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静かに生き、静かに逝った亡き父の誕生日に思うこと

きょう3月3日は亡き父の誕生日だ。

健在であれば88歳の米寿を迎えるところだったが、昨年9月、その前に逝ってしまった。

男の平均寿命は超えているし、立派な大往生というべきだろう。

父は静かな人だった。

子どもに対して、声を荒らげるようなことは一度もなかった。

また、子どもに自分の考えを押し付けるようなこともなかったし、子が生き方を望めば、それを尊重し、後押しをしてくれた。

父には友人がほとんどいなかった。

年に一回、勤めていた職場のOB会に顔を出していた時期もあったが、父が友人の名前をあげるようなこともほとんどなかったように記憶する。

ただ、一つ、父がこだわって続けたことがあった。

日記をつけることだ。

1年間1冊の日記帳に、あったことを箇条書きのように記すのが父のスタイル。

感情を交えることはほとんどなかったようだ。

実家の本棚には50冊を超える父の日記帳が収められていて、それはまさに父の生きた証そのものと言っていい。

晩年の父が酒を飲んだ時の口癖は、「本当のことを言うとね」との前置きだった。

その言葉に慣れないころは、家族は何を言い出すんだろう、と身構えたりしたが、実際に聞いていくと、実はたいしたことではなかったりした。

それらは本当に言いたかったことだったのかは、もはや知るよしもない。

おそらくだけど、静かな生き方を貫いた父も、墓場にもっていった隠し事の一つや二つはあったに違いない。

人生とはそういうものだろうと思うし、それだからいいのだろうと思う。