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カルロス・クライバーの訃報に接して

指揮者・カルロス・クライバーが亡くなった。

クライバーの指揮は、残念ながら実演に接したことはなかった。10年ほど前のウィーンフィル、ニューイヤーコンサートなどいくつかの映像と録音で知るのみ。
わずかな映像体験の中で、強い印象を残しているのは、クライバーのバレリーナのごとき華麗な舞だ。指揮棒を振っているというよりは、まさに舞そのものの身のこなし。それまで、ウィーンフィルの演奏に接して、指揮者による劇的な違いを感じることはあまりなかったが、このクライバーだけは違っていた。オケは、完璧にクライバーの舞に乗せられ、躍らされていた。極めつけはJ・シュトラウスの「こうもり」序曲。それはまさに手品師がシルクハットから、次々とハトやハンカチを繰り出すさまそのものだった。今も目に焼きついて離れない。

クライバーはよく知られるように、公演のキャンセルも多かった。わかる気がする。気持ちが精神状態が乗っている時と、だめな時の差があまりにも極端なのだろう。乗った時のクライバーは手がつけられない。オケ、聴衆を軽々と手玉にし、奔放な天才的技の炸裂。一方、乗らない時は、聴衆が地獄からの使者としか見えなかったであろう精神状態にまで落ち込む。まさに天才と狂気の紙一重の世界に生きていた芸術家――とは僕の勝手な想像なのだが……。

クライバーの死去によって、報道は総じて、「巨匠」の不在を嘆く論評を掲げているようだ。しかし、クライバーを「巨匠」呼ばわりしてすましている評論家やメディアの気がしれない。なぜなら、クライバーは巨匠という称号を聞くたびに、冷笑し、こんなつぶやきを発していたとしか、思えてならないからだ。
「巨匠なんてつまらない称号を俺につけるな。それが俺をいらだたせるんだ。ほっといてくれ。巨匠なんて呼ばれようが呼ばれまいが、俺は気分が乗った時に振る。乗らない時はキャンセルする。ただそれだけのことだ」

クライバーさんのご冥福を心よりお祈りしたいと思います。

日時: 2004年07月20日 12:52 | パーマリンク