7.無菌室 アーカイブ

クリーンルームへ移動 Dayマイナス6

2005年11月18日(金)晴れ

闘病生活96日目。
入院47日目。

白血球:420
ヘモグロビン:6.2

6:30起床
気分、極めて悪し。

朝食パス。

9:00
クリーンへ移動のため、荷物をまとめる。

10:00
クリーンルームに入室。一通りの説明を受ける。

12:00
昼食。
ここから特別オーダー食に。
全粥、コーンポタージュ等。

赤血球O型輸血。

ひたすら眠る。

18:00
夕食パス。

体調最悪。ひたすら休む。

オルガドロンの点眼開始。

抗がん剤投与始まる Dayマイナス5

2005年11月19日(土)晴れ

闘病生活97日目。
入院48日目。

7:00起床

依然気分悪し。

7:30
朝食。ゼリー1個を何とか食べる。
お通じ下痢だったがしっかりしたせいか気分はややよくなる。

何日ぶりだろうか。

8:00
Tk先生、採血。

白血球:700

最初はダメージを受けますが、治癒経験がないということは臓器のポテンシャルも高いということですから。

この言葉を受け止める余裕は今はない。

8:30
Fjさんにお手紙のお礼を言う。

9:00
吐き気止めの点滴。

抗がん剤の投与が始まる。致死量の抗がん剤を4日間。どんな苦しみが待ち受けているのか……。

10:00
キロサイド点滴開始。

心電図モニターをつけるが、これが苦難の始まりでもあった。

途中眠る。

12:30
無事終了。
今のところ、メモをとることができるくらい元気。これが吐き気止めの効果が消えてからどうなるのか――。
次の点滴は夜。それまでゆっくり休もう。

13:55
Tk先生。
白血球を増やす薬を入れているので、700となっているが、これをやめるとストンと落ちるんです。あす血小板を入れます。

ブラインドを上げて外の風景を見る。めがねもかける。3日ぶりのメガネか。体にゆとりがでてきた証拠だ。

14:30
Fjさん検温。
Fjさんの笑顔のおかげですとお礼を言う。

15:50
妻到着。
水、お茶、テレビカードを差し入れてもらう。

18:00
鮭粥、半分食べる。

21:30
野ブタ。をプロデュースを見る。

22:00
第2回キロサイド投与。

キロサイド無事終了 Dayマイナス4

2005年11月20日(日)晴れ

闘病生活98日目。
入院49日目。

白:500
ヘモ:9.0台

6:30起床
気分すぐれず。きのうの昼の投与に比べるとかなりきている。蓄積されているということか。

7:30
朝食。
コーンポタージュのみ。

8:30
突然、しゃっくりが出て止まらず。

8:40
Fjさん来られる。半分超えられましたねと。さすがだ。その言葉をきいただけですーっとムカムカ感がひいていった。
FJさんが出た後、ゼリーを食べたらなんとしゃっくりも止まる。すごいなぁ、素晴らしいよ。

10:00
キロサイド3回目開始。
またしゃっくりが止まらない。それでも順調に進み、ムカムカはあきりた(?)=当時のメモの通り

Tk先生、今夕、血小板を入れます。

12:30
Ya-Ya-yahを見る。ライブは見逃した。長井秀和がゲスト。先週と企画自体は全く同じものだった。それでも面白かったので気は紛れたが。

昼食
鮭粥、半分ほど食べる。いい調子だ。

さて、夜の最後のキロサイドまでゆっくり休むことにしよう。

14:30
シャワーを浴びる。5日ぶりにヒゲを剃る。やはり気持ちがいい。

15:30
エンドキサンの説明をFjさんより受ける。大切なのは、膀胱炎対策とのこと。大変だが頑張ろう。

18:00
夕食。
鮭粥3分の2.少しずつ食べられるようになってきた。久々だ。食事がおいしいと感じられたのは。

18:30
血小板AB型の輸血。
これで明日からのエンドキサンも乗り切れるでしょうとTk先生。

21:00
NHKスペシャル、新シルクロード「カシュガル」を見る。一風変わったつくりで生活に焦点を当てていた。

22:00
第4回目、最後のキロサイド投与開始。

ぴったり2時間おきにトイレへ。多少のむかつきはあったが、無事終了する。

エンドキサン開始 Dayマイナス3

2005年11月21日(月)晴れ

闘病生活99日目。
入院50日目。

6:30起床
気分すぐれず。きのうと同じ。
目薬、尿、便、体重、なんとかこなす。

7:30
朝食。ゼリー1個。

10時まで休んでおくことにする。

9:40
Tk先生、採血。
「ここまで来れば、(マラソン競技で)国立競技場にたどりついたようなものですよ」
「あとは這っても……ですね」

N先生。あと少しですね、大きなトラブルもなく順調で何よりです。

10:10
エンドキサン投与開始。
さてどうなるか、頑張ろう。

12:20
終了。
特に強い吐き気もなく順調に終わった。この後どうなるのか分からないが。

昼食。クリームスープ1杯。1杯のスープのありがたさを感じられるのは幸せなことだ

13:50
部屋でレントゲン撮影。

採尿。極端に量が少なく、若干赤味を帯びている。出血しているのだろうか。Onさんに調べてもらったら、潜血はないとのこと。よかった。

16:00
採尿。相変わらず尿の出がよくない。体に水分がたまっているようだ。

18:00
採尿。やはり出ない。体重も1キロ増えた。

18:30
Tk先生、利尿剤を注射。

O型を輸血。

これから一気に出ると思いますよ。
よし、期待しよう。

18:40
さっそく来た!
いってみようか。出たがさほど量は多くはない。250弱か。でも色はきれいなレモンイエローだった。一安心。

19:00
ニュース、クロースアップ現代(ベルギーの監督・ダルデンヌ兄弟インタビュー『ロゼッタ』『ある子供』)

20:30
Ta先生、どうですか。
しゃっくり以外は大丈夫です。
それは立派だと驚かれる。
しゃっくりを一時的に止めてもらった。これにはびっくり。

22:00
おしっこ。
また出が悪くなってきた。しかも下痢。いやなことにお尻に痛みが出てきた。不吉な予感だ。

吐き気、しゃっくりに責められる Dayマイナス2

2005年11月22日(火)晴れ

闘病生活100日目。
入院51日目。

白血球:60

目覚め悪し。2時間おきのトイレもきつかったし、吐き気も続いた。

Fjさんにはよくつきあってくれたと思う。

白血球の下がりは順調だとのこと。きょうのエンドキサンでゼロに限りなく近くなることを期待したい。

闘いはあすの朝まで続くので気は抜けないが、16日からの7日間は我ながらよく頑張ったと思う。あと少し、もう少しだ。

吐き気としゃっくりが断続的に襲うため、眠れない。4時半ごろまでうつらうつらと起きていた。

苦しい、本当に苦しいピークを迎えた。

一日ぐったり Dayマイナス1

2005年11月23日(水)晴れ

闘病生活101日目。
入院52日目。

休養日。

朝から体調最悪。

きのうはほとんど眠れなかった。

あすの臍帯血移植に向け、とにかく体をいい状態にもっていかなければならない。

とにかくただひたすら、一日、ぐったりと眠っていた。

17:30
妻が来る。横になったまま話したが、顔色がよいのでそんなに悪そうには見えないと。ところがそうではないのだ。

夜、熱っぽかったので、Myさんにアイスノンをもってきてもらう。おかげで楽に眠ることができた。

臍帯血移植 Day0

2005年11月24日(木)晴れ

闘病生活102日目。
入院53日目。

白血球:0

エンドキサンが体内から消えるのが48時間ということで、10時を目標に休んだ。しかし、なかなか体調は戻らない。このまま移植に入ってしまうとやや心配だ。なんとか持ち直したい。

12:00
移植の準備が始まる。
心電図モニター、新たな点滴台、臍帯血を解凍するお湯の入った装置、その他準備品が出揃う。

Fjさんに写真を撮っていただくようにお願いする。快諾してくれた。
心電図等を装着。

13:00
Oi先生が遅れているとのことで、しばし待つ。

13:10ごろ
Oi先生到着。
「今から始めます」

ここからは速かった。
青いバッグから臍帯血が取り出され、Tk先生がお湯の中で解凍。5分程度。

Oi先生が臍帯血を注射器に移す。20mlと5ml、パックの中を食塩水で洗浄し、残りの細胞を取り出したもの3本の注射器が出来上がった。

これで準備が完了。

注射器に入った臍帯血はきれいなピンク色をしており、おいしそうなメルローのようだ。

Akさんがきょうのは色が薄いですねと聞いたのにTk先生は、「赤血球がよく取り除かれているからでしょう。赤血球が多いともう少し赤いんです」

注射を点滴のルートに差し、少しずつ注入していく。

体の中に臍帯血が入ってきた瞬間、ぷ~んと磯の香りがただよう気がする。ん?なんだろうと思ったが、臍帯血の保存液がこういう匂いがするとのことが後でわかった。

血圧がこまめに測られ、大丈夫との確認がされ、注入が続行された。

20mlが終わり、5mlも終え、最後の残った分を注入し完了。

15:38終了
注入自体は15分程度だったと思う。

終了後もしばらくは心電図をつけ、体調の変化などを測定してもらい、18時ごろ心電図が外された。

夕方、血小板AB型を輸血。

パソコンも1週間ぶりに開く。

その後も体調は変わらずよかった。

頼むぞ、臍帯血君 Day1

2005年11月25日(金)晴れ

闘病生活103日目。
入院54日目。

白血球:70
ヘモ:9.2
血小板4.2

10:00
シャワーを浴びる。何日ぶりだろう。気持ちがよかった。

12:00
昼食。
そうめんを1口。
茶碗蒸しを1口。これは失敗だった。

1週間分の日記を一気に書く。ほとんどはメモってあったので楽だった。あれをメモってなかったら、厳しかった。

13:30
Tk先生、免疫抑制剤メソトレキセートの注射に。
これでまた粘膜などが損傷を受けるかもしれません、個人差はありますが。

きょうから、臍帯血移植からのカウントアップが始まった。1日目。これからずっと、この日記が続く限り、これは続けていこうと思う。自分の命をつないでくれる臍帯血君。もしこれがなかったら、自分は生き続けることができなかったのだから。

きょうは久々に、ゆっくりとこの日記に向かうことができそうだ。本当に何日ぶりだろう。ほんとによかった。

18:00
夕食。
フルーツを2切れ。

Ttさんからメールをもらう。12月8日に移植が決まったそうだ。成功をお祈りしたい。

22:10
夜景を見ながら眠ろうかと考えたが、もう少し日記に向かうことにする。久々の自由日記だから。

夜景については、残念ながら、東向きの病室に比べると見劣りがする。東京タワーが見えないのがなんといっても惜しい。そう思うとあの向きは最高だ。あそこに1か月以上いることができたんだから、幸せだ。

娘とガラス越しの対面 Day2

2005年11月26日(土)晴れ

闘病生活104日目。
入院55日目。

白:0

6:30
起床。
次第にいつものペースが蘇ってきた。いいことだ。無理をせずいくことにしよう。

お通じ下痢。下痢ではあるが、快調そのものである。お尻もほとんど痛むことがない。ウォシュレットも完璧。この状態でいってくれればありがたいのだが。

まだ移植から2日目だから、気の早いことは言えないのだが、それにしても今回の一つの山を乗り越えた意義は大きいと思っている。前処置で経験した地獄の苦しみ。特にTBIとエンドキサンについて。あの苦行を乗り越えたことはこれからの人生において大きな支えとなってこよう。若い時、運動で部活動で苦しかった、つらかったもいい経験になっているが、今回は大人になってからの体験であるだけにより一層貴重なものと感じる。ありがたいことだ。このような経験をさせてもらえること自体が。

さて、きょうからまだメールをぼちぼちと再開させていくことにしようと思っている。皆さんを安心させなければならないから。元気にしていると。

血小板AB型輸血。

サンディミュン(免疫抑制剤)が入り、少しうとうととする。

14:00
見舞いに来るはずの妻と娘が遅いので、シャワーを先に浴びる。

14:30
妻と娘、面会に。
娘は1か月ぶりくらいか。ふっくらした感じになっていた。髪型もよく似合っている。
J.J.Express、Berryzなどの話などをいろいろとしてくれた。

久々にみんなへのメールを書くことにしようか。サンディミュンのせいかやや体がだるくほてった感じはあるが、体調は決して悪くないので。

サザンオールスターズ『NUDEMAN』を聴く。傑作だ。この後のSASのことをほとんど知らないのだが、このアルバムを超える作品は出ているのだろうか。少なくとも自分にとっての最高峰のアルバムであることには間違いない。見事だ。20数年前の作品とはとても思えない。

18:00
夕食。
かけそば、3本。フルーツ半分。こんな感じだろう、しばらくは。

薬を飲むが、飲みづらい。ムセるような感じが出てきた。エンドキサンを乗り切っても、まだまだヤマはたくさんあることを痛感させられる。

貴い善意に感謝 Day3

2005年11月27日(日)晴れ

闘病生活105日目。
入院56日目。

白:0

きのうは21時から朝7時の間にトイレ7回。多かった。その分、4000mlは出ているらしい。

体重も60.6と落ち着いている。

きょうは午後、2回目のメソトキレート。粘膜がどうなっていくか。

9:00
うとうとと眠る。きょうはどうも眠気が……。

シャワーを浴び、ひげを剃る。

13:00
Tk先生、メソトキレート注射。
移植というのは綱渡りをするようなものなので、ちょっとしたバランスの崩れが大きくものをいうことになってしまうんですね。だから、慎重に慎重にと進めていく必要があるんです。そのかわり、半分を超えてしまえば、あとはえいとばかりに渡りきる、ということにもなってくるんですが。

きょうはだるかったり、お腹が痛んだり、いつもに比べると調子がよくない。
なるべく横になって休むことにしよう。

14:00ごろ?
血小板AB型輸血。連日ではあるが、2.6と下がっているので、入れることにしましたとのこと。
血小板は高いという話題になり、1回7万円するということがTk先生の話から改めてわかった。
高い理由は、採取するのに2時間あまりかかり、しかも3日以内に使わなければならないからだそうだ。そういう貴重なものを連日のように入れてもらい、全く申し訳ない限りだ。感謝したい。この2日間で極めて貴い善意と14万円分が体内に注ぎ込まれたことになるわけだ。不思議な感覚だ。

午後検温。
37.5
氷枕を用意してもらい、15時から横になって休む。

22:30
相変わらずトイレにこまめに起きるのだが、きょうは下痢が回数が多いので、下痢止めをもらうことにした。
これでゆっくり休める。

激しい嘔吐 Day4

2005年11月28日(月)晴れ

闘病生活106日目。
入院57日目。

白:0

8:30
担当はFjさん。Fjさんに会うとホッとする。出身が兵庫県であることを教えてもらう。15年間の福祉の仕事もそちらでされていたらしい。バリバリの関西人であるということだった。見えないねぇ。

Tk先生、採血。

9:30
シャワーを浴びる。

Tm先生、口の中の状態を見て、かなりいい状態できていると思いますと。うがいを頑張ってくださいとのこと。

Fjさんに、きょうから食事を止めてもらうことをお願いした。せっかく運んできてもらっても食べられないのでは仕方ない。ちゃんと食べても大丈夫という状態までしっかり食止めして、万全を期していくつもりだ。

きのう辺りから下の毛がやたら抜けるようになってきた。いよいよ脱毛が始まってきているようだ。下から始まるというのは本当だった。

11:00
サンディミュンが始まり、途端に体調が悪くなる。

15:00
眠っているところへ妻到着。
横になったまま話す。

頭が痛いので、Fjさんに氷枕をもってきてもらう。

16:30
妻帰る。

その後もほぼ眠り続ける。

19:00ごろ
突然の激しい嘔吐感に襲われる。
これは来たと感じたので、袋を用意し、嘔吐する。緑色の吐瀉物といっても完璧水分がかなりの量、出た。
入院以来、2回目の嘔吐だった。吐いた後はややすっきりする。

Isさんに連絡し、吐瀉物を処理してもらう。

赤血球O型輸血。

その後もぐったりと休む。

1時間おきのオシッコが続く。

抜ける、抜ける Day5

2005年11月29日(火)晴れ

闘病生活107日目。
入院58日目。

白:20(好中球はゼロ。すべてリンパ球とのこと)

6時起床。
とはいえすっきりしない。きのうの嘔吐感がまだ引きずっている。やっぱりサンディミュンのせいだろうか。軽く考えていたが、サンディミュンはなかなかの曲者であることがわかってきた。だんだんダメージを増していくタイプという意味においてもエンドキサンに似ているかもしれない。しばらくは忍耐の日々が続きそうだ。

9:30
教授回診。
Tj先生から、初めてなのに、あまり重くなくお元気そうで何よりですと。

N先生、Y先生、残られ、やはり順調そうなことを喜ばれていた。ありがたいことだ。

10:00
体拭き。
体毛が異常なほどに抜ける。タオルに絡みつく、シーツに落ちまくる。しばらくはこの状態に悩まされることだろう。完全に抜け落ちるまでは、いつまでかかるのであろう。

サンディミュン始まる。あまり気負わないことにしよう。侮ってもいけないが、気負いすぎてもいけない。

やはり午後からぐっと体調が悪くなり、横になって休む。

21:00
1リットルの涙。2週ぶりに。このドラマ、いいわ。

脱毛地獄続く Day6

2005年11月30日(水)晴れ

闘病生活108日目。
入院59日目。

白:0
きのうの20というのは誤差の範囲だったようだ。
板:2.7

8:30
シーツ交換。
すっきりする。しかし、またすぐに脱毛地獄が……。

14:00
メソトキソレート(3回目)を注射。ここまで大きな問題をもたらしていないので、今回もそれを期待したい。

シャワー。
激しく髪の毛が抜け落ち、7割方は落ちた。あともう少し。

指の先が痛む。これも副作用の一つなのであろう。

夕方、血小板AB型輸血。

熱が上がり出す Day7

2005年12月1日(木)晴れ

闘病生活109日目。
入院60日目。

白:0

6:30
検温で一度目覚めるが、またダウン。

8:30
オシッコのため起きる。検便があるので、気合で頑張る。

Fjさん。
fugueさんはいつも穏やかでらっしゃいますね。
そうですか。
いつも凛としていらっしゃって、感情をさらけ出したりなどありませんね。
しつけのせいでしょうか。厳しい親だったのです。というのは冗談です。全くの放任でした。

10:00
サディミュン(免疫抑制剤)、G-CSF(好中球を増やす薬)始まる。
きょうから、気にしないでいこうと思う。これが日常になるのだから、とにかく慣れないことには始まらない。
寝たきりでいることも絶対によくないから。
起きれる間はがっちりと起きていようと思う。

さて、きょうで移植から7日目。
わずかでも白血球は立ち上がってきてくれるか。
臍帯血君に頑張ってもらいたい。

13:00
妻、来る。
お願いしていたキュレルのソープとローションを買ってきてもらった。これで肌のケアはだいぶよくなるだろう。

15:00
妻、帰る。

N先生、Tm先生と続けて診察。

N先生からは、fugueさんの唯一の弱点は肌の弱さですねと。
確かにその通りかもしれない。
あと、メソトキソレートについて、粘膜障害があまり出なかったということは効いていないということかという、素朴な疑問をTm先生に聞いてみたら、そんなことはなくて、きちんと効いたうえで副作用がなくラッキーととらえるべきでしょうとのことだったらしい。
これはありがたい話だった。

Tm先生。100点満点できてますね。fugueさんとは短いつきあいだけど、精神力の強い人だと思ったとのこと。大概の人はしゃっくりで根を上げる。どうにもならないことなんだけれど。
これからのヤマは12、3日目で熱が8度以上出てくる。これは9割方がそうなる。だから大丈夫ですよ。

きょうはここ数日間の中で一番体調がいいようだ。だいぶサンディミュンに体が慣れてきたということだろうか。

血小板AB型輸血。

17時ごろまでは調子よかったが、夕方から急に熱が出だす。7.2→7.3→7.5とあがっていった。悪寒もする。

やはり一日のうちどこかで必ずこのような状態を迎えると覚悟しておいた方がよさそうだ。

夜はトイレに備えてずっと明かりを消さないまま眠った。体調がきつい時はこの方がいい。

不思議な夢を3本。夢って不思議だ。

好中球1個見つかる Day8

2005年12月2日(金)晴れ

闘病生活110日目。
入院61日目。

白:0
ただし好中球が1個、顕微鏡で見つかる(生着は好中球500個が目安)。うれしい。
リンパも6割が臍帯血由来だそうだ。

6:15
検温。

きのう苦しんだおかげ? か、きょうの目覚めは悪くない。それでも9時近くまでは横になっていたが。

9:00
昼担当はRkちゃん(Isさん)。勝手に呼んでしまっている。

Isさんは静岡の出身とのこと。高校から看護の道を歩んでいたらしい。すごいと思う。
夕方、赤血球0型輸血。

調子悪いながらも夜はテレビを見てすごした。

お尻が痛み出している。これがきつい。これ以上悪化しなければいいのだが。
ロペミン(下痢止め)をもらって服用。とにかく下痢の回数を減らしたい。

何をするのも体が動かない。きつさもピークを迎えているようだ。

お尻に激烈な痛み Day9

2005年12月3日(土)晴れ

闘病生活111日目。
入院62日目。

白:0
板:2.0
土日は、100単位でしかわからないらしい。

11:00
血小板輸血AB型。

お尻が痛む。10月を思い出させる激烈な痛みだ。

夜担当はMtさん。氷枕等、いろいろありがたかった。

熱は7.5~7.8をうろうろ。

野ブタ。を見る。今回は見ごたえなかった。あと2回。

22:00
痛み止め点滴。少しは効いて2時までは眠れた。この後はきつかった。

気がおかしくなりそうな激痛 Day10

2005年12月4日(日)

闘病生活112日目。
入院63日目。

熱が下がらない。シンドイ。

昼担当はFjさんだったがほとんど一日グッタリと横になっていた。
きょう初めてのサンディミュン途中打ち切り。半分の90で。
熱の関係を考慮し、少なめにしますとTk先生。
ありがたい。

お尻の痛みもピークだ。
万策尽きるとはこのことか。
あまりの痛みに気がおかしくなりそうだ。
どんな工夫をしても痛みを和らげることはできないし。
これは業病か。
たぶんそうなのであろう。
ここまでしっかりマークしてくるということは。

夜担当はIsさん。

不意打ちの下痢を(この日のメモ、ここで途切れる)

替え歌で気紛らわす Day11

2005年12月5日(月)

闘病生活113日目。
入院64日目。

お尻との頂上決戦。これから3日間は。これを乗り越えない限り何も開けない。

13:30
妻来る。
Tk先生と少し話しをしてもらう。
好中球10個。
まだこれが臍帯血由来かどうか分からりませんが、恐らくそうでしょう。
そうなるとこれからますます熱が上がる可能性があります。

17:00
血小板AB輸血

18:00
38.3度

21:30
38.7度

Akさんにお尻に軟膏を塗ってもらう。氷枕もチェンジ。
長い夜になりそうだ。
ふー!

22:45
きのうと同様、下痢が襲う。
今回は自ら挑んだ。しかも和らがない痛みはない、消えない痛みはないと言い聞かせたら、もちろん痛いがこれまでとは違ったものになった。よかった。でも額の汗はすごかった。

23:00
ロペミン(解熱剤)服用。
熱は38.1度。少しは下がったか。これで少しは楽に眠れるだろうか。

1:00
汗で目覚める。上を着替えトイレに入ると、何とまた下痢が襲う。マジ? 今回はさすがに抵抗を試みたがあえなく撃沈。同じことを繰り返した。痛みは10時台と同程度だった。

なぐさみに替え歌を作ってみた。

試練は続くよ どこまでもー
前処置、下痢越え、熱越えて
元気になるため僕たちは
ひたすら忍耐 頑張ろう! ヘイ!

2:00
36.7度。解熱剤ってメチャクチャ効くんだとびっくり。

解熱の効果薄れ、明け方39.7度。
Stさんに電気毛布をもってきてもらった。

熱40度台に Day12

2005年12月6日(火)

闘病生活114日目。
入院65日目。

白:0

8:00
38.8度。
依然高い。

9:30
教授回診。

38.5度
解熱剤飲む。

10:00
始まったばかりのサンディミュンをストップ。
腎機能が低くなっているとのことで、きょうはやめて利尿剤で機能を回復させるとTk先生。
いずれにしてもありがたい。

11:30
Tm先生、12、3日目ごろに9度台の熱が出てきますよと言っていたでしょう。
確かに予言どおりだ。
40度を越えるかも。
それは勘弁してほしい。

19:00
その予言はしっかり当たる。
40.3度、とうとう40度台へ突入だ。
夜、点滴で解熱剤を入れてもらう。
おかげで『1リットルの涙』を見ることができた。
それでも38.5度。
厳しい。

解熱剤が効かない Day13

2005年12月7日(水)

闘病生活115日目。
入院66日目。

6:00
40.3度。たまらず解熱剤を飲む。
朝の解熱剤は9時までしかもたず、9度台まですぐに復活する。

11:30
点滴で解熱剤。3時ごろにようやく効いてくる。
37.4度。Tgさんと思わずウォーっと歓喜の声。

体拭き、久々の。

しかし、夜は厳しかった。またもや40台に。夜の点滴は全くと言っていいほどに効かず。9度台。つらく長い夜を過ごした。ほとんど一睡もできず。

あ、そうそう、白20とのこと。

夜、それでも『その時歴史が動いた』山本五十六の後編を見る。
よかった。

熱の峠越す Day14

2005年12月8日(木)

闘病生活116日目。
入院67日目。

昼の担当はFjさん。
朝の薬のせいかやたら調子がいいのでシャワーを浴びることに。何日ぶりだろう、気持ちがよかった。

熱はその後ややあがるものの38度台後半。39度を越えることはなかった。落ち着いてきた兆候かもしれない。
それでもサンディミュンが復活したせいか気分はすぐれず、夕方うとうととしばし眠る。おお、何と久々なことか。これがしたくてもできなかったのだ。気持ちよかったぁ。これもいい傾向の一つと見たい。

夜、飲んだ解熱剤が効いてなんと36.7度。平熱ではないか。
これは本格的といえるかもしれない。もうひとふんばり。決して油断をしてはいけない。

今晩は長い長い夜を覚悟していただけに、今の状態は本当にうれしい。

白:40
倍に増えた。

ただ、この生着に関係するのだが、頭と顔が真っ赤になりつつある。
これも想定内とはいえ、やっぱりなかなかねぇ。

解熱剤の効果が落ちるはずの22時を過ぎても37度台。これは本物かもしれない。

看護師のMrさんに同室だったTtさんのことを聞いたら、クリーンルームの704だという。で、Mrさんにこれからもお互い頑張りましょうと伝えてくださいと話すと、1分後に戻ってきて、「ありがとうございます。お互い頑張りましょう」との返答が即座に返ってきたのは驚いた。いずれにしても順調そうなのは何よりである、

夜中に入っても7度台で安定。もう確信していいようだ。
体の軽さに我ながら驚く。トイレ時など数秒だ。

4:00
37.2度
もう大丈夫。

白血球100に到達 Day15

2005年12月9日(金)

闘病生活117日目。
入院68日目。

5:00
ここからが苦難のスタートだった。やたらと頭が痛い。割れんばかりとはこのことだ。意識が朦朧とする。

6:30
検温では38.7度。再び上昇か?

9:00
採血。白100に到達!
やりました。しかも調べによるとほとんどが臍帯血由来と。
安心してくださいとTk先生。
苦しかったがうれしかった。

10:00
ようやく薬を飲む。

11:30
少し下がって38.6度。
さあて、この熱が今後どんな推移を見せていくのか。
いずれにしても時間の問題ではあろう。

13:30
妻到着。
妻が見舞いに来たTtさんのお母さんと少し話す。Ttさんが出てこなかったからだ。シャワーでも浴びていたのだろうが気の毒だ。

16:30
きょうの夜は果たして熱は出るのか。現在37.7度。

17:00
血小板AB輸血。

21:00
解熱剤飲む。38.1度。

テレビを見る。
にんげんドキュメント。
仲代達矢に感動。

その後、1時まで起きていた。

今度はかゆみが襲ってきた。全身がかゆくて眠れない。Stさんはかゆみ止めを入れましょうかと。素晴らしい、さっそく入れてもらう。すぐ効いて眠くなってきた。

ところが来た。寒気だ。電気毛布を用意してもらう。5時過ぎ、朦朧と意識を失う。

熱ぶり返す Day16

2005年12月10日(土)

闘病生活118日目。
入院69日目。

重い。とにかく重い。

39.7度。ぶり返した。午前中は本当にきつかった。

14時ごろ、熱が下がる。
体拭きをする。しかし頭が痛い。

採血結果。
朝200
昼300

確実に増えている。その闘いなんだ。やっぱり頑張ろう。

3:30
38.7度。
解熱剤

5:00
37.9度。
比較的早く落ち着いてくれた。
やはり熱の勢いがだいぶ衰えてきているということだろうか。
9度台に上がらなかったのはうれしい。

サザエさんに解熱効果? Day17

2005年12月11日(日)

闘病生活119日目。
入院70日目。

9度~8度後半の状態が続く。
とにかくきつい。顔に生気がなくなってきた。

テレビを見たりで気を紛らわす。しかしそれも限界に。万事休すか。
見かねてTk先生、点滴の解熱剤を打ってくれた。15:30ごろ。

サザエさんを見ているころから徐々に体温も下がりはじめ、21時ごろには7度台まで下がっていた。ラッキー、ああ楽だ。こんなに熱が出ないことが楽だなんて。幸せ。

さて問題はこれからどう上がるかだ。既にカロナールは飲んでしまっている。今も7度台。既に効いているということか?
信じがたい。それともとうとう終わったのか?
まだ結論は出せない。

白380 Day18

2005年12月12日(月)

闘病生活120日目。
入院71日目。

一日の過ごし方としてはほとんど変化なし。
断続的に熱が上下する。

白380
あともう少し。

白490 Day19

2005年12月13日(火)

闘病生活121日目。
入院72日目。

白490

熱は相変わらず続いた。
それでも9度を越すことはまれになってきた。
もう少しというところまできたか。

白840 Day20

2005年12月14日(水)

闘病生活122日目。
入院73日目。

白840

熱のせいなのか、白血球の増え方が順調だ。
ならば苦しい熱に耐えてきた甲斐もあるというものだ。

待望の生着! Day21

2005年12月15日(木)

闘病生活123日目。
入院74日目。

熱の峠は越した。まだ8.5前後は残るものの、朝はカロナールを飲まずに済む。

ただ、だるい、心底だるい。全身に全く力が入らない。疲労なのか。

白1060

好中球64%で500を越えた。待望の生着である。よかった。Tk先生も喜んでおられた。あとはこのだるさを解消していくのみだ。

だるい

2005年12月16日(金)

闘病生活124日目。
入院75日目。
臍帯血移植22日目。

白1300

白血球は順調に増えている。素晴らしいことだ。

ただ、だるさだけはどうしようもない。

夜はTVを見た。本田美奈子さんのドキュメント。同じ病気の人間として、同じ治療法に挑戦した一人として本田美奈子さんの生と死をしかと受け止め、これからの生きる糧にしたいと思う。

ぐったり

2005年12月17日(土)

闘病生活125日目。
入院76日目。
臍帯血移植23日目。

白2500

一気に倍増である。すごいなぁ。頑張ってるな。

一日体がだるくぐったりした状態だった。

野ブタ最終回。

NHKドラマ「クライマーズハイ」
面白かった。

ひたすら眠る

2005年12月18日(日)

闘病生活126日目。
入院77日目。
臍帯血移植24日目。

白3800

ただひたすら眠り続けるのみの一日。この4日間同じだが……。