おもひでぽろぽろ

大井町にぽつねんと阪急デパートがあったのはなぜか【大井町三丁目のおもひでぽろぽろ33】

大井町の駅前には阪急デパートがあった。
 
今もあるようだが、当時とは様変わりして、ホテルやお風呂の施設などになっていて、デパート的要素は食品売り場だけに限定されてしまっているようだ。
 
まさに時代の流れというものを感じる。
 
ただ、逆に言えばよく阪急がここに残っているのも驚きだ。
 
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というのも、阪急といえば、言うまでもなく大阪を中心とした商業施設であって、なぜ東京の大井町にピンポイントに出店したのだろうか。
 
私が幼いころは、阪急デパートは東京の至るところにあるものだと思いこんでいた節があるので、「阪急は大井町にしかないんだよ」という事実を知らされた時の衝撃は今も残っている。
 
そごうやら三越やらの老舗が次々と撤退を余儀なくされるところに、業態は変化させてきたとはいえ、大井町の存続にこだわり続けた阪急首脳陣の見解を聞きたいところだ。
 
それにしても、品川でなく、なぜ大井町なのだろう。
 
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昔話が出てこないまま、半分も使ってしまった。
 
私が通い、遊び場にしていた阪急デパートのうち、最も印象に残っているのが、1階食品売り場だった。
 
試食コーナーが豊富で、一品ずつ食べ歩くだけで、結構、腹にしっかりたまったという記憶がある。
 
しかも、子ども一人だから邪険にするということは全くなく、親切丁寧に試食品を手渡してくれたものだった。
 
そう思うと、この売り場だけが残り続けているという意味も理解できるような気がする。
 
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上階に移ると、やはり定番、おもちゃ売り場にいる時間も長かった。
 
当然ながら買うことなど滅多にできないので、まさに遊び場代わりに使わせてもらっていたように思う。
 
おそらく当時のおもちゃ売り場は私のような子どもばかりのたまり場だったに違いない。
 
今の子どもたちはおもちゃ売り場よりも、ゲームセンターなのだろうな、きっと。
 
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7階か8階あったデパートの屋上には昔ながらのミニ遊園地もあった。
 
小さな動物園のようなものもあったことを覚えている。
 
私はたいがいは一人だったので、お金をもたされていないので、空いている動かない遊具に乗るのがせいぜいだった。
 
それでそれなりの満足を覚えていたのだから、便利なものだ。
 
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阪急デパートといえば7年か8年ほど前に、デパートと駅の間にある信号のある横断歩道を赤信号で渡った親子をお年寄りが注意したところ、父親が逆上して殴り殺してしまったという凄惨な事件があった。
 
子どもの前で恥をかかされたという感情が、暴力という行為に走らせたとはいえ、子どもの前だからこそ、「申し訳ありませんでした」と自分を抑えることができなかったのだろうか。
 
親が人殺しをした光景を子は一生抱えて生きていかなければならない。
 
わずかな感情で人生を棒に振ることの教訓をいつもこの事件を思い出すたびに自らに戒めている。