インド紀行

僧服の子どもは夢かうつつか【インド紀行32】

僧院を出た二人は、王宮を目指す。民家の軒先を通るたびに家の中がよく見える。
 
僧服の子どもは黙々と歩みを進めていく。私は置いておかれまいと必死で着いていく。息も絶え絶えになり、一休みさせてほしいと声をかけようと思った時、広い空間の建物の中に入り込んだことに気がついた。どうやら王宮に着いたようだ。
 
彼の表情からそのことが読み取れた。「案内してくれて、ありがとうな」と彼に礼を言うと、子どもはさらに私に来いという仕草をして、歩き出す。
 
私はまたもや彼に着いていく。彼は王宮の階段を上っていく。王宮は9階建て。彼はどうやら最上階まで上るつもりのようだ。ぜいぜいと息があがり、もう限界、休もうと思った時、子どもは歩みを止めた。
 
最上階だ。息を弾ませながら、窓際に寄ってみた。眼下にレーの町並みが広がり、ヒマラヤの尾根が遥かかなたに続いていく。素晴らしい光景だった。この王宮から、この地を支配していた王は何を思いながらこの壮大な風景を見つめていたのだろう。
 
そんなことに思いを馳せていた私は、視線を感じた。私をここまで案内してくれた僧服の子どもだった。そういえば、彼に私はお礼を何もしていなかったことに気づいた。そして同時に、彼は私に会ってから、たった一度も笑っていないことに気がついた。
 
笑わない彼の顔をじっと見つめていると、無性に彼の写真を撮りたくなった。私はカメラに85ミリレンズを装着し、無心の表情を無心に撮り続けた。もちろん、彼は私が写真を撮っていることに気づいていた。しかし、それを気負うそぶりは微塵も感じられない。私は時間を忘れて撮り続けていた。しばらく私のファインダーの前でじっとしていた彼もいい加減、飽きてしまったのか、外に出てみようと外を指差した。
 
私と彼は外に出てみた。ややスロープになっていて、下手をすると下に転げ落ちてしまいそうだ。子どもはそこに寝転んだ。私もならって寝転んでみた。いつもの深く青い空が広がっていた。吹き抜ける風が心地よい。ここまで上ってきた疲れがどっと襲い、眠くなってしまった。
 
目が覚めた時、どれくらいの時間が経っていたのだろう。スロープから落ちなかったことにほっとしながら、周りを見回すと、彼がいなくなっていた。
 
「どうしたんだろう、中に入ったんだろうか」
 
王宮の中に入ると、建物の中は真っ暗だった。何も見えない。しばらく経って、ようやく目が慣れてきたが、そこに僧服の姿はどこにも見当たらなかった。果たして、夢だったのか。あの僧服の子どもは。私の頭はいつまでもぼんやりとして焦点を結ぶことがなく、王宮の階段をとぼとぼと下りていった。