インド紀行

日本人バックパッカーとの対話【インド紀行34】

バックパッカーの男は、風貌が原田芳雄に似ていた。名前を聞かなかったので、ここでは原田さんと呼ぶことにしておく。
 
原田さんは、リュックからタバコを取り出すと、椅子にどさっと身をゆだねるように座った。
 
「授業に間に合うように……? たった1か月じゃ、もったいないなぁ……」とつぶやくと、顔をしかめ、タバコに火を付けた。
 
大きく煙を吐き出すと、原田さん、「インドの魅力に取り付かれたらね、最後ですよ。離れられなくなる」。
 
その話は私のアルバイト先の先輩からよく聞かされていた。でも、実際にそういう人物にお目にかかるのは、初めてだった。
 
私は原田さんの考えは否定できなかった。インドに来てまだ10日あまりだが、インドという国の素晴らしさは十分感じていた。あと3週間ほどで日本に 帰らなければならないが、できるだけ長くここにいたいと思っていた。原田さんの話を聞き、授業など吹っ飛ばしてしまおうかと思い始めていた。
 
インドを放浪する原田さんの姿は、民族服を着た私より、数段、インドという国に溶け込んでいることは誰の目にも明らかだった。
 
原田さんは、時折、日本に帰り、仕事をし、旅行費を稼いでは、インド放浪を繰り返していることを語った。そして続いて、これまで旅した都市名を次々と挙げては、それぞれの特徴などについて話し続けた。
 
私はよく動く原田さんの口元を眺めながら、今回のインド旅で、私はその麻薬的魅力から離れられなくなり、この原田さんのような典型的なバックパッカーに果たしてなっていくのだろうか……、ぼんやりとそんなことを考えていた。
 
私がインドに来た目的は何か、について考えてみた。さまざまな問題を抱え、行き詰った状況を打開することが直接の理由ではあるが、さらに大きな目的は、日本における自己の存在の意味、使命を見出すこと。これを見つけられないうちには帰るわけにはいかない。確かにそうだ。
 
話し続ける原田さんをさえぎるように、私は聞いてみた。
 
「原田さんのインドを旅する目的は何ですか?」
 
「目的? それはインドを放浪すること自体が目的かな。それが今の僕の人生そのものになってるよ」
 
放浪が人生。私は原田さんのその言葉を聞き、即座に同意するわけにはいかなかった。むしろ違和感を覚えた。それは一つの生き方かもしれない。でも、それは私が目指すものとは、違う。
 
私はインドが好きだ。でも私の重心、軸足は日本にある。その思いは日本を発つ前も後も変わらない。
 
原田さん、「日本にはもはや生きがいはないんです。稼がせてもらえれば、それでいいんですよ」。
 
私はその言葉で、バックパッカーへの憧れが吹き飛んだ気がした。もちろんインドを旅するバックパッカーの人たちすべてが原田さんと同様の考えを持っ ているとは思わない。しかし、このような考えの原田さんに私が出会ったことは、何か運命のような気がした。原田さんの出現によって、私は私のこの旅の目的 を改めて明確にすることができたのだ。
 
私は原田さんに深々と頭を下げ、「ありがとうございました」とお礼を言い、お互いの旅の無事を願いながら、原田さんのもとを離れ歩き出した。