矜持

右手の筋を痛めて思う。愛された横綱、稀勢の里を襲った矛盾と理不尽

朝起きると、右手の付け根に違和感が。

少し重さのあるものを持とうとすると、ぐきりと痛む。

筋を痛めてしまったようだ。

原因はなんだろうと思い当たる節を探ってみると。

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ここのところ、頑張っている筋トレが最大の要因だろう。

この前も書いたように、下肢の筋肉の衰えもさることながら、上腕の筋力の低下が特に著しい。

これまでは軽く持ち上げることができていた血圧計が重くて片手だときつい。

これは危険信号だと強く感じた。

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今年春にクリニックで測った握力は25キロだった。

その後、調べてないのでなんとも言えないが、おそらく20キロを切るくらいまで落ちているかもしれない。

先日、テレビで見たニューハーフの女性(元男性)は64歳で「握力が15キロしかないの」と嘆いていたが、おそらくいい勝負だろうと思う。

とてつもないという表現がぴったりくるほどの急速な体力低下を実感する日々だ。

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それにしても、筋を少し痛めただけでも、日常の動作に支障をきたすということを、こういう機会に実感する。

普段、普通にできていることが、痛みでできない、もしくはセーブされる。

これまでも何度も同様の経験はしてきたが、不調をきたすと、調子のいい時のありがたさを身にしみて感じることができる。

感謝の念がわいてくる。

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相撲の稀勢の里が不振を理由に引退してしまったが、彼を追い込んだのも怪我だった。

怪我さえしていなければ、まだまだやれただろうし、後世に語り継がれるような大横綱になっていただろうことは間違いない。

一般人である私でさえ、筋を痛めたごときで辛い思いをするのだから、日本中が注目する立場にあって、しかも熾烈な勝負の世界に身を置きつつ、怪我と向き合い、闘っていかなければならなかった稀勢の里の心情を思うに泣ける思いがする。

記者会見で怪我のことを聞かれた稀勢の里は無言で涙を流したが、それがすべてを物語っているだろう。

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確かに記録としては不名誉な横綱としての引退には、悔いなしと言いながら、悔いはありまくりだろうと思う。

一方で、ここまでファンのみならず、多くの日本国民が愛し、無条件に応援を送った横綱も珍しいのではないか。

それは怪我を押しての逆転優勝が象徴的とも思えるが、同時に引退を早める因をつくったと思うと、やるせない思いが募る。

人生にはなぜここまで矛盾と理不尽が満ちているのだろう。

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<きょうの一枚>

モーツァルト:ディベルティメントK563
演奏:ギドン・クレーメル、ヨーヨー・マほか
JAN:4988009213354

取り立てて有名ではない曲だが、クレーメル、ヨーヨー・マらによる軽妙洒脱な掛け合いの演奏が素晴らしい。特に第1と6楽章を聴くと、無条件に幸福な気分になることができる。気分が落ち込んだ時にお勧め。