インド紀行

若者とバドミントンに興ずる【インド紀行42】

インド滞在15日目 アグラにて
 
アグラ城にはあっという間に着いてしまった。ヤムナ河畔に深紅の宮殿が建ち並ぶ。敷地は広大ではあるが、タージ・マハルとは違い、配置などは自然な まま感がある。私は完全なシンメトリー美より、どちらかというと、こうした雑然とした雰囲気が好きだ。アグラに着いて、やっと落ち着くことができた気がし た。
 
城壁からはヤムナ河を臨むことができ、ゆったりとした川の流れの向こうにタージ・マハルの姿があった。まさに宝石のような姿は、遠くから眺めて価値のあるものということを実感した。近づきすぎてはいけないのだ。
 
他の建物も見てみようと庭園の方に降りると、若者たちがバドミントンに興じている。私はしばらく楽しそうな彼らを見つめていたが、ついに私も参加したくなってしまった。私は本格的なバドミントンの経験はないが、高校までテニスをしていたので、ラケットのさばきには多少なりの自信があった。
 
彼らに近づき、一緒にいいかとラケットを振るポーズをとると、すぐにラケットを私に手渡してくれた。試合ではないので、ラリーを続けることが目的。私は相手が打ちやすいよう、なるべく正面に山なりの飛球(羽?)を返した。ラリーは長く続いた。ギャラリーはいつの間にか増え、子どもたちが私たちの周りを取り囲んでいた。ラリーがいつまでも続きそうだったので、多少の演出は必要かと私は弱めのスマッシュを相方に打ち込んだ。突然の飛球の変化についていけず相方はミスをした。取り囲んでいたギャラリーが沸いた。どうやら私は相当の腕の持ち主と思われてしまったようだ。
 
あまり長居し、彼らの邪魔をしては悪いと、ラケットを返し、集まっていた子どもたちの頭をなでなでしながら、アグラ城を出ることにした。
 
ホテルに戻り、シャワーを浴びようと蛇口をひねってしばらく待ってもお湯が出ない。故障かと思ったが、このホテルは水しか出ないのだろうとすぐにあきらめた。これまでインドで泊まったホテルで、水シャワーだったのはスリナガルのボートハウスのみ。山奥のレーでもしっかりとお湯が出ていた。真夏なので、寒さはそう感じない。しかし、冬はさすがにきつそうだ。
 
出掛けにベッドの上に広げておいた水没カメラがそのままになっている。レンズの中は相変わらず水滴で曇っている。だめもととはわかっていたが、シャッターを押すがやはり無反応。あきらめてバッグにしまい込んだ。
 
ベッドに横たわり、あと半分となったインド滞在をどう過ごすかについて考えてみた。
 
旅の前半はインドという土地に慣れるのが精一杯で、本来の目的であった、「自己と向き合う旅」「信仰について考える旅」については全くといって果たせずにいた。
 
しかしようやくインドにも慣れ、一人となった今、そのチャンスが訪れたのだろうと思った。そのことを考えるのはどこが最適の地なのか。私はベナレスしかないと思った。私はヒンズー教徒ではないが、インドの象徴的信仰であるヒンズーが息づく街であり、信仰者が死に場所とする街。
 
ベナレスへ行こう。ここが私のインド旅の核心となることは十分予想ができた。そして私にとっての旅のクライマックスは事実近づいていた。