前日のパーティーで7人は遅くまで語り合った。ばらばらの7人がインドのヒマラヤの奥地で出会い、同じ時を過ごした偶然という奇跡の余韻に皆が浸っているようだった。
早朝、隆さんら5人が飛行場へ出発。私とSさんも起きて5人を見送った。
「日本でまた会いましょう」「お互いに気をつけて」と声を掛け合い、一行は朝もやの中に消えていった。
私とSさんのバスの出発時刻はお昼過ぎなので、もう一眠りすることにした。
私はぐっすりと寝込んでしまっていたようだ。Sさんに起こされた時は、昼近くになっていた。
遅い朝食をとって、身支度を整える。
オーナー母子が私たちを見送ってくれた。再会を約して、出発。
バスターミナルには既にスリナガル行きのリムジンバスが停車していた。
チケットを購入してバスに乗り込むが、がらがらである。運転手に聞いてみると、「乗客は5人だけ、きょうは少ないよ」という。
私は隆さんたちが飛行機で帰れると確信したわけをようやく理解した。きょうはレーを出る旅行者が少ないという情報を得ていたのだ。
ほとんど貸切の状態ということもあり、私とSさんは離れた席を確保した。リクライニングも利く、なかなかデラックスなバスである。
往きとは比べ物にならない快適な旅路になりそうだ。私はほっとし、荷物を隣の席に置き、さっそくシートをいっぱいに後ろに倒してみた。
何のアナウンスもないままに、バスは出発した。私はリクライニングを起こし、1週間と長い間、滞在し、たくさんの思い出を刻んでくれたレーの町に感謝し、別れを告げた。
見覚えのあるスリナガルの町に到着したのは翌日の夕方だった。
バスを降りた私とSさんは、「それではここで」とお互いの旅の無事を祈りつつ別れた。
さて、再び一人となった。一人旅再開である。
予定通り、私はタージマハルのアグラを目指す。
アグラへは汽車で行くつもりだった。旅も中盤だが、初めての汽車の旅。楽しみであり、若干の不安もあり。
駅でチケットを購入しようとするが、たくさんの人の列があり、どこに並べばいいのかわからない。並んでいる人に尋ねてみたが、要領を得ないので、と りあえず適当に並んでみた。鉄道はバスに比べて難しいとは、デリーでマイルスから聞かされていたが、実際、一筋縄ではいかないことを実感する。
30分ほど並んで私の順番がきて、アグラ行きのチケットを注文。安い3段寝台席を確保した。
初めての汽車体験。期待を膨らませ、列車に乗り込んだ。そして、この時、旅の途上における初めての災難に見舞われることになるとは知る由もなかった。