おもひでぽろぽろ

パン、醤油、豆腐、おでんの買い出しが私の任務【大井町三丁目のおもひでぽろぽろ15】

「初めてのお使い」などというテレビ番組が成立してしまうほど、判断も行動のおぼつかない小さな子どもに一人でお使いをさせることはまずないと思う。
 
しかし、昔はそれが当たり前どころか、試練だの、成長のためだのという小賢しい目的ではなく、純粋に役割としてのお使いというものが根付いていた。
 
私がよく買いに行かされたのは、パン、醤油、豆腐、そしておでんというところだろうか。
 
パンと醤油は100メートルほど離れた商店街で、豆腐とおでんは屋台が来た時だった。
 
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パンは昔ながらの食パンで、我が家の朝食はなぜかパン食だった。
 
農家育ちの両親が朝食だけにせよ、毎朝パンにしていたのはなぜだろう。
 
そういえば、昔はご飯を保存するという方法がなかった。
 
冷蔵庫はあったかなかったかの記憶さえ危うい。
 
だから忙しい朝は手軽にさっと焼いて食べることができるパンになったのだろうと合点してみた。
 
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醤油は一升瓶に注いでもらったものをかごに入れてもって帰るわけだが、これを6歳児が果たして落とさずに持ち帰ることができたかどうかはやや記憶が不鮮明だ。
 
もしかしたら、親と一緒の時の買い物が、一人でいったという記憶に混ざってしまっているのかもしれない。
 
でも、確かにあの2キロにもなる醤油瓶を抱えた時の重みが残っているような気がする。
 
そういえば、醤油を売っていたのは米屋で、そこで飲むプラッシーのおいしかったこと。
 
これがお使いのご褒美だったと思う。
 
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「と~ふ~」とあのラッパの音色に誘われて、鍋をもって道路まで駆けていく。
 
豆腐屋は自転車に積んだ箱をかぱっと開けて素手を突っ込んで、豆腐を鍋に移す。
 
その手でお金をやりとりするわけだから、今から思うと衛生的にはかなり厳しい売り方だった。
 
でもそれが普通だった時代だった。
 
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私が最もテンションの高くなる買い物はおでん屋が屋台で回ってきた時だった。
 
幼児が気の利いた具材を選べるはずもないので、きっとメモか何かを渡されて、おでん屋のおやじに託したものと思われる。
 
持ち帰る際、とにかく慎重に、飛び石に足をとられないように、転んだら一生の終わりくらいの感覚で歩いたものだった。
 
自分の失敗であのおいしいおでんを不意にしてなるものかという責任感が働いていたに違いない。
 
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振り返ると、昔の大人はとにかく子どもにいろいろなことをさせていたように思う。
 
それが教育的観点とかそういう小難しい論理ということではなく、おそらく普通のことだったのだろう。
 
今はなるべく子どもに何もさせず、勉強だけしておればよいという時代にいつしかなってしまった。
 
どれもこれも時流ということなのだろう。