おもひでぽろぽろ

高橋堂で味わった人生どん底の経験【大井町三丁目のおもひでぽろぽろ16】

あずま荘に入る路地の右手に高橋堂という文房具屋兼駄菓子屋があった。
 
道路を挟んだ店の向かいに山中小学校があったからで、放課後の児童たちを当て込んだ店だった。
 
実際、授業が終わり、下校時間にもなると、さほど広くない高橋堂の中は子どもたちでひしめき合っていた。
 
だからそれなりにもうかっていたんだろうと思う。
 
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私は高橋堂のほぼ隣に住んでいるとあって、ホームさながらに行き来していた。
 
右半分が文具スペース、左半分が駄菓子屋スペースという作りになっていたが、学校に上がる前の私が入り浸るのは当然ながら駄菓子屋コーナーだった。
 
小遣いもろくにもらえないころだったので、ほとんど何も買わずに帰ることがほとんどだった。
 
だからたまに飴を買ったりすると、「お、よっちゃん、きょうは買うんだね」と店主に皮肉っぽく言われることもあった。
 
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高橋堂にはあまりにも出入りが頻繁だったため、二人いたほぼ同年代の娘とも昵懇の仲になっていたという記憶もある。
 
とはいえ、二人の娘との濃い思い出はさほど残っていないところを思うと、単なる遊び相手だったということなのだろう。
 
こんなことがあった。
 
幼稚園の運動会で3位以内に入ったら、サンダーバード2号の模型を買ってあげるという親の約束だった。
 
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当時、サンダーバードにはまっていた私はどうしても全号の模型をそろえたくて、テンション高く運動会に臨んだ。
 
結果は2位、親に向かってVサインをしてゴールをしたという記憶がある。
 
600円という大金を親から受け取って、夢中になって高橋堂へ。
 
「サンダーバード2号ください」と私の掌を開くと、100円玉が5枚しか乗っていない。
 
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「途中のどこかで落としたんじゃないか。探しておいで」と店主に促され。
 
とてつもなく焦った思いで、私道の路地を探すが、ない。
 
暗くなるまで探すも結局見つからなかった。
 
この時ばかりは両親もなくしたのは自己責任と取り合わず、探すのを手伝ってもくれなかった。
 
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結局、100円玉は見つからずじまいに終わった。
 
人生にはこんなドン底を味わうことがあるものなのだと、泣くしかできなかった。
 
その後、サンダーバードは2号を除く4体を集めることはできたが、最後まで2号はそろわなかった。
 
だからサンダーバード2号を見るたびに、失われた100円のことが思い出される。