おもひでぽろぽろ

戸越公園の桜、平和島の射撃ゲーム【大井町三丁目のおもひでぽろぽろ34】

東京の今年の桜は既に散ってしまった。
 
私はじっくりと花見をすることまではできなかったまでも、病院に向かう途中の新小金井街道沿いの見事な桜並木をクルマの運転をしながらも堪能することができた。
 
自分の場合、わざわざ出かけてというより、何かの折に視界に入る桜をめでる方が好きだ。
 
それでも桜は十分喜んでくれるはずだから。
 
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大井町にいたころはどんなふうに桜をたしなんでいたのだろうと記憶をたどると、おそらく家族総出で戸越公園の桜を見にいったという記憶がよみがえってきた。
 
普段はほとんど乗ることのなかった東急大井町線を使って、二駅、戸越公園駅がある。
 
昔の記憶ではただの公園というより、池や築山がたくさんある庭園の趣を感じていたので、調べてみるとやはり細川家の下屋敷の庭園だったとのこと。
 
なるほど、子どもながらにも入り組んだ造りが素晴らしいなと思ったのにはそういう由来があったわけだ。
 
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ここには家族のほか、まだ学生時代だった叔父がよく連れてきてくれた場所でもあった。
 
凛々しい学生服、学生帽姿で私と写っている写真が今も残っている。
 
桜並木沿いには赤と白で染められた提灯がずらりとぶらさげられていたことも印象に残っている。
 
昔はライトアップのような気の利いた演出などはなかったから提灯だったのだろうが、桜と提灯という組み合わせに子どもながらにも耽美の世界を感じたのは後付けの感覚だろうか。
 
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戸越公園のほかにも、青物横丁へ買い物に行ったり、年に一度のレジャーを楽しむためにと平和島にも足を延ばしたことも覚えている。
 
特に平和島には当時、レジャー施設があったため、夏場はプールで涼を求めに行くこともあった。
 
父は泳ぎが得意で、特に顔を上げての平泳ぎとのしは見事だった。
 
私は結局、最後までろくに泳ぐことはできなかったが、この父がやっていたのしだけは見様見真似でできるようになった。
 
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あと平和島での思い出として、施設内にあった射撃ゲームがあった。
 
これがなぜか私は得意としていて、毎回ほぼ満点を出していて、周囲の大人たちを驚かせていた。
 
何をしても不器用の極みの私としては、この時ばかりはやや鼻高々だった。
 
あくまでゲームだから、射撃の才能があったとはとても思えないのだが。
 
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射撃というマイナーなスポーツであるゆえ、その後の人生において、この種目にかすることは一度もなかった。
 
その代わりといってはなんだが、冬季五輪で行われるバイアスロンを観戦するのが好きになった。
 
スキーで走ってきたかと思うとおもむろに寝そべって、標的を打つ競技だが、これがなぜか面白くて仕方なかった。
 
平和島での爽快感を疑似体験できたからかもしれない。