インド紀行

父から借りたペンタックスが水没【インド紀行40】

3段寝台という狭い空間、しかも巨大なリュックと添い寝の状態では、カメラバッグからカメラを取り出し、動作チェックを行うことは無理と判断した私は、バッグやシートに着いた水滴をタオルで拭き取り、もう一度眠りにつく体制を整えた。

カメラのことが気になって眠れないだろうかと思いつつ目をつむったが、疲れていたのか、予想外にぐっすりと寝込むことができたようだ。気が付いた時は終点のデリーに既に近づいていた。
 
デリーで一度降車し、アグラ行きの列車に乗り換える予定である。デリーが近づくにつれ、通勤客が明らかに多くなってきた。私が寝ている下2段の寝台 は既に形が失われ、シートとなって客が座っていた。3段目の私は影響はないものの、どうしていいかわからず、そのまま寝転んでいた。起きようにも、既に私 が座るスペースはないし、大きなリュックやカメラバッグを持て余すことになるのは必至だからだ。向かいの3段目のお兄さんも全く気にするそぶりもなく寝転んでいる。私はその姿を真似ていればいいのだろうと解釈した。このままデリーまで行こうと。
 
街並みが次第に都会化していくのが手にとるようにわかる。グラデーションのように、建物の密集度が濃くなってきた。12日ぶりで戻ってきたデリー。なんだか懐かしささえ覚える。
 
ニューデリー駅に到着。アグラ行きに乗り換え。駅員に聞くとスムーズに答えが返ってきた。やはり都会は何においても合理的だ。
 
約2時間でアグラ・カント駅に到着。ガイドブックによると駅からタージ・マハルまでの距離は2キロほど。インド屈指の観光地なので、悪質なリクシャワーラーも多い、との記述があったので、ゆっくりと歩いてタージ・マハルを目指すことにした。
 
歩き出してすぐに、思い起こした。そういえば、カメラはどうなんだろう、大丈夫なんだろうか。
 
大事なことを忘れていた。このままタージ・マハルへ行って、いざカメラが使えなかったでは重い荷物をもっていく甲斐もない。
 
そう思った私は、今晩泊まるホテルを探すことにした。アグラには長居するつもりはなかった。ただタージだけを拝めればそれでよしと決めていた。どんなぼろなホテルでもいい。できれば駅周辺で決めたいと思い、ふと目に付いたホテルに飛び込んだ。
 
まさに何の変哲もない典型的な安ホテルの趣だった。値段も妥当だし、即決した。
 
部屋に案内され、さっそく懸案のカメラ機材をベッドの上に広げてみた。カメラは2台。祈るような気持ちでまず、ペンタックスを取り出し、レンズキャップを外してみた。これは父から借りてきたものだ。
 
レンズには水滴とも蒸気ともつかない模様がしっかりと付着していた。
 
電気系統はどうか。シャッターを押しても、うんともすんとも云わない。
 
New F-1もだめか……。思わず泣きそうになった。
 
F-1を取り出す。レンズキャップを外すが、意外にも水滴は着いていない。シャッターを押してみる。軽快な音を立ててシャッターが下りた。
 
大丈夫だった。
 
一台は死んだが、肝心の一台は生き残ってくれていた。
 
私は安堵のため息を大きくついた。