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年初の人出の少なさに思う人口減少社会の行く末

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豪華なおせちに舌鼓

きのうの元旦は朝からおせちをいただき、午後から初詣に出かけるという、極めて正月らしい一日となった。

今年のおせちは、例年よりワンラックアップしたとのことで、まさに舌鼓とはこのこと。

一昨年、私の両親が亡くなるまでは、必ず年末年始にかけて、実家に帰省し、新年を祝ったものだが、それもできなくなり、我が家での新年を迎えるという新たな習慣が出来上がりつつある。

ニュースでは帰省ラッシュ、Uターンラッシュの模様がいつものように報じられているが、「いよいよこの人たちの分類から外れることになったんだなぁ」という感慨深いものを覚えたりもする。

もうあと5、6年もすれば、我が家が実家となり、娘夫婦(相手もまだいない状態だが)を迎え入れる側になるのだなと思ったりもする。

年をとっていくはずだと実感する。

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初の出稽古透析

きょうは午後から透析があるのだが、妻の実家で新年会が開かれることから、臨時で実家近くの透析クリニックに行く予定となっている。

相撲でいうと、出稽古といったところか。

初のよそでの透析とあって、スムーズにいくのだろうかとやや不安もあるが、将来の旅行をする場合などの予行演習としての意義あるものになるだろうと思っている。

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多死時代の突入を実感

昨年末の買い出し、そして今年の初詣等を行ってみて、いつもと違う何かを感じたことを記しておきたい。

というのは、そのすべてにおいて、人出が少ないということ。

時間帯とか、気候のせいとか、さまざまな要因はあるのだろうが、それにしても例年に比べて人の数が少ない。

人の数が少ないことは、ストレスにはならず、悪くないし、むしろ喜ぶべきことなのだろうが、ただ異変のようなものは感じざるをえない。

単純に考えれば、人口減少社会の現れに違いない。

実際、私の両親も立て続けに逝ってしまった。

親戚の訃報も次々と届いた。

つまり、私らの親世代、80代の世代が一気に死を迎え、もしくは自由な外出を許さない状況になっているということか。

いわゆる多死時代に確実に突入していることの現れなのかもしれない。

それはそうだろう。

自分自身があと数年で定年を迎えようとしているのだし、老年時代のバトンパスが着実に行われているという意味合いでもあろう。

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人口50%減を象徴

きょうは夕方から妻の実家で新年会があるが、私と妻合わせて、親世代は唯一、妻の実母のみになり、実質的には妻の実家というより、姉の家という呼び方が正しい。

これまでは単なる世代交代で済んできたものが、これからは上の世代がごっそりいなくなる時代、とてつもない人口減少社会へとダイブしていくことになる。

その象徴的ともいえるのが、妻の3人の姉妹の子どもはきれいに一人ずつしかおらず、3世帯だけで見ても、人口は50%減となる。

これはわが家系にとどまらず、日本国中の傾向であることも統計から明確になっている。

多死時代とはいえ、確実に私たち世代はあと数十年は生き残り、それを支える若い世代は減る一方で、かつ収入の増加も人口ボーナスの時代に比して、見込むことはできない。

娘たち若い世代は本当に厳しい時代を経験せざるをえないと思うにつけ、申し訳ないと思うとともに、その不運について同情せざるをえない。

その意味では、先の国会で高齢者世代の年金を若い世代に回すという考え方は歓迎すべきことに違いない。

もちろん、現実問題として、年金が減るのは痛みを伴うことだが、その痛みを世代を超えて分かち合うということはあってしかるべきだ。

かつての日本のような繁栄を取り戻すことは不可能なのだろうが、経済は低迷しつつも、精神や心において豊かな生活を営むことは、決して不可能ではないと思いたい。

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バブル崩壊の深い傷

思い返せば、私たちがまさに経験したバブルの時代は、ある意味、浮かれた、またある意味、皮相な時代だったと思わざるをない。

恩恵を受けたことを思えば、悪いことばかりだったともいえない。

ただ、事実、バブル崩壊に伴う、失われた20年などいう言葉もあったように、刻みつけられた傷は決して浅いものではなかった。

そう思うにつけ、今の若者は経済的豊かさよりも、心の豊かさを無意識のうちに求める世代になりつつあるのではないかと感じる。

海外を見渡すに、日本よりよっぽど低いGDPでありながら、見るからに豊かそうな暮らしぶりを感じさせてくれる国はたくさんある。

もちろん、そこで暮らしたわけでもないので、テレビ番組によるそれこそ表面的な印象に過ぎないが、そうであっても、十分伝わる何かはあるもの。

日本は最終的に5000万人ほどに減るという試算もあり、半減することになるが、私はあまり悲観していない。

というのは、明治以前、人間が人間らしく生きていた時代を取り戻すための必然的なりゆきのなのだろうと思えてならないゆえに。

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例年にない豪華なおせち。迷い箸にさんざん悩まされた
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