矜持

タバコの向き合い方一つで人間性が透けてみえる

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嗜好品だからこそ心が重要

けさ、Facebookを何げなく眺めていると、知人の投稿によるタバコの吸い殻の写真が目に止まった。

側溝にポイ捨てをしようとしたタバコが溝に入らず、自然消火していたというものだった。

知人いわく、「近くの吹き溜まりの枯葉に転がったら、未必の故意による放火になりかねない」と。

全くその通りだと思う。

タバコの喫煙は、日本においてれっきと法律で認められている嗜好品だけれど、嗜好品であるからこそ、喫煙する人の心の持ちようが重要なはずだ。

もちろん、ほとんどの喫煙者はルールとマナーをしっかり守り、タバコを吸っていると思うのだが、ごくわずかではあるが、タバコを吸う資格を認められない輩が残念ながらいる。

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どす黒い汚水はポイ捨ての輩の心そのもの

その代表格が、知人も嘆いたポイ捨てという行為だろう。

私も朝の通勤時、アルキタバコをする男性を時折見かける。

男性が果たしてタバコをどう処理するか見届けようと、視線を集中させると、決まって側溝に吸い殻をポイ捨てする光景が見られる。

側溝をのぞくと、そこには水がたまっているので、煙などは立ち上がっていないものの、その男性と同種の輩のしわざであろう、ポイ捨てされた吸い殻が多数、どす黒い汚水に浮かんでいた。

吸い殻を捨てた輩の心そのものであると思った。

当たり前のことだが、側溝は灰皿ではない。

そんな常識以下の通念が働かない人間に、繰り返すがタバコという嗜好品をたしなむ資格はない。

その意味では、タバコの向き合い方を見れば、その人の人間性も透けてみえるような気がする。

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唯一の友だった浪人時代

かくいう私も、かつてはタバコの熱烈な愛好者だった。

結婚の条件に禁煙を突き付けられ、断行したものの、やはりなかなかすっぱりとはやめることができず、完全に吸わなくなるまで5年ほどかかったように記憶する。

在宅浪人していた大学受験中は、タバコ1本を吸う間に英語の単語を5個覚えるなどを課し、孤独を紛らわしていただけに、タバコはかけがえのない友のような存在でもあった。

本数こそ多くはないが、タバコに対する愛着はかなりのもので、学生時代から、パイプをくゆらせたり、セブンスターなどスタンダードな種類ではなく、チェリーや峰といった、当時でいうきわもの的タバコを吸って楽しんだものだった。

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教師が教室で喫煙していた牧歌的時代

峰で思い出すのが、中学2年生のころ、当時私はテニス部に所属していたのだが、顧問の先生の愛飲するタバコで、その先生から、「向かいの売店で峰を買ってきてくれ」と頼まれ、走った思い出。

教師が生徒にタバコを買いに走らせるなどという行為は、今となってはありえないし、発覚すればニュースものという気さえする。

ところが、そんなことさえ、当時は普通に行われ、生徒である私も、何ら違和感を感じなかったのだから面白い。

さらにさかのぼって、小学6年生のころ、教師が教室でタバコを吸っている時代さえあった。

もちろん、休み時間に限られたが、それでも堂々と、生徒がいる教室内で、おいしそうにくゆらせるのだ。

しかも、昼の掃除当番は、灰皿の吸い殻を処理し、きれいにする役目まで負っていた。

これも今では、即座にニュースに流され、学校は、名前はとネットが特定にかかり、拡散されるというのがオチであろう。

実に牧歌的で、ほほえましい時代だったと思わざるをえないが、その半面、やはり喫煙のマナーはひどいものだった。

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かつてのホームは吸い殻だらけ

街の至るところに吸い殻がポイ捨てされ、ひどいものは、クルマ内で出た吸い殻の山をどっさり捨てる輩も見受けられた。

鉄道のホームもしかり、電車が入る軌道の上には数センチほどの吸い殻の層ができているなどといったおぞましい光景もたびたび目にしたものだった。

そういう時代を思えば、日本の喫煙マナーは格段に向上したことは間違いない。

多くの人の努力の積み重ねによって、ポイ捨てをする人は徐々に徐々に減ってきたのだろうと思う。

とはいえ、100%なくなったわけではない。

3年半後の2020年には東京でオリンピックも開催される。

その意味においても、日本人の喫煙マナーは世界最高レベルだと評価されるためにも、ポイ捨ての根絶への努力はこれから続けられてしかるべきだろう。

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自己暗示という究極の禁煙法

最後に私自身の禁煙に関するエピソードを簡潔に。

タバコはやめたとはいえ、職場では隠れて吸っていた時期が続く中、正月に実家に帰省する際、1週間ほど全くタバコを吸えない期間が続いた時のこと。

体は震え、いらいらする禁断症状が、私を苦しめる。

そんな時、はっと気が付いたことがあった。

このイライラ感は、タバコを吸った時の五臓六腑にしみわたる感覚に似てやしないかと。

すると、すっとイライラ感はむしろ快感へと変わった。

つまり、思い込みであり、自己暗示という妄想の世界。

以来、私はタバコを1本も吸わずにいる。

だれにでも通用する禁煙法ではないが、どの方法もだめだったという方には、究極の禁煙法として、一度だまされたと思って試してみてほしい。

最近よく見かける喫煙スペース。そのおかげでポイ捨てはだいぶ減ってはいる
最近よく見かける喫煙スペース。そのおかげでポイ捨てはだいぶ減ってはいる

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