おもひでぽろぽろ

我孫子に土地と家を300万円で購入【大井町三丁目のおもひでぽろぽろ36】

私が幼稚園に上がったころから、父はいよいよ4畳半一間を脱出する計画を立てていたようだ。
 
休みのたびに、土地を見て回っては引っ越し先を物色していったらしい。
 
後に聞いた父の話によると、候補は2か所あり、一つは湘南の藤沢、もう一つは千葉の我孫子に絞られた。
 
結果的に我孫子に落ち着いた。
 
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理由は単純で、地価が安かったから。
 
我孫子は土地建物付きで300万円、藤沢は倍の600万円ほどだった。
 
ざっくり言って、おそらく当時の給与水準が現在の10分の1程度だったことを考えると、我孫子の選択は賢明だったと思う。
 
藤沢市民の皆さんには申し訳ないが、ブランドイメージの一方、住みづらい土地と自身も後に感じるようになるので。
 
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往々にして「住みたい街」というイメージはいい加減で、観光気分で訪れた場所を、「ああ、ここに住みたいなあ」などと浮ついた気分で決まっていくものであって、そこには生活に根付いた根拠はまるでない。
 
実際、住んでみて、「こんなはずじゃなかった」と泣きを見るという話は嫌というほど聞く。
 
その意味では、表面的なブランドに押し流されなかった父の判断は正しかった。
 
いや、単にお金がなかっただけか。
 
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仮に藤沢に移り住んだとしても、中居君のような気のいい友達もできただろうが、我孫子に住んだおかげで、宝のような友人を数多く得ることができた。
 
この点においても、父の決断をたたえたい。
 
家を大工さんに建ててもらうこと以外は父はほぼすべてを自力でやってしまったようだ。
 
物置小屋の建設から始まり、庭木の植栽、庭石の購入やら設置に1年以上、こまめに通っては整備していった。
 
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そう、だから棟上げ式の時の父のうれしそうな表情を今も忘れられない。
 
大工さんに一人ひとり深々と頭を下げ、「よろしくお願いします」を繰り返していた。
 
まさに一国一城の主となる父の感慨はひとしおだったに違いない。
 
引っ越して最初の正月に撮った家族写真に、その誇らしげな笑顔が今も残されている。
 
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何度も繰り返すようで申し訳ないし、藤沢にはごく親しい友人が住んでいるのでこんな物言いは失礼の極みだとは思うが、つくづく湘南に移り住まなくてよかったと思う。
 
神奈川県は海岸線まで山間が迫っているので、道路も鉄道も狭い土地にひしめき合うように輻輳している。
 
時折、湘南方面に出かけたことがあるが、その渋滞のひどさにうんざりしたものだった。
 
その点においても、我孫子でよかったと思うきょうこのごろだ。