日常,  未分類

理想の先輩の背中を追い続けることが自分の生き方か

大学のOBの集いに顔を出してきた。

会のホームページがリニューアルされ、これまで運営に尽力された大先輩を慰労しようというのが集いの主旨だった。

私はそのお手伝いを少々手伝うことができた。

実はかれこれ5年前、OB会に初めて参加した会合で偶然隣の席に座っておられた方がホームページを担当されていた先輩で、意気投合し、将来の運営を頼むと約束をいただいていたのだった。

それから、自分の体調不良などもあり、ホームページの引き継ぎがなかなかうまくいかない状態にあったが、昨年の総会出席の折、お手伝いを申し入れ 、新任の先輩の指導のもと、約半年をかけて、このほどリニューアルオープンしたという次第。

先輩は手をとって喜んでくださった。

私も時間がかかってしまったが、約束を果たすことができ、感無量の思いだった。

8名の参加者の平均年齢はおよそ75歳で、20ほど若い私が唯一の50代。

親子ほどの年の違いこそあれ、だからこそ、若手の私を暖かく歓迎していただく先輩方の懐の深さを感じた会だった。

なかでも、ひげじいのニックネームを持つ86歳の最長老の薀蓄、さりげない言動はまさに人生の年輪という言葉がしっくりくる。

自分もそういう年のとり方をしたいものだが、生来の後輩気質である私は過去を振り返っても、常に格好いい先輩にあこがれながら、理想の先輩にはなりきれずに齢を重ねてきたという気分がある。

人間には身の丈というものがある。

その生き方が自分そのものだから仕方がない。

席上、ホームページにはいくつかの注文がつけられた。

なるほど、指摘をされるとその通り、と思うもの、まあ、それはねと思うもの。

先輩が営々と築いてこられたホームページには質量ともにはるかに及ばないが、大切な会の顔を汚さぬよう、立派な守り手として責任を果たしたいと思っている。

リニューアルオープンした大学校友会のホームページ。大隈講堂の先端がかけているのはけしからんという注文がついてしまった。だれもが納得ということの難しさを実感する
リニューアルオープンした大学校友会のホームページ。大隈講堂の先端がかけているのはけしからんという注文がついてしまった。だれもが納得ということの難しさを実感する