インド紀行

智美さん、突然の”改心”【インド紀行30】

智美さんは日焼けを防ぐため、帽子を顔に乗せて眠っていた。表情は分からなかったが、やはり朝方の失敗のダメージが尾を引いていることは明らかだった。

 
私は声をかけるべきかどうか迷った。私はSさんのような如才はないし、ましてや女性を慰めるような言葉を全く持ち合わせていなかった。
 
しかし、彼女は私の存在に気づいているかもしれない。不審に思われないためには、存在証明をする必要はあると感じた。
 
「智美さん、……です。こんないい場所があったんですね。さっき、アポロンに教えてもらったんですよ。空がよく見えるよって」
 
智美さん、ああ、……さん、と帽子をとり、まぶしそうにしながら、体を起こし、「けさはすみませんでした」と頭を下げた。
 
「いいえ、こういう時はお互い様ですよ。帰りたい気持ち、よく分かりますよ。あしたも行きましょう、飛行場」
 
すると智美さんは首を横に振って、「もういいです。成り行きで構いません。しばらくここにいることにしました」と話す。
 
予想外だった。何の心境の変化なのだろう。あのかたくなとさえ思われた私たちに対する態度も、落ち着き、柔らかい感じに変わっていた。
 
「ご迷惑をおかけしてごめんなさいね」と私に向かって言うでもなく、つぶやくと、また帽子を顔に被って寝転んでしまった。
 
相変わらず取り付く島がないなと思いつつ、私はとりあえず、智美さんの心境の変化を喜んだ。つらく苦しいインドの思い出だけ持ち帰るのでは、あまりにも悲しいからだ。
 
私は智美さんのいるチェアから一番離れたところの椅子にタオルを敷き、やや思い切り悪く寝転んでみた。
 
すごい、素晴らしい空の色の美しさだった。あまりにも濃いブルー。月が見えるのはもちろんだが、星ですら昼間に見えそうな深い深い紺碧の空に、吸い込まれそうな気がした。
 
私は思った。智美さんもこの深い空を仰ぎ見たに違いないと。そして感動したのだろう。インドには、こちらが求めれば求めるだけの、いやそれ以上の何かを与えてくれるものがある――智美さんもそう感じ取ったに違いない、と私は勝手に想像していた。
 
そんなことを考えているうちに私はいつしか眠ってしまっていた。どれくらいの時間が経ったのだろうか。やや太陽が傾きかけている。振り向くと、当然ながら智美さんの姿はなくなっていた。
 
日に当たりながら眠ってしまっていたせいか、体がぐったりし、かえって疲れてしまった感じが残る。
 
さて、明日は一日、写真撮影に出かけるつもりだ。カメラの手入れでもしておくか、と私は椅子から起き上がり、下へ降りていった。