矜持

タバコをポイ捨てするという行為は自己の尊厳を捨てること

きょうは真面目に人間の尊厳とは何かについて考えてみたい。

やや大上段過ぎるかもしれないけれど、大事なことだと思うので。

先日、ブログに、「タバコの吸い殻回収業者に感じた言い知れぬ美学」について書いたけれども、今回もタバコの話題について。

タバコはある人にとっては至高ともいうべき嗜好品だけれど、ある人にとっては、究極の迷惑品であるという点で、マナー問題で何かと話題に上がる代表格ともいえよう。

私のブログ記事で「私の禁煙法――タバコと生涯、仲良く付き合っていこう」が、統計をとって以来、 きょうの時点で3,476回も読まれ、単独の記事ではダントツのトップにあることがそれを物語っている。

タバコは、好むと好まざるにかかわらず、やはり社会の重要な関心事なのだ。

きょう取り上げたいのは、タバコのポイ捨てについて。

というのは、出勤途上、タイミングよく出くわす男性がいつも歩きタバコをしており、決まった側溝にポトリとタバコの吸い殻を捨てていくのだ。

きょうもその姿を目撃した。

その側溝を私が覗いてみると、もう何本もタバコの吸い殻が捨てられているようで、泥のように濁った水にタバコが死体のように浮いていた。

幸い、火は消えていたようで、煙こそ上がっていなかったが、側溝を汚すばかりか、火事にもつながりかねない危険な行為だ。

側溝は街の灰皿ではない。

勘違いしてもらっては困る。

かつて20年前、30年前に比べれば、こうしたポイ捨ても、だいぶ少なくはなったとは思う。

ひどい人間はクルマから、満杯の灰皿を道路にどっさりと投げ捨て、平気な顔で走り去るような信じがたい行為も横行していた。

しかし、きょうも見かけたように、まだまだ自らの人間性を否定するような行為を簡単に行ってしまう人間は後を絶たない。

残念なことだ。

タバコをポイ捨てするという行為は、自己の尊厳をポイ捨てすることにほかならない。

タバコを吸うという行為は、本来、精神を癒すため、高めるために存在するものだと私は思っている。

ならば、後始末まできちんとやってこそ、タバコの吸う人間の資格もあろうというものだろう。

とはいえ、その男性に注意できない自分もいる。

尊厳を保つということはいかにも難しいことだと痛感する。

タバコの元締め、JTもさまざまな形でマナーの向上や作法の在り方などについて発信している。でもまあ、できている人しか、こういうものって真剣に見ないんだよね
タバコの元締め、JTもさまざまな形でマナーの向上や作法の在り方などについて発信している。でもまあ、できている人しか、こういうものって真剣に見ないんだよね