インド紀行

レー王宮の迷宮に迷い込む【インド紀行31】

智美さんの”改心”は、皆を驚かせたとともに、安堵させた。明日からの飛行場詣出も、当面中止となった。

事実、智美さんの表情が明るい。女性グループの会話はぐっと賑やかになった。
 
私たち7人はこれを機にかなり打ち解け、トランプ遊びなどに興ずるようになった。まるで大学のクラブ合宿そのものだった。苦手と思っていた私だが、 意外にも彼らには溶け込むことができた。とりわけ、トランプゲームではなぜか私が無敵を誇り、強運の……との評判が定着してしまった。日本では縁のなかった 強運だが、インドは私によほど水が合っているのだろうか。確かに日本にいる時とは違う運気のようなものがあった。
 
このインド、実は自分に極めてフィットした土地なのかもしれない。となると、よくいるバックパッカーのように毎年インドを放浪しにくる若者のように自分もなっていくのだろうか……。
 
翌日、私はカメラバッグを抱え、旧レー王宮を目指した。旧レー王宮は街の北部に位置し、岩山の斜面に建てられた9層からなるレンガ造りの城。ラサのポタラ宮殿は、このレー王宮をモデルとして建造されたといわれている。
 
王宮にしがみつくように民家が所狭しと建ち並ぶ。王宮にたどり着くには、この民家の間を縫う小道を抜けていかなければならない。
 
もちろん、王宮の方向を示す標識などあろうはずがない。勘だけを頼りにひたすら坂を上っていく。しかし、まさに迷宮。自分がどこにいるのか、どの方向に向かっているのか、無感覚にさせられる。
 
重いカメラバッグが肩に食い込む。体力も限界に近づいてきた。一休みしようと座り込み、タバコを一服した。
 
「無理かな、王宮は拝めないか」と煙を吐いた時、ふと視線を感じた。その方向に顔を向けると、僧服を着た男の子(そう12、3歳くらいだろうか)がこちらをじっと見つめていた。
 
言葉は通じないだろうと思い、やあ、と手をかざしてみた。子どもはどう反応していいか困った表情をした。私はとっさにカメラを取り出し、彼を撮影した。彼はさらに困った顔をした。
 
英語が通じるとは思えなかったが、私は子どもに聞いてみた。
 
「王宮へ行くにはどうすればいいのかな」
 
王宮を指さしたので、その意味をくみ取ってもらえたようだ。僧服の子は黙ったまま歩き出した。私は彼の意図がすぐ読み取れたわけではなかったが、彼に付いていってみようと腰を上げて彼の後を追った。
 
彼はすごいスピードで坂を上っていく。危うく見失いそうになるたびに、「待って」と彼に声をかけた。
 
すると彼は突然、ある僧院に入り込んだ。
 
「ん、王宮を案内してくれると思ったのは間違いだったか」と思い、彼に続いて僧院に入ると、彼は私を待っていたかのように、本堂の方を指差した。僧院の建物は朱色を基調とした明るい色彩が施され、しっかりとした手入れをされていることがうかがわれる。僧院の前に、大きな円筒状のもの、赤ちゃんが持つガラガラを巨大化させたものが据えられており、彼がそれを回し、両手を合わせて祈りを捧げた。私も彼の真似をし、ガラガラを回し、合掌をした。しかし、私の心の中は意外なほど空虚であることに気が付いた。
 
なぜ、ここまで心の中は空っぽなのかの理由を私はすぐには見出せなかった。その理由が分かるのは、インド旅も終盤となってからだった。