インド紀行

王宮の塔、空、そして月【インド紀行35】

私はホテルに戻る道すがら、考えた。
 
「自分が日本で成すべきことは何かを考えるために、ここインドへ来た。しかし、その成すべきこととは何か」
 
私はまだその答えを出しあぐねていた。そして、そんなに簡単に見つかるものでもないことはわかっていた。
 
私は歩きながら、もう一度、レー王宮に行ってみたくなった。
 
そうだ、もうあのレー王宮の高みが私に何かをもたらしてくれるかもしれない、と考えた。王宮の方向へきびすを返し、坂を登る。すると、昨日は視界に入ることのなかった、斜面にそびえたつ塔の存在に気が付いた。
 
白壁に青い瓦のコントラストが美しい3層からなる塔に私はしばし見入った。
 
この塔の写真を撮ろうと思った。しかし、カメラは手元にない。ホテルまで取りに戻らなければならない。私はもう一度きびすを返し、ホテルに向かった。何か、あの塔はどうしても撮らなければならない――そんな気がしてならなかったのだ。
 
民族衣装を着た私が早足で歩く姿は、傍から見て、さぞかし滑稽であったに違いない。インドでこんなに自ら早足で歩くのは、初めてのことだったかもしれない。
 
ホテルに着き、部屋に入るとSさんが昼寝をしていた。私はカメラバッグの中身を確認し、出ていこうとすると、Sさん、「どうです、衣装の効果はありました?」と私の背中に呼びかけた。
 
「いや、それが……日本人旅行者に、あっさり見破られましたよ。それでその帰り、いい被写体を見つけましてね。これから行って撮ってきます」
 
「あれ、また美人さんを見つけたんですか。衣装の効果あったじゃないですか」
 
「いえ、建物ですよ、建物」と私は言い残し、部屋を出た。
 
ホテルの玄関で、アポロンが私に、戻ってきたと思ったら、また出て行くのか、といった言葉かけをしてきたが、彼と話し出すと長くなるのが常であったので、簡単に返事をし、ホテルを出た。
 
王宮までの道のりは短くはない。しかも、なだらかな坂道が続く。初めからカメラをもって出ておくべきだったと後悔した。
 
ようやく塔の下に戻ってきた私はさっそくカメラをセッティングした。偏光フィルターを装着し、感度を落として撮影。これで雰囲気がぐっと増すはずだ。
 
私は30分おきに数枚ずつシャッターを押していった。塔と背景の空の色の変化を収めたかった。既に夕刻近くに差し掛かっていた空は次第に表情を変え始めていた。これまで撮り続けてきたインドでの写真の中で、ベストショットになりそうな予感があった。
 
それから数時間、私はカメラの前に座り込み、ひたすら空に浮かぶ塔を眺め続けていた。そして、昼間に出会った日本人バックパッカーとの話を反すうしていた。
 
自分が日本でしなければならないこととは何だろう。帰らなければならない理由は何だろう。
 
太陽が沈み出すと空気は急に冷えだした。長くなるかもしれないとスポーツジャケットをもってきてよかったと安堵する。
 
ジャケットを着込み、塔を眺めると、いい形をした月が塔に接近しつつあることに気が付いた。