人間観察

通勤途上で見かける印象深い人々(9)必死の形相と態勢で傘に手を伸ばす女性

久しぶりに、印象的な人々シリーズを。

病気再発以前はよく書いていたものが、さすがに病気と治療に入り、のんきなことも書いていられないという状況からようやく脱することができて、心のゆとりができたということかも。

このシリーズは私の趣味である人間観察の道場のようなものなので、やはり疼くように時折、書きたくなる。

他人にとってはどうでもいいよ、という内容のものばかりだけれど。

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その一、山手線内での出来事。

その日は台風一過だったので、傘を手にしている人が少なからずいた。

高田馬場駅で、発車のチャイムが鳴り終わろうとしている矢先に、必死の形相で乗り込んできた女性(30代半ばくらい)がおもむろに、手すりにかけられた傘に手を伸ばし、外そうとした。

ところが、その傘、不運なことに、女性が外そうとした方向とは逆手で引っ掛けられていたので、容易には外れない。

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その真理に気づいた女性、逆から手を回し、さらに必死で外しにかかる。

その間、女性の体は、ドアから半身を外側に乗り出し、ホームに足をかけた態勢だった。

なぜなのかは、すぐ理解できた。

ドアを閉めないでという車掌への無言のアピールだ。

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必死の形相、必死の半身の態勢が続くこと数十秒で、傘はようやく外れ、脱兎のごとく、振り向きざまに駆けて去った。

ふうといった音さえ聞こえた気がした。

その一部始終を目撃していたイケメンの2人は、「すごかったな、よくあそこまで必死になれるもんだよな。俺だったら、あきらめちゃうね。そんなに高い傘だっただったのかなぁ」と呟きを交わしていた。

私の気持ちを見事に代弁してくれたイケメンたちに、不思議な感謝の思いがこみ上げてきた。

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さて、自分だったら、あのシチュエーションでどういう行動に出ただろうか。

まず、電車に涼しい顔をして乗り込む。

そして周囲の様子をうかがいつつ、次の新大久保駅を降りるふりをして、傘に手をかけて外す。

そして何ごともなかったかのように新大久保駅で下車し、高田馬場にリターンする。

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まあ、ざっとこんな具合だろう。

よっぽど、その女性には時間の余裕がなく、私が考えうる演技をする余地はなかったのかもしれない。

自分にとっても時間的に切羽詰まった状況だったとしても、イケメンが言うように傘をあきらめるか、新大久保駅から引き返すからの二択だと思う。

いいか、この私をドアで挟んでみろとばかりの半身の態勢を、周囲数十人とはいえ、目撃されることは、自分の中ではありえないし、人生最悪レベルと汚点になると見なす。

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そう、だから、私はかけ忘れのリスクが高い長傘にせず、紛失やかけ忘れの恐れがほとんどない折り畳み傘を持ち歩く。

あの女性にも、折り畳みがいいですよとお勧めしたいところだが、余計なお世話なんだろう。

半身アピールをしたとしても、傘と時間を守りたい女性にとっては、私の考え方はおよそ受け入れらないだろうから。

あまりにも強烈なエピソードだったので、今回はこれでおしまい。

それにしても衝撃的光景だった。