おもひでぽろぽろ

寡黙と無欲の87年の生涯を貫いた父という存在【大井町三丁目のおもひでぽろぽろ18】

4年前に87歳という大往生で亡くなった父はとにかく寡黙な人だった。
 
知る人にしかわからない話題で恐縮だが、テレビドラマ「阿修羅のごとく」で父役を演じた佐分利信さんに近いイメージ。
 
口下手を絵に描いたような人間で、だから人見知りも強かったように思う。
 
集団就職で新潟の農家から上京し、手っ取り早く稼げるからと大型の自動車免許を取得し、以来、ダンプカー、路線バス、ハイヤーと乗るクルマの種類は変われど、運転一筋に生きた生涯だったように思う。
 
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クルマの運転を生業とする職業は、とかく時間帯が不規則になる。
 
まだ夜が明ける前から出ていくことはざらにあり、泊まりの仕事も多かった。
 
だからかなのか、家庭に父不在の時間が長かったからか、子ども心ながらに父とはやや距離を感じていた節がある。
 
加えて口下手の父とあって、全幅の信頼で胸に飛び込むような機会もそうなかったように思うのだ。
 
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そんな寡黙な父が時折、周囲を凍り付かせるような発言をし出すことがあった。
 
それはたいがい、酔った時に発せられるものだった。
 
「これまで黙っていたことがある。本当のことを言うとね……」という、かなり重大な決意のもと語られる言葉だった。
 
固唾を飲んで家族が聞いていると、その「本当のことを言うとね」との中身が一向に明かされることはない。
 
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そんなことが数回繰り返されたため、家族も、「また始まった」と受け流すようになっていくが、その中でも父が言いたかったことはこれかと思う内容が語られたことがあった。
 
「田舎の農家を継ぎたかった。農業をしたかった」というものだ。
 
父は農家の三男で、長男は出征で千葉の館山へ。
 
二男は本家に預けられていたため、そのままいけば父が継ぐはずだった。
 
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ところが何の事情か分からないが、本家から二男がある日戻ってきたのだという。
 
家督を継ぐ者がいる以上、そこにとどまることができず、父は泣く泣く東京に出てきたのだという。
 
兄弟の暮らしをほとんどしたことがなかった長男、二男に対しては父は常に平身低頭だった。
 
農家を継ぎたかったという気持ちの現れだろうか、父は庭いじり、土いじりが大好きだった。
 
我孫子の50坪に飽き足らず、茨城に2軒の菜園専用の土地を買ってはせっせと通って収穫物を持ち帰っていた。
 
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職場の友人以外はほとんど人との交流のなかった父だが、人以上に土や作物こそが父にとっての友人であり、対話の友だったのかもしれない。
 
ということで、今回は大井町シリーズというより、父の追憶コーナーとなった。
 
父は無口だけでなく無欲の人でもあった。
 
そう思うと私は何かにつけて欲望の塊だと痛感する。
 
DNAを引き継いだはずなのに、なぜだろう。