おもひでぽろぽろ

東京タワー特別展望台に上れず意気消沈【大井町三丁目のおもひでぽろぽろ12】

たまには大井町を離れて、お出かけの話題に触れることにしたい。
 
昔は、というとあまりざっくりとすぎるので、いわゆる高度経済成長期というものは、老若男女、貧富の違いを超えて、「一億総~」という流行ものがあった。
 
その一つに、日曜祝日における家族でのお出かけというものがあった。
 
我が家もご多聞に漏れず、ほぼ毎日曜、祝日において、どこかに出かけていたという記憶がある。
 
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その一つに、東京タワーがあった。
 
1958年に完成しているので、私が行ったのは5歳ころとして、開業から既に8年ほどは経っていたころと思われる。
 
この時、覚えていることは二つある。
 
一つは2段あるうちの下の展望台にしか上ることができなかったこと。
 
もう一つは何らかのテレビ番組を観覧したこと。
 
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東京タワーにはご存知の通り、地上120メートルにある大展望台と地上223メートルにある特別展望台がある。
 
家族とともに意気揚々とタワーに到着し、下段の大展望台にまでたどり着いたまではよかった。
 
しかし、最も楽しみにしていた特別展望台に上がることができなかった。
 
もちろん、下の展望台でも、それまでに体験したことのない高さなので喜んだのは間違いないのだが、上段に行くことができなかったという悔しさで、その感動も吹き飛んでしまった格好だ。
 
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なぜ、特別展望台に上がることができなかったのかは先導役の父がもう亡くなってしまっているので、知りようがないが、一つは料金が高かったからという理由、もう一つは特別展望台がまだ開業していなかったからという理由のどちらかだと思う。
 
特別展望台が一般公開されたのは1967年7月らしいから、私が6歳のころ。
 
とても微妙なタイミングだった。
 
ぎりぎり上ることができたのか、できなかったのか。
 
以来、特別展望台には一度も上ったことはない。
 
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もう一つの思い出であるタワーの下にあるスタジオでの番組観覧は、希望者を募っていたので、列に並んでみた。
 
父と二人で並んでいると、人数を数えていたスタッフが、「はい、ここまでの方、入場してください」と手を差し出したのは、何と私と父の間だった。
 
つまり、私は観覧できて、父は落選ということになった。
 
父は外でモニターを見ていたらしいが、おかっぱ頭の私が時折、写っていたらしい。
 
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ああ、もう一つ、思い出したことがあった。
 
タワーの下にやはりあった蝋人形館だ。
 
よく覚えているのはビートルズの4人の蝋人形だ。
 
そう思うにつけ、人気絶頂にあって、もう蝋人形が作られるビートルズとは桁外れのアイドルだったことをつくづく思わさせる。
 
ちなみに2013年に閉館になってしまったとのこと。
 
あのビートルズの人形たちはどこへ行ってしまったのだろう。