おもひでぽろぽろ

御曹司がシャウトした「レディ・マドンナ」【大井町三丁目のおもひでぽろぽろ17】

母は田中産婦人科医院を辞めた後も仕事を続けていた。
 
ちなみに母はその後も働くことをやめず、父が定年になるくらいまでは何らかしらの仕事をしていた。
 
基本的に働き者の体質だったようだ。
 
おかげで我が家の家計もだいぶ助けられたことだろう。
 
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田中医院を辞めた後は、医院からほど近い町工場に勤めていた。
 
6歳まで幼稚園に行かなかった私を家に置いておくわけにもできなかったのか、日中はこの工場で過ごした記憶がある。
 
ただ、この工場で何を作られていたのかまでは分からない。
 
何台かの工作機械がけたたましい音を立てながら動いていた。
 
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ただ、私もさすがに奇妙な動きをする機械を眺めていても飽きたのか、工場に隣接する社長宅に出入りさせてもらうようにもなっていた。
 
家内制手工業の典型のような工場だったので、皆が働いているので家にはだれもいなかったことが多かったが、ごくたまに大学生の息子が奥から眠そうに起きてくる姿に遭遇することがあった。
 
私はその息子のことを御曹司と呼んでいた。
 
まさか6歳の子が自発的にこの言葉を使うとも思えないので、従業員がそう呼ぶのを聞いたのだろう。
 
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御曹司の部屋にも出入りを許されるようになると、部屋の真ん中にはドラムセットが鎮座ましましていた。
 
御曹司は得意げにドラムに向き合うと、幼児には上手いか下手かちっともわからないフレーズをどかどかと叩いていた。
 
ただ、彼がうなりを上げながら叩いていた曲で唯一覚えているものがある。
 
ビートルズの「レディ・マドンナ」がそれだ。
 
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レコードをかけながら、これに合わせて御曹司が叫び叩く。
 
この時が私にとってのビートルズ初体験だったと思う。
 
この時、1967年ごろだから、まさにビートルズブームが日本を席捲していたころと思われる。
 
だから中学生の時、改めて「レディ・マドンナ」を耳にした時、飛び上がって、「あの御曹司の曲だ!」と叫んだことを思い出す。
 
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そう思うにつけ、あの御曹司は音楽の才能が開花して、ミュージシャンになったのか、それとも親の町工場を継いだのかは今になってはわからない。
 
とはいえ、私がその後、ぐいぐいと音を立てるように音楽好きになっていたことに影響をもたらしたことは間違いないだろうと思う。
 
ただ、私が小学校1年生の時に初めて買ったレコードはビートルズではなく、ザ・タイガースだった。
 
名前も思い出せない工場だったので、今でもあるかストリートビューであった辺りを見てみた。
 
残念ながらすべて民家になっていて、それらしき工場は見当たらなかった。