人間観察

通勤途上で見かける印象深い人々(16)スペース譲りの善意があだになってしまった

電車に乗るということは、限られた四角い箱のスペースを他人と共有するということでもある。

空いている時は自由なスペース確保も可能な一方、朝夕のラッシュアワーともなると、その制約はなかなか厳しいものになる。

今は時差出勤が可能になったので、押すな押すなの場面に遭遇することはほとんどないが、人身事故等でダイヤが乱れた場合などは、否応なしにスペースが限られた状況へと追い込まれることも多々ある。

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ある日のこと、透析を終えていつものように帰ろうとホームに立つが、アナウンスから「人身事故の影響で多少の遅れが見込まれます」との癖の強い声が聞こえた。

「これはいつもよりある程度の混雑は覚悟しないとな」と思いつつ、乗り込むと案の定、車内はいつもより3割増しで、掻き分け掻き分け、ようやく優先席前のつり革を確保することができた。

右足の甲が炎症を起こしている私としては、電車の揺れには自力で耐えることができないので、つり革もしくは手すりがマストなので、ありつける場所を探して、「すみません、すみません」と奥に入ることが多い。

ここは背に腹は代えられないので。

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つり革に何とかありついたものの、前に座る人たちの足がやや前に突き出している。

だからその分、自分の足も中央寄りにならざるをえない。

まあ、それはそれで仕方ないだろうと思い、そのままでいた。

ところが、2駅目で到着した時、ちょっとした事件が起こった。

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優先席に座っていた老夫婦が、降りるために立ち上がり、私の背後を移動し始めた。

その様子は自分もわかっていたので、スペースを作ろうと、つり革につかまって、思い切り前方に体を傾けた。

本来なら、足も前にしてよりスペースを空けたいところだが、座っている人たちの足が前にせり出しているので、難しい。

仕方なく、体勢のみを前方に傾けた。

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先導していたおじいさんが私のかかとにつまずき、よろめいたのだった。

すぐに体勢を立て直し、転倒するような事態にならずによかったが、そのお年寄りは、とてつもない強い形相で私を睨んでいた。

おそらく、私が故意に足をひっかけたと思ったのだろう。

続いて降りていく奥さんと思しきおばあさんにも3秒くらい睨まれた。

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「わざとではありませんよ、前に足があったので、動かすことができなかったんです」という言い訳は通じるわけもなく。

あえて体勢を傾けてスペースを作ろうとしたことが、あだになってしまったようだ。

このことを妻に話すと、「いいんだよ、そんなことしなくて。下手なことするからそういうことになる」と。

確かにあのおじいさんが転んだりしたら、ただ事では済まなかった。

つまらない善意はやめることにしよう。