生活94日目。
入院45日目。

6時30分起床。

放射線照射初日。午前、午後1回ずつ、3greyを浴びる予定だ。

7:00
Tk先生、採血。
いよいよきょうですね。Tm先生が一緒に行かれると思いますが、動かないことが大事となります。動くと船酔いをした状態になるんです。軽い脳浮腫のような形になって。安静にしておくことが大事ですね。

7:30
朝食。
凍り豆腐の卵とじがメイン。苦手なものだが、きょうは食べた。

お通じ。OK。完璧である。

9:00
放射線治療の吐き気止めとして、カイトリル・ソフコーテフという薬を点滴で注入。

シーツ交換のため、ラウンジへ。

9:40
部屋の準備ができたので、戻り、検温し、おしっこをして、TBI(放射線照射)出発の準備。
パソコンを持ち、ティッシュも。あと薬箱をもたされて、車椅子で出発。初めての車椅子である。看護師さんの声援に送られる。敬礼をする。坊主だから、自然としたくなるのか。Tm先生に車椅子を押され、N先生とともに、B1へ。

車椅子を降り、パソコンを準備をしようとすると、なんと技師の先生がPC用のスピーカーをもってきてくれたのだ。なんと親切な。ありがたい。
セッティングし、再生。いきなりベートーヴェンの四重奏で深刻な音楽が皆さんを驚かせてしまったか。

台の上に横になる。
右肩を下にし、固定。肺ブロックのセッティングに3回ほどレントゲンを撮りながら微調整をする。極めて慎重だ。Tm先生もおっしゃっていたが、この慎重さが大切だと。ほかだったら、適当ですよと。いつものTm節。

セッティング完了。アクリル板を立て、体を固定。いよいよ開始だ。

ジーっという音は、体に放射線が当たっているということなのだと思われる。5分後くらいから段々、体が熱い感じになってきた。あとは特に体の変化はないのだが、物理的に右肩が体の重量で、極めて痛くなってきた。苦しい。最後の15分くらいは悪寒がするほど。厳しかった。
またベートーヴェンの四重奏の途中で、パタパタとスリッパの音が聞こえ、終わったことが分かった。よかった。ほっとする。

また、車椅子に乗って、7階へ。

日記を書いているうちに段々、体がだるくなってきた。少し横になろう。

12:00
昼食。
ホットドッグ2本。
Tm先生から、半分くらいでいいということだったので、ちょうど半分食べることにしよう。
ところが2本とも食べてしまった。これが後ほど厳しい事態を引き起こすことになる。

少し休む。

1時くらいから、気分がずーんと悪くなる。

吐き気止めの薬を再度入れてもらうと、多少少し楽になったか。

14:20
出発。
今度はTk先生とだ。

B1へ。

午前と違うところは、向きが逆。しかし、右肩が下というのは一緒だった。今度は腕をもっと前に出して、ひじから先が動くようにしてみた。これは正解だった。痛くなった時、ひじを動かすだけでも肩の痛みは和らぐ感じがする。

BGMはブレーメンコンサート。これもよかった。

準備が早かったということもあり、本番に入ってからも短く感じた。やはり何事も慣れであり、順応であると感じる。

15;30
病室に戻る。

少しすると妻と義姉さんが来る。

状況などを話す。

段々、気分が悪くなってくる。

横になって、ひたすら気分の悪さに耐える。うーむ。

18:00
夕食。
食べられずパス。

Tm先生、来られる。
吐き気出ましたか。さっきは言わなかったけど、どうしても出るんですね。ウソついてました。吐くところまでいってなければ、上出来ですよ。

21:30
吐き気止めを入れてもらう。

あと、CVのテープがかぶれてかゆいので交換してもらう。

22:00
歯を磨いていたら、突然の強烈な吐き気。きた。慌ててトイレに駆け込む。10秒もせず、来た。この病院では初の嘔吐だ。

吐いた途端に楽になった。

就寝。
しかし、この後もつらかった。
全身が痒い。掻きまくる。痒くて眠れない。2時すぎまで続く。
ようやく治まって、眠ることができた。ふー。

夜間のトイレ、5か6回。最高記録だった。

放射線照射2日目 Dayマイナス7

2005年11月17日(木)晴れ

闘病生活95日目。
入院46日目。

白血球:490

6時30分起床。

6:30
Fjさん、検温。

きのうの状況を話す。吐瀉物については、袋に吐いて、重さを測ることになっていたそうだ。知らなかった。そのお盆をもらった。

7:30
食事。
食べられそうにないので、ゼリーと牛乳、お茶だけ残して下げてもらった。

これを入れるのも心配なくらいだが。

9:00
吐き気止め

9:50
午前中のTBIへ出発。

11:15
終了

帰るとFjさんのお手紙が置いてあった。うれしいね。

12:00
昼食。
カニ飯、3口だけ食べる。

13:50
午後のTBIへ出発。

15:15
終了。
安静状態に。

17:00
赤血球、輸血。
O型である。

17:30
妻到着。

明日のクリーンに備えて、荷物を入れてもらう。

きょうから抗生剤が点滴で入る。白血球が460まで下がり、内服のオゼックスでは追いつかなくなってきているからとのTk先生の話により。

Ta先生、来られ、久々に妻が話ができてよかった。

夜、体重62.25
Ta先生がおっしゃったように、むくんできているようだ。

骨髄異形成証拠群発症~臍帯血移植~人工透析生活へ