おもひでぽろぽろ

横浜中華街でとった父の英断は正しかった【大井町三丁目のおもひでぽろぽろ35】

今回は私たち家族にとってちょっと悲しい経験をした思い出を振り返りたい。
 
それは家族4人で横浜中華街を訪れた時のことだった。
 
昔は今どきのようなガイドブックもないし、当然ネットなどもない時代なので、両親としては行き当たりばったりの店に入るつもりだったらしい。
 
中華街は初めてとあって、散々迷った挙句、ここでいいと高級そうなお店に入ったらしい。
 
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うやうやしく通された丸テーブルで出されたメニューを見て、両親は仰天したという。
 
品書きのすべてが完全な予算オーバーで見たこともない額がズラリと並んでいた。
 
青くなった父は、母に「どうする。そんなにお金ないよ」。
 
母も、「これじゃあ一品くらいしか頼めないじゃない」。
 
そんな問答が10分ほど繰り返された。
 
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父は意を決したように、「出よう」と。
 
私たちはうつむきながら、父につき従うしかできなかった。
 
両親は年に一度は銀座スエヒロで食事をすることには慣れていたが、それも弟が勤めているからという安心感のもとのゆえだった。
 
それが今回は何のつても情報もないままに飛び込んだ店があまりにも分不相応な高級店だったということだ。
 
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すごすごと店を出た私たち4人家族は、なるべく汚そうな店を探して、テーブルが丸くなく四角いことを確認して入ったという記憶がある。
 
それでも、すごくおいしかったことは間違いない。
 
恥ずかしい思いはしたものの、変な見栄を張って、大変な事態にならずに済んだ父の決断をたたえたい。
 
この時ばかりは父が偉大に見えた。
 
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私自身も以来、中華料理屋にはややトラウマを感じるようになった気がして、長年避けてきたという気がする
 
今は市内にあるやや高級中華店に月一度ほどのペースで通っているが、その都度、あのこそばゆいような記憶がよみがえる。
 
果たして両親はそのことを覚えていたのだろうか。
 
聞く前に二人とも亡くなってしまった。
 
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ちなみに今の私たち家族が横浜中華街を訪れた時に必ず寄るのも、テーブルが丸くない、庶民的なお店だ。
 
「馬さんの店」といい、香港出身の看板店主が切り盛りする地元に愛される中華料理屋だ。
 
娘さんが優秀で博士号を取得して、どこかの大学で教えていることとか、働いていたお孫さんたちも優秀で、有名大学に通っているなどの話を聞くこともできた。
 
こういう気さくさも、高級丸テーブル店にはないよさだと思う。