未分類,  音楽

筝奏者、中垣雅葉氏について

雑誌『ミセス』8月号に筝奏者、中垣雅葉(なかがきまさのぶ)さんのインタビューが載っていた。そこで中垣氏についての僕の印象について少々書いてみたいと思う。

中垣さんの演奏は2年ほど前に、池尻大橋のライブハウスで聴いている。会社の同僚に誘われて。同僚は中垣氏の友人であり、以前から噂を聞いており、一度聴かせてもらいたいとお願いしていたのだ。

これまでクラシックの演奏会で他の演奏家による筝コンチェルトなどを聴いたことはあったが、リサイタルという形では初めての経験だった。

筝の魅力に、そして中垣氏の実力に酔いしれることができた3時間だった。
それまでの自分にとって筝に対するイメージはというと、日本の伝統的楽器の象徴的存在に過ぎなかった。
しかし、中垣氏の筝演奏は僕のそんな固定的イメージを見事に打ち破ってくれた。
前半はソロ演奏。スタンダード、オリジナル、それぞれの曲の個性に合わせた奏法により、筝という楽器のポテンシャルの高さを感じさせてくれるものだった。
休憩を挟んで後半は、ガラリと雰囲気を変え、ギター、パーカッション、ボーカルらとのセッションによって、ノリのいい音楽を堪能させてくれた。

リサイタル中、僕が最も印象深く感じたのは、当日、中垣氏が会場に持ち込んだ2台の筝のうち、大型の方(恐らく二十絃)の筝に彼が向かった時だった。中垣氏は体格は大柄とはいえず、むしろ小柄というにふさわしいから、その二十絃の筝が余計に大きく見える。楽器に対する畏敬の念とでもいうのだろうか、十三絃と自在に対話するような感覚とは全く違った、緊張感が筝と中垣氏の間に存在していたようだった。事実、二十絃による演奏は、音色も音質もズシリと重く、存在感には凄みを感じた。

雑誌のインタビューでは、恐らく女性であれば、だれもが触れたがるであろう、中垣氏のもつ美しさからやはり入っている。
「中垣さんはすこぶるきれいな人だ。顔立ちのみでなく、優しい口調や物腰といった、たたずまいがきれいなのだ」と。
その通りだと思う。男である僕も全く同感だ。
しかし、当の本人はそうした美に恵まれた容姿のことをあまり気にもとめていないかのように映る。
それは彼の演奏の合間のMCに現れる。つまり、全く飾り気がないのだ。つまり話は上手ではない。僕は個人的に中垣氏と面識はないので、彼がどのような話術をもった人であるかは知らない。インタビューでは話上手であるとの記述もある。しかし、MCにおける語りはあまりにトツトツとしていて、「あれだけの容姿があるんだから、もっと格好つけてもいいのに……」と思ってしまうほどだ。
これは自然にそうなるものなのか、演出によるものなのか――。
仮にこれを演出でしているようなら、中垣氏、相当なる役者である。
もしそれが素であるならば、いわゆる格好よさとのギャップがたまらない魅力ともなる。
いずれにしても、やはりアーチストにとって、美を持つということは大きな武器であることは間違いなさそうだ。

※ちなみに中垣氏のHPによると、琴と筝の違いは、以下によるということ。勉強になった。

■琴のコト:ギターの様なフレットがついている
一絃琴(須磨琴)・二絃琴(八雲琴)・大正琴
■箏のコト:柱(じ)を用いる
楽箏・箏(俗箏)(十三絃箏)・十七絃箏・二十絃箏・三十絃箏
日時: 2004年07月16日 11:22 | パーマリンク